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虫使いのカエル

「革命者だと? デリロ博士、貴様、軍に反旗を翻すのか!」

「がしがし襲っといて今更なにを言っているのかねきみは。そのつもりでやっていたのだろう」

「革命者と手を組むのは話が別だ」

「ようするに思い通りにいかないのが気に食わないだけだろうに」

 呆れた博士はため息をつく。赤子のダダに付き合っている暇はないとでも言うように。赤子ならまだいいが、大人のダダは最低だ。可愛げがないうえに乱暴すぎる。ほっぺもぷにぷにしていない。

 結局やれたじゃないか。

 フィカソトリアに不平を漏らす。出し惜しみか。わさびチューブを最後までぐりぐりせずにゴミ箱へお婿にやってしまうようなものか。

「近くなって、たから」

 簡潔な釈明。それで済むなら警察はいらない。結果、警察はいらない。済んだから。

 まだ事態は決着したわけではないが、どう考えても革命者以上の戦力が軍にあるとは思えなかった。彼女の存在は想定外、軍だけじゃなくて僕も。

「革命者よ、その魔力患者はおまえの仲間も殺しているのだぞ!」

 代表の訴えに、フィカソトリアは首を傾けるだけだ。

「どうやらやつらの狙いはアオイくんのようだな」

 間違えるのも面倒でしょうから、もう呼ばなくてもけっこうですよ。僕は感情が斜め四五度になるのを自覚した。

「鈍重な軍がきみの特別性に気づくとは、少々意外だが」

 特別性? 謎がうんぬんの?

「いや、それとはまた別だ。わたしが言っている特別性は、あの事件の外観だけで判断した。しかしその外観は、軍にとっては一魔力患者のちょっとした出来事に過ぎないはずだ。連中が保護という名目で集めている魔力患者にしても、理由は曖昧。なんとなく気にしている奴がいるようだから俺たちも手を出しておくか、くらいのものだろうな。とにかく軍はアドバンテージの確保をしたいだけだ。理由はどうでもいいのだ。いずれきみのもとへもきたかもしれないが、後手に回ることはなかっただろう。一応早めに絶対共同体を送らせてはもらったがね」

 眠くはなかったが、博士の話が妨げられないことを不思議に思った。軍を見やると、全滅させられている。フィカソトリアは代表を転がし欠伸をしていた。一応黒服も手伝ったのか血液悪魔がいる。

「注目すべき外観は、きみが革命者を殺したこと、その一点に尽きる。わたしは革命者が学校に潜んでいることを知っていた。偶然にもね。因子の活性化がなかなかに素晴らしい若者だった。彼を死んだ、と話を聞いただけでも、きみに接触するきっかけになった。報告を読んだとき、生きているのは彼かとも思ったが……やはりどうも違うようだ」

 あのさ。

「ふむ?」

 一人足りないとか言っていたけど、その一人って僕のことだったりはしないよね。

「あ」

 おい。

「いやいや冗談だよ。もちろんきみを除外しての一六人だ。計算に間違いはない。うん? 間違いは……うん、ない」

 ボケてるんじゃないか?

「このくらいの不安定さは若い時からあったよ。それにボケてもかまわない。新しい扉を開くことだからね。さて、ようやく本題なのだが、そこに転がっている男は、きみが革命者を殺していることを知っていた。なぜだろう。彼があそこにいることを知っているのはわたし以外にいたということだ。そして遅ればせながらきみを確保しにきた。重要性を認識してね。このタイムラグとつながり、理解するには材料がないね」

 博士以外に知っていた人……材料。

 あ、カエルだ。

「カエル? カエルなんていないが」

 違う、カエルによく似た医者だ。僕がみんなを殺してしまったあと連れて行かれた病院で会った。

「その人がなにか言っていたのか?」

 忘れてしまったよ。でも、革命者がいたことは知っていたな。

「軍にリークしたということか。いくら魔力患者を扱うといっても、一介の医師が隠れていた革命者の存在を知っていたのは……興味深いな」

「拷問、する?」

 フィカソトリアが転がすのに飽きたのか行動不能になっている代表に小石をぽつぽつ当てていた。物騒かつナイス提案に、僕は顔をしかめる。

「そいつはおそらく聞かされてないだろう。軍上層部が現場レベルに根本から教えるとも思えない」

 じゃあどうする?

「車をいただいて、その医者に会いに行くとしよう」

 二台のジープをもらい受ける。まあ、強奪。どうやってもフィカソトリアとは一緒になるようだ。フーリムとミミハウが離れたのが不幸中の幸いか。財布を落として小銭だけ戻ってくる程度でしかないが。

 代表がうめく声がエンジン音にかき消された。僕たちよく車に乗るね。


 昨日の今日で移動しているわけもなく、病院は無事にそこにあった。そことはどこなのかを考えるときもあるが、どこでもいいときは素直に思考停止した。

「どうされました?」

 受付のブロンド女性が大所帯に困惑していた。家族でもなんでもないが、テレビのスペシャルで放送したらそれなりの視聴率は記録できるのではないか。聞かれるまでもなくどうかはしている。

 珍しく女性のむっちりとした太ももに目を奪われた。スカート丈が短い。だからといって許可されているわけでもないだろうが、この際凝視してやった。すると横から腕が伸びてきて、無理やり首の向きを変えられる。ぐき。いてえ。

 フィカソトリアに視線を合わされる。なんとか逃れようとしてきょろきょろ動かす眼球に、ことごとく彼女は反応した。視線もぐら叩き。勘弁してください。

「あー、ここにカエルに似た医師がいると思うのだが」

 変化球ながら、取りやすい球を投げる博士。僕もあの医者の名前を知らないので仕方ない。

「あ、ムロヅキさんのことですね」

 わかってしまうのか。そうだろうな。

 女性が呼びに行き、カエルを引き連れてすぐに戻ってきた。

「ああ、待っていましたよ。こちらへきてください」

 待っていました?

「待っていたとは」

 僕の聞きたいことを博士が聞いてくれる。実は博士は僕が腹話術でしゃべらせている人形なのだった。なんてね。こんなに人間人間した人形がいたら、人間は混乱するだろうな。映画で限りなく人間に近づいたロボットを見たことがあるが、あいつらは自主的に動いて反乱を起こしたりするからまだいい。真の混乱は人形だ。身動きをせず呼吸の起伏もなく傍から見てまるで死体。突然カタカタと糸で吊り操られ、生の感情を裏方が表現する。人間が操る人間もどき。人力の道化。問われるのはこれからも自分はロボットなのではないか、ではなく、自分は人形なのではないか、だ。

 ろくでもないことを考えているうちに、外に出ていた。カエルは博士の質問に答えたのだろうか。

 病院の裏手、駐車場スペースの端に案内された。くるときに自動車を置いて、帰るときに自動車を発進させる、そういう空間の端っこだ。端っこの中の端っこである気もするし、端っこの中では比較的恵まれた端っこである気もする。端っこに対しての考察に僕は満足した。

「さて、あなたがたがなにを求めているのかは知っています」

「ほう、どういうことだね」

 医者と博士の会話が始まった。観客は主に僕と黒服で、フーリムとミミハウはそのへんの車のサイドミラーに細工をしているし、フィカソトリアは僕のそばにいるものの、上の空でぼんやりしている。僕のぼんやりを奪われたようで憎らしかった。おい、それは僕のぼんやりだぞ。

「軍に情報を教えたのは私です」

 ずばり核心を言われる。もう少しもったいぶっても恨みはしなかったのだが、もしかして悪役ではないのかもしれない。

「そもそもきみがなぜあの場に革命者がいたことを知っていたのかね」

「こいつらを使うんですよ」

 耳障りな羽音が通り過ぎる。蝿だ。僕の嫌いな虫。カエルの足元には蟻が集まっていた。まあ嫌いなほうではない虫。うじゃうじゃというほどでもないが、下唇を突き出してしまうくらいに数がいた。

「虫使い? なるほど、話には聞いていたが、きみがそうなのか」

「そうなんですよ。私が虫使いです」

 さも了承済みのようなやりとりに苛立ちがある。ほら、私って、辛いの苦手じゃないですかあ。しらねーよそんなの。

「目的はなにかな」

「あまり明確な目的はありません。しいて言うなら、あなたがたと同じように戦争の終結を望んでいます」

「ならば邪魔はしないでもらいたいものだが」

「現状、最も強力な立場にいるのは軍だと思います。ならば彼を軍に預け、しかるべき方法を取ったほうがいいのではないかと考えました」

「軍にまかせれば、確かに戦争自体は早く終わるかもしれん。だがそのあとが大変だ。私が考えているのは、パワーバランスの整った形での終結なのでな」

「個人的に、革命者が嫌いなんですよ」

 最初からそう言ってくれれば、理解が簡単なのに。やはり悪役か。

「腹が立つんですね。ああいう存在は。でたらめで、唐突で。タケミチさんが対革命者用の研究するのもわかります」

 そうだな。同意だよ。肯定する。フィカソトリアはふーんとなぜか感心している様子だった。おまえ、含まれてるよ。

 どばし、っとフーリムとミミハウが吹っ飛んできた。きゅうとばかりに気絶している。よくしゃべるやつらがしゃべれない状態になっていると、心がほんわかした。

 飛んできた方向には、どこかで見た子供たちがいた。

「洗脳子……」

 博士が借金を踏み倒すような表情を浮かべた。自転車操業に限界がきて、取り立てがドアを蹴破ろうとしている。十日で十割はきつい。


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