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脳の中のメモ用紙

作者: 雪猫
掲載日:2026/11/06

俺は『脳の中のメモ用紙』を購入した。

世界が一変した。



幼い頃から話すのが下手だった。


話の上手い人は、どうやら

「相手に質問を投げかけたり、

言葉で時間稼ぎしている間に、

次の言葉を考える」

ということをしているようだが、

話しながら、聞きながら、言葉を考えるという

並行処理自体が、俺には不可能である。


ましてや、音楽を聞きながら勉強するなどの

別種の並行処理ならまだしも、

言葉を言いながら言葉を考えるなど、

同種の並行処理なんて、どう頑張っても、

考えている言葉に引っ張られるだけだった。


出来る人は簡単に出来るようで、

誰でも出来る、要は慣れだと

考えているようだ。

しかし、無理である。


その上、短い時間内に

的確な言葉を考え出すなど

無理にも程がある。


それ故、話の上手い人達の

「こうすれば良い」は参考にならない。

そもそもの基盤が違うのだ。


彼らの話を聞いていると

細かい言葉の記憶力、

その短期記憶容量が自分より多く、

短期記憶なのに、長く持つようだ。


一つ一つの文、全体の文章、

話の流れ、全体の構造まで、

頭の中で記憶されている。


それが細かい所まで

しっかり記憶されているからこそ、

それを組み換え、

頭の中で構成し直すことが出来る。

文章を細かく変えることも出来る。


変えたものも忘れない。

それを言葉にしても、忘れることはない。

忘れても、少しの忘却であり、

また思い出すことが出来る。


比べて、こちらの惨状はどうか。

言った側から記憶にない。

今考えた単語一つ、

次の単語を思い浮かべると、

頭から消えていく。

文章なんて、2つ目を考えると

1つ目の文章を忘れていく。

冗談ではない。

これが現実だ。

笑いも憐れみも不要だ。


もちろん、何度も繰り返せば

記憶される。

記憶して忘れて、

記憶して忘れてを繰り返すことで、

中期記憶になり、

忘れても思い出せるようになる。


文章に書けば、

代用可能だ。問題ない。

言葉も計算も、

紙に書く、PCに書くことで

覚えられる。


問題は、一度しか言わない言葉、

その時だけの長い話、

意味のない文章の羅列、

そういうものは

絶望的である。


伝言ゲームは、

苦手というよりも

絶望でしかなかった。

ぱっと聞いただけの

意味のない長い文章は、

何度聞いても覚えられない。


次の人に話せるのは

最初の数単語だけで、

あとは無から自作するしかない。

冗談ではなく、本当に。


文章に一度でも書いて数回見れば、

ある程度覚えられるが、

意味のない文章の話し言葉だけでは、

何度聞いても

空中に霧散してしまう。


伝言ゲームは一度しかしたことはないが、

わざとやっていると思われたあの空気は、

もう二度と味わいたくはない。


話し言葉の全てを忘れるわけではない。

意味のある話の場合、

言われた側から、

具体性が消滅し、

全て、抽象化される。


要点を掴むことは得意だが、

むしろ、要点を掴むことしか出来ない。


そのため、

具体的な言葉は抽象化され、

抽象化された内容を言葉にするためには、

再度、具体化する作業が必要になる。

一言の要約で済むならまだしも、

細かく再現しようとするならば、

無からの創作が附加される。

もう、要点以外手元になく、

思い出せないのだから、

他に仕様がない。


言葉で能動的に話す場合でも、

抽象化した

「こんなことを言おう」はあるが、

書かないと具体化されない。

頭の中で具体的に考えた文章は、

覚えていられるはずもない。

アドリブなど、夢のまた夢である。


『話す前に、頭の中で言葉を組み立ててから』

よく聞く言葉だが、それが出来ない。

出来るはずがない。

俺の頭の中のメモ用紙は、

文章を書いていくと、次第に歪み、

前の文が消え、

思い出そうとしても

勝手な文を創作し始める。

簡単な文章さえ定着せず、

自然に溶けて消えていく。

組み立てられるはずがない。

具体的な一文さえ、固定しないのだから。


一番の問題は何か。

書くならば問題ないのだ。

書くように記憶して話せれば、

問題は解決する。


俺はネットで探し回った。


灯台下暗し。

俺は、大手通販サイトで

それを発見した。


『脳の中のメモ用紙』を。


俺は早速購入した。

6500円でも、

本物であれば、安いもんだ。


脳の中へのメモ用紙の構築は、

届いた安っぽい器具をDIYで作り、

単3電池を入れ、

頭に付け、ボタンを押して3分。

直ぐに終わった。


外国語の説明書を読まなくても

使い方は直ぐに分かった。


頭の中に、メモ用紙と鉛筆と消しゴムが

具体的に浮かんだ。


鉛筆で長い文章を書いた。

一旦、他のことを考えてから、

メモ用紙のことを考える。

書かれた文章も、そのまま思い出せた。


衝撃だった。


消しゴムで消して、

文章を書き換えた。

書き換えた文章は、

何日経っても思い出すことが出来た。


PCやスマホ型ならば、

消した文章のバックアップも残せるようだが

安いから仕方無い。

今の俺には、これで十分だった。


メモ用紙の分量も、キャンペーン中のため、

50枚という期待以上の枚数だった。


生活は劇的に変わった。

脳の中で書きながらなので、

人の話も忘れなかった。

話す際も、具体的な文を見ながら話すので、

スムーズに話せた。


人との会話が上手く出来るようになった。

人の言葉も具体的に見返しながら聞けたし、

その際、自分が感じたこともメモ出来た。


人の名前も、

特徴と一緒に残すことで、フルネームで記憶出来た。


何も見ないフリをして脳の中のメモを見ながら、

話を練習することで、

様々な話を面白おかしく語れるようになった。


文章の書かれたメモ用紙を並べ替えることで

頭の中だけで面白い話を構築し、完成させ、

そのまま話すことが出来た。


メモ用紙で、

計算も出来、絵も描けた。

家で頑張ってメモ内に再現した建物の平面図を、

人々の見ている前で、細かい所まで描いてみせた。

人々は俺の記憶力に舌を巻いた。

気分が良かった。

スマホ型であれば、

写真を撮ることも出来て楽なのだが、

今の所はまだ良い。


まるでアドリブのように話すことが出来、

上手く話せることで、

話すこと自体が好きになってきた。


それだけではない。

もう一つ、気になっていたことも

解決した。

俺は、方向音痴だった。


方向音痴というか、

話し言葉と同様に、

一度見た風景が記憶出来なかった。


大学の心理学実験で、

車移動の映像を見ながら、

どれだけ道を記憶できるかという実験を

クラスで、チームに分かれて行った。


被験者の俺は、過去の伝言ゲームで味わった

わざとやっているのではないかという疑いの目を

再び向けられた。

当然、俺は本気で行っていた。


初めての道で、2回、角を曲がると、

それ以降、何がどうなったか、

何も分からなくなった。

全部似たような道に見えた。


ルートを思い出しながら記入する際にも、

記憶は全く無く、

自作のルートを創作する以外に、

出来ることはなかった。


万が一、俺が誘拐された場合、

手足と口さえ封じれば、

視界を遮る必要はない。

車で移動して、

2回、角を曲がれば、

自分がどこにいるのか

分からなくなるのだから。


助かったことに、

俺と同レベルの方向音痴が別チームにもいて、

俺だけが目立つことはなかった。


「一番下だと思った」という

同じチームの人の言葉と目線は

今でもトラウマだ。

どうやって生きてきたんだという目だった。


しかし、あくまで、

初めて見る場所の場合である。

何度か行けば当然覚えるし、

地図さえあれば、

自分の位置を俯瞰して考えられるので、

あまり迷うこともない。

何より、今はスマホで、ネットの地図が見れる。

ルートも教えてくれる。

ネット万歳。


だが、このメモがあることで、

スマホの地図を開かなくても良くなった。

目印とルートで簡単な地図を書き、

住所も添えることで、道に迷わなくなった。

まるで方向音痴が完治した気分だった。


実際のメモ用紙でも良いと思うかも知れない。

しかし、頭の中で自力で行えることに、

意味があるのだ。

本当に自力かどうかは別だが。

まるで自分が本当に、

頭が良くなったように思えるのだ。


このメモさえあれば、

教科書をそのまま丸写しも出来る。

計算も、答えも、法則の内容も見直せる。

そして忘れない。


俺が学生の時に、これがあれば。

こんなの頭の中に

カンニングペーパーがあるようなものだ。


テストで俺達が、

自分の少ない脳みそから答えを絞り出していた時に、

頭の良い人は、

脳の中のカンニングペーパーを見ながら

テストを受けていたということだ。

なんて理不尽。

これが世界の真実か。


しかし、不遇な日々も遠い過去の話だ。

仕事も人間関係も変わった。

これで、人並みの人生を送れる。

俺は歓喜した。



これで全てが変わった。

そう思った。


しかし、俺は思い違いをしていた。

そして俺は、自分の馬鹿さ加減を

思い知ることになった。


俺は普段のように、

人々と会話を楽しんでいた。

俺が会話の中心だった。

博識で、面白い話題の尽きない俺の話を、

皆、楽しく聞いていた。

その姿が本当の俺だと皆の目に映っていた。

気分が良かった。


その時、

違和感を覚えた。


脳の中のメモに書かれた文章、

次に読もうとした文章の一単語に

違和感があった。


その単語を書いた記憶がない。


言葉が詰まりそうになったが、

気付かれないよう立て直し、

話を続けた。


話しながら、メモの先を眺めてみて、

愕然とした。


文章の幾つもの単語が、歪み、

勝手に変形しようとしていた。


一文が消え、そこに新たに、

前後と繋がらない文が創作されようとしていた。


俺は言葉に詰まり、

人々が驚き、奇異の目で見る中、

急いで逃げ帰った。


全ての書いたはずの文章が歪み、

書き直されていった。


頭の中で、メモ用紙がバラバラになり、

一枚一枚の紙も千切れ、

書いた文章がメモの切れ端もろとも

「なんとなく、こんな意味でしょう」という

抽象化の海の中に、

それぞれ溶けて消えていった。


俺は驚愕し、

復元を試みたが、どう頑張っても出来なかった。

メーカーからの回答も、

『体質に合わなかった』というものだった。


ネットで似たような人々はいたが、

解決した人はなく、同じ嘆きを見るだけだった。


俺は何度もメモ用紙を買い直した。

始めの数分は、メモ用紙が頭の中に出来るが、

直ぐにメモ用紙ごと溶けて消えた。

最後には、メモ用紙は現れず、

頭の中で探しても

どこにも見つからなかった。


PCやスマホ版を買ったが、同じだった。



時々、何か考えている最中に突然、

単語の書かれたメモの欠片が頭に浮かぶことがある。

しかし、ぼやけていて具体的な単語は分からない。

抽象的に、

「なんとなく、こんな意味だろう」ということが

分かるだけだ。


俺自身の脳の、強力な抽象化の海に、

メモ用紙が沈んでしまったのだ。

俺の脳の馬鹿さ加減に、メモ用紙も耐え切れなかったのだ。


また、元の人生だ。

なんて理不尽な。


俺は、自分の脳のどうしようもなさに、

頭を抱えていた。




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