第21話「信頼」
並んで拠点へ戻る道すがら、私たちは互いに歩調を合わせて歩いた。
肩が触れそうで触れない。
けれど、もうそこに「距離」はない。
天幕が見えたところで、ジュジュさんと鉢合わせた。
私たちの姿を順番に見た彼女は、にやりと笑った。
「なんだ。いい顔になったじゃん」
リンは小さく、でも確かに頷いた。
私は、深く息を吸ってから答える。
「ごめん、ジュジュさん。もう大丈夫」
ジュジュさんは目を細めた。
「ふふっ。面白くなりそ」
その瞬間、通信石が淡く光った。
『全員、天幕に集まってください』
レスさんの声が聞こえる。
私とリンは視線を合わせ、同時に頷いた。
◇ ◇ ◇
天幕内に全員が揃うと、自然と空気が引き締まる。
レスさんは静かに全体を見渡し、口を開いた。
「第三層で発見された縦穴により、第五層には強大なモンスターが存在する可能性が高まりました」
レスさんは一拍置いてから、再度口を開く。
「想定討伐難易度は、最低でもAランク中位」
その言葉に、天幕内に緊張が満ちる。
だが、レスさんは揺るがない声で続けた。
「ですが、我々は進まねばなりません。この国の人々のために——ひいては、自らと……その守るべきもののために」
視線が、一人ひとりに向けられる。
「ここが正念場です。各員、気を引き締めて臨んでください」
「はい!」
短い返事が重なった。
◇ ◇ ◇
自然の光の無い第四層は、異様なほど静かだった。
事象が起きていないのはこれまでと同様だが——
「……何もいないじゃん」
ジュジュさんの言う通り、モンスターの気配すらない。
足音も呼吸音も聞こえず、ジュジュさんの索敵スキルにも引っかからない。
……静かすぎる。
それが、何より不気味だった。
やがて、私たちは一体のモンスターにも遭遇することなく最奥にたどり着く。
「……なに、これ」
そこには、重厚な石の扉が鎮座していた。
古い意匠。けれど、傷一つない。
「いかにもって感じだね〜」
鼻で笑いながら、ジュジュさんが扉へと近づく。
そして扉に触れると——数瞬の後、眉をひそめた。
「……索敵できない」
「スキルが使えないの?」
「いや、扉に遮断されてる感じ」
地図上では、この先が第五層。
雰囲気からしても、この先が核心だと誰もが理解していた。
私は通信石を起動する。
「レスさん。第四層最奥で、巨大な扉を——」
その瞬間。
ザザ、と耳障りな音が走った。
『……ノイズが——』
レスさんの言葉が途切れる。
直後——背後から轟音が鳴り響き、洞窟が震えた。
振り返ると、今通ってきた通路が瓦礫に埋もれていた。
そして——重く、軋む音。
目の前の扉が、ゆっくりと内側へ開いていく。
冷たい空気が流れ出す。
明らかな「誘い」。
「ははっ。黒幕さんは、随分と演出家じゃん」
口調は軽く、しかし、鋭く目を細めながらジュジュさんは続ける。
「……舐められたものだね」
低くそう呟いた後、くるりとこちらを振り返った。
「行くしかないっしょ?」
その言葉に、リンも静かに前へ出た。
「……うん」
そしてリンは振り返り、私を見つめた。
その視線につられるように、全員が私を見据える。
私は、深く息を吸った。
……この場には二人の勇者がいる。
それでもなお罠を仕掛けてくるということは——それだけの自信があるということ。
危険度は、最高レベル。
——でも。
ここで後ろを向けば、背後から襲われる可能性もある。
それに、レスさんはきっともう動いている。
そして、これが黒幕の誘導なら——この先には、黒幕へ繋がる何かがある可能性が高い。
……危険は大きい。
だが——価値もまた、大きい。
私はゆっくり息を吐き出し、闇に沈む扉の向こうを見据える。
「……行こう」
短く、そう答えた。
リンが頷き、ジュジュさんが笑う。
「よしきた」
千紫万紅のメンバーたちが、武器を構える。
私は再度通信石に手をかけた。
レスさんへは通じなかったが、リンとジュジュさんの通信石は反応を返した。
「……距離が近ければ、使えるみたい」
私の確認に、リンとジュジュさんが頷いた。
そして、私たちは第五層へと足を踏み入れた。
——瞬間、背後で重い音が響いた。
振り返るまでもなく理解する。
……扉が、閉まった。
同時に、壁にかけられていた古びたランプがひとりでに火を灯した。
焦げたような匂いがわずかに鼻を衝く。
そして、ぼうと橙の光が空間を照らし——
私たちは、それを見た。
薄明豚鬼の分厚い肉体。
翡翠蜥蜴のエメラルド色の鱗。
白牙黒狼の漆黒の毛並み。
種も属性もばらばらの、大量のモンスター。
それらが、異常なほど密集している。
そして——その全てが、焦点の定まらない目でこちらを見ていた。
「うへ〜……ここまで集まると、結構キモイな」
ジュジュさんが肩をすくめる。
だが、すでにその背後には魔法陣が展開している。
それに呼応するように、千紫万紅のメンバーが左右に展開し陣形を整えた。
リンも、静かに剣を構える。
次の瞬間。
モンスターたちが、一斉に動いた。
最初の波は、正面からの突進だった。
薄明豚鬼が地面を揺らしながら迫る。
しかし、ジュジュさんの魔法が炸裂し前列が吹き飛ぶ。
だが、倒れた個体を踏み越え次の波が襲いかかる。
それでも、リンは予想していたような早さで踏み込み——一閃。
首が落ち、胴が裂け、血飛沫が上がる。
しかし——
「……多すぎ」
リンが呟いた通り、数が減らない。
右から白牙黒狼。
左から翡翠蜥蜴。
千紫万紅の一人が風の刃を弾き、別の一人が狼の牙を受け止める。
「次来るよ〜!」
ジュジュさんの声と同時に、第二波が来る。
物量が押し寄せ、退かず、止まらない。
モンスターの波状攻撃を目にし、私は歯噛みする。
……この数。この密度。
全滅するまで終わらない消耗戦になる。
ジュジュさんが一波を蹴散らし、リンが一波を切り伏せる。
それでも……モンスターの行進は止まらない。
……何か、突破口を探すんだ。
全体を見る。観察する。
波の間隔。配置。タイミング。
それらは明確に統率されている。
モンスターは防御姿勢を一切取らず、回避することもしない。
仲間が倒れても、それを踏みつけて前進してくる。
確実に、操作されている。
……この数のモンスターを操作するには、相応の魔力が必要なはず。
集めてた地脈と魔力のエネルギーは、それの代用?
だとしたら——縦穴の先であるここに、必ずいる。
このモンスターたちを操る、指揮官が。
「ジュジュさん!」
私は通信石を起動する。
「ここを覆えるほどの、広範囲の攻撃系スキルはない?」
『あるけど、発動まで時間かかる!』
「どのくらい?」
『十秒! でもこいつら全部倒せるほどの威力ないよ?!』
「十分」
そして私は、リンを見た。
「……リン」
静かに、でも確かに呼んだその声に——
リンは、無言で即座に頷いた。
「ジュジュさん、スキルを発動させて。正面は、リンに全て任せる。他の方は側面を対応してください」
ジュジュさんたちが驚いたように目を見開く。
「リンリンの負担が大きすぎない?」
「大丈夫です。リンなら」
その静かな断言に、ジュジュさんは一瞬私の瞳を覗き込んだ。
そして、口角を上げる。
「おっけい任せた。お前らも気張れよ〜!」
ジュジュさんの声に、千紫万紅の面々が雄叫びを上げた。
◇ ◇ ◇
十秒。
ほんのわずかに聞こえるその時間は、しかし、こと戦闘においては絶望的な長さになりえる。
ジュジュさんが後退し、スキルの詠唱を始める。
入れ替わるようにリンが前に出て——姿が消える。
銀閃が横薙ぎに迸り、最前列をまとめて断つ。
狼の跳躍は空中で切り落とされ、風を纏った蜥蜴が貫かれる。
リンの額に、汗が滲む。
再度リンの姿が消え、モンスターの血飛沫が舞い、肉が裂ける。
だが、波は止まらない。
リンの荒い呼吸音が、私の鼓膜を打った。
……私は、見ていることしかできない。
それがとても歯がゆくて、悔しくて……私は無意識に唇を噛み、拳を握る。
敵が予想外の動きをしたのか、姿を現した直後のリンが一瞬、モンスターに囲まれる。
「リン……!」
私は思わず名前を呼んだ。
しかし、リンは身を捩りすんでのところで攻撃を回避すると、再び姿を消した。
周囲のモンスターの首が飛ぶ。
リンはそれには目もくれず、別の標的へと視線を移していた。
その時——
「お待たせ〜!」
ジュジュさんが声を張り上げた。
間髪入れず、モンスターたちの頭上に魔法陣が展開される。
幾何学模様が幾重にも重なり、空間を覆う。
「いっけぇえええ!」
ジュジュさんの雄叫びに呼応するように、魔法陣から色鮮やかな光の雨が降り注いだ。
それらはモンスターの体に確かに突き刺さる。
「防御姿勢を取った個体を探してください! それが指揮官です!」
叫びながら、私もモンスターの大群に対して目を凝らす。
どこだ……どこに——
「……見つけた」
静かなリンの声が、鼓膜を揺らした。
視線を追うと、その先には光を腕で弾く薄明豚鬼の姿があった。
——リンの姿が、かき消える。
大群の奥で、どさりと巨体が倒れる音が聞こえた。
数瞬の後。
モンスターたちが、糸が切れたように次々と崩れ落ちた。
やがて、この場に静寂が満ちる。
「……勝った……?」
誰かが、ぽつりと呟いた。
次の瞬間、歓声が爆発した。
「やったぁああ!」
「終わったぞ!」
ジュジュさんが大きく息を吐く。
「はぁ〜……キッツ」
千紫万紅のメンバーが、ジュジュさんの元へと駆け寄った。
遠くで、肩で息をするリンが静かに剣を下ろす。
汗で額に髪が張り付いているのが見える。
床は血に染まり、モンスターの死体で埋まっている。
……終わった。
その事実を確認し、胸の奥の張り詰めが解ける。
私はようやく息を吐いた。
リンがこちらを振り向くと、自然と目が合う。
私は口元を緩め、リンの元へ行こうと一歩踏み出す。
——その時。
私の身体の中心に、一本の光の線が縦に走った。
それは壁を伝い、床を這っている。
ぞわりと、背筋に悪寒が走る。
——何か、まずい。
瞬間、ぐいっと体が引かれた。
「ユフィ……!」
リンの焦ったような声が聞こえた。
そして——
空間が歪み、私が立っていた場所に壁が出現した。
その壁の向こうは見えず、音も聞こえない。
分断された……?!
隔てられた空間には、私とリンだけ。
直後、目の前で空気が震え——そして、裂けた。
その裂け目から、一体の影が現れる。
黒い鱗を身に纏う、巨大な双翼龍。
——黒双翼龍。
しかし、それは片翼を欠いていた。
鱗は煤け、翼の断面は焼けただれている。
だが——
瞳だけは、異常なほど冴えていた。
そして、身体には脈打つエネルギーが迸り、白い淡い光が覆っている。
その真っ赤な双眸は、私たちを——否。
リンだけを、獰猛に見据えていた。
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