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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

初夏

作者: 羽毛 330
掲載日:2026/05/09



 朝、学校へ行く通学路で、僕はふと額を触った。僕の指が湿った。


 それは汗であった。


 今年も、初夏がやって来たのだ。


 僕の名前は山田空だ。今年の春に高校生となった、高校1年生の男である。


 高校受験は大変で辛いものであった。途中で完全にだらけた時期もあり、1度は諦めかけた。だが、何とか自分を制して勉強し続けた結果、無事第一志望校に合格できた。


 もう入学から2ヶ月たち、6月となった。


 人見知りの僕は、友達ができないのではないかと心配していたが、時が過ぎるにつれて多くはないが、友達と呼べる存在もできた。


 そのように、僕の学校生活は不可もなく可もなくといったものだった。


 僕は至って普通の高校生だった。


 だが、それもある日を境に変わることとなった。


 その日、僕はいつも通り学校に登校した。


 そして、その日の休み時間、僕は教室へ戻るために廊下を歩いていた。


 そのとき、ある女子の顔が廊下の向こうに見えた。


 初めて見る顔だった。


 目が綺麗だった。


 鼻が綺麗だった。


 口が綺麗だった。


 髪が綺麗だった。


 肌が綺麗だった。


 全てが綺麗だった。


 とても綺麗だった。


 とても可愛かった。


 その瞬間僕の心は射抜かれたように衝撃を受けた。


 僕は気付いた。


 ああ、これが「恋」なんだって。


 彼女は天使のように綺麗な容姿で、僕はそれに一目惚れしてしまったのだ。


 その日から僕の心は彼女でいっぱいになった。


 彼女は今、何をしているのだろうか。


 彼女は今までどんな人生を歩んできたのだろうか。


 そんなことばかりが僕の頭に浮かんだ。


 僕は今までに恋を一度もしたことがないわけではなかった。


 ただ、それらの恋は本気の恋ではなかった。


 なんか好きだなあ〜程度の物であった。(そもそもそれら全ては僕の片思いに終わった。)


 だが、今回は違った。


 胸が熱く燃えていた。


 彼女のことを考える度に、僕の身体を巡る血液が熱くなった。


 僕は生まれて初めて本当に本気の恋をしていた。


 しかし、彼女は凄い綺麗で可愛く、天使のような容姿を持つが、僕はと言うとこれまた微妙であった。


 僕の容姿は悪い方ではないと思うのだが、特段良い方だと言えるほど整ってはいなかった。


 その他、身長、運動神経、成績等も全て平均並みであった。


 こんな僕が、天使のような彼女と釣り合えるのだろうか。


 その上、僕は彼女の顔を見ただけであって、名前すら知らなかったし、勿論喋ったこともなかった。


 条件は非常に厳しいものだったが、それでも僕の彼女に対する恋は薄まらなかった。


 ずっと片思いのままでも良いと思っていたからだ。


 たまに廊下ですれ違うときぐらいしか彼女を見る機会はなかったが、僕はそれで十分だった。


 彼女に恋をしてから、半年が経ち、12月になった。


 寒い風に身体を震わせる日が多くなっていた。


 冬が訪れていたのだ。


 驚くべきことに、この半年の期間の間に、僕は彼女とたまに雑談をする程の仲となっていた。


 きっかけは偶然だった。


 それは外にいるだけで汗が大量に流れていく程の猛暑の夏の日の事であった。


 僕は学校に行く登校道にて偶然、一人で歩いていた彼女の姿を見つけた。


 今日も綺麗だなあと僕は彼女の顔を見つめた。


 すると、視線に気付いたのか、彼女は、僕の方を向いて僕に目を合わせた。


 僕は思いもよらず彼女と目が合ったことに動揺して緊張していたが、勇気を振り絞って会釈をした。


 すると、彼女もにこっと笑って僕に会釈を返してくれた。


 僕は彼女が僕を認知して挨拶し返してくれたことがとても嬉しかった。


「どうも、僕は1年9組で名前は山田空です。」


 そう僕が軽く自己紹介すると、


「こんにちは。私は1年1組で、笹塚 はるかです。」


 そう彼女、笹塚さんも自己紹介をしてくれたのである。


 僕はこの状況が信じられなかった。


 笹塚さんと僕が見つめ合って自己紹介をしているなんて意味が分からない。


 それでも僕は奇跡的に掴んだチャンスを放すまいと、趣味や部活などについて他愛のない会話をした。


 笹塚さんと話をして、僕はますます笹塚さんが好きになった。


 穏やかな話し方であったが、たまにユーモアも出してくれた。


 僕は笹塚さんのそんなところもとても好きになった。


 話が一区切りつくと、笹塚さんは「じゃあね。」と言って僕から離れて僕の先を歩いていった。


 この出来事がきっかけとなり僕らは登校道でたまたま会うと、少しだけ世間話をするようになっていった。


 毎回3分ぐらいのもので、頻度も1、2週間に1回程と決して多くはなかったが、僕は本当に幸せだった。


 彼女と話をしていると、僕の心はふわふわとした。


 ああ、恋とはこれ程素晴らしいものだったのだろうか。


 もはや日常で毎日通る登校道さえも、僕には結婚式での、レッドカーペットのように見えた。


 ああ本当に僕は幸せだ。


 その思いを噛みしめながら、毎日の生活を送っていくうちに、もう冬である、12月となっていたわけだ。


 

 肌寒いある日、僕はまた、笹塚さんと会話をしていた。


「昨日は部活で、校庭を10周も走らされて本当に大変だったんだよね。流石に10周はもう…」


 僕はいつも通り笹塚さんの何気ない話を聞きながら、適度に相槌を打つ。


 今日も可愛いなあ…


 本当に、可愛いなあ…。


 そんなことを僕は思いながら、話を聞いていた。


 とても幸せだった。


 僕は笹塚さんが本当に好きだった。


 それはもう本当に大好きだった。


 笹塚さんはまた口を開ける。


「しかも私の彼氏がね、それはもう酷い花粉症で…」






 え?



 僕はその言葉に耳を疑った。


 彼氏?


 笹塚さんに彼氏がいるの?


 よくよく考えてみれば別に驚くべきことでもなかった。


 これ程可愛いくて性格の良い笹塚さんと付き合いたくない男なんているわけがないんだから。


 それでもその時の僕はその事実が衝撃的過ぎて、受け入れられなさ過ぎて、咄嗟に怒鳴ってしまった。


「彼氏?何で彼氏がいるんだよ!!!」


 かなり怖い形相で、勢いよく怒鳴ってしまった。


「何でそんなに怒ってるの? 山田君、何か様子おかしいよ…」


 怯えた表情で笹塚さんはそう言った。


 それから笹塚さんは小走りで僕から離れていってしまった。


 そこからの僕はずっと放心状態だった。


 ああ、全てが終わってしまった。


 笹塚さんの目には、僕が変態のように写ったに違いない。


 あんなことをしてしまったらもう、笹塚さんと話すこともできなくなるだろう。


 それに、元々笹塚さんには彼氏がいて、僕なんか恋愛対象外だったんだ。


 少し笹塚さんとの関係に希望を抱いたこともあって、その事は深く僕の心に突き刺さった。


 

 その事件から3ヵ月が過ぎ、3月になった。


 桜のつぼみが大きくなり始め、風に暖かみを感じ始める春になっていた。


 あの事件はまだずっしりと僕の心に留まり続けていた。


 あの事件以降、笹塚さんは僕と話すどころか、明らかに僕を避けるようになってしまった。


 たかが一人の人間、一人の女性のことをなぜそこまで気にするのかとあなたは思うかもしれない。


 その理由は僕にも分からなかった。


 僕の心の奥の本能が理性を殺していた。


 それは僕が笹塚さんを愛していたからだ。


 ただ、愛していた。


 恋をしていた。


 その相手との関係が絶望的となった今でも、愛する気持ちは色褪せなかった。


 時間が流れても色褪せなかった。


 

 そこから3ヶ月が過ぎ、6月となった。


 再び初夏の季節となったのだ。


 この3ヶ月の間に、僕の心はおかしくなり始めていた。


 笹塚さんに彼氏がいることを、昔はまだ許せていたが、段々と許せなくなっていった。


「笹塚さんは僕のものであるはずだった。その彼氏が、僕の笹塚さんを奪ったんだ!」


 僕は、その彼氏を恨むようになっていた。


 しかし、その考えも次第に変わっていった。


「笹塚さんは僕のものであったのに、彼女は勝手に他の男と付き合った。なんて悪い女なんだ!」


 僕の怒りの矛先は、笹塚さんへと変わった。


 次第に僕の心にあった愛は、憎しみへと変わっていった。


 元々の愛が大きかったからこそ、裏切られたと感じたときの憎しみも大きかった。


 もう僕の心に愛は全く残っていなかった。


 その代わりに、果てしない憎悪が僕の心の中で渦巻いていた。


 

 そんな中、ある決定的なことが起こった。


 それは、ある日の事だった。


 その日は休日で、僕は暇潰しに少し遠いショッピングモールで一人、ぶらぶらとしていた。


 スーパーをぐるりと1周し、次はどこに行こうかと考えながら、歩いていたときのことだった。


 僕の目に、笹塚さんが写った。


 その隣には男がいた。


 笹塚さんは、その男と楽しそうに会話をしながら歩いていた。


 ……僕の脳は凍りついた。


 ああ、あれが笹塚さんの彼氏か。


 きっと彼らはこの休日に楽しくデートでもしているのだろう。


 僕の心は怒りに染まった。


 何で笹塚さんはあんなに楽しそうに笑っているんだ?


 何で僕以外の男と楽しそうに喋っているんだ?


 何でその手を僕以外の男と繋いでいるんだ?


 何で僕じゃだめだったんだ?


 何で僕を選ばなかったんだ?


 何で僕を好きにならなかったんだ?


 僕はずっと我慢してきた感情をもう、抑えられなかった。


 だから僕は、あることを決意した。


 僕は、コンビニに行った。


 そこで、包丁を買った。


 先の尖っている、切れ味の良さそうな包丁を1つ買った。


 それから、笹塚さんの家の近くまで行った。


 実は、僕はもう既に笹塚さんの住所を知っていた。


 僕がまだ笹塚さんを愛していた頃、僕は下校後の笹塚さんの後をつけて笹塚さんの家を確かめていたのだ。


 それはただの興味本位の行動であった。


 好きな人の情報をもっと知りたいと思ったからだ。


 そして僕は、太陽が沈んで暗くなるまでその近くで待ち続けた。


 笹塚さんが帰ってくるのを待っていた。


 そして、ついに笹塚さんが帰ってきた。


 笹塚さんが家に入ったのを確認した後、僕はその家のインターホンを鳴らした。


 ショッピングモールで彼らの会話を盗み聞きしていた際、笹塚さんの両親や兄弟が遠くに外出しており、今日は帰ってこないため、この家に笹塚さん1人だけであることも把握していた。


 笹塚さんがインターホン越しにこちらに話しかける。


「誰ですか? …って山田君? …何で私の家まで来ているの? 何の用?」


 その声が僕に向けられるのは半年振りであった。


 僕は答える。


「実は、今日学校の先生から、凄く大事な書類を預かってきているんだ。本当に緊急な物で今日中に渡さないといけないらしいんだけど、手の空いている人が僕しかいなかったんだ。だから、先生に笹塚さんの住所を教えてもらってここまで渡しに来たんだよ。本当にすぐ渡さないとまずいから、早くドアを開けて欲しい。」


 僕は、あらかじめ用意しておいた、笹塚さんの家に入るためのそれっぽい理由を言った。


「……んー分かった。そこまで重要なものだったら早く受け取らないといけないね。すぐにドア開けるから、ちょっと待ってて……」


 僕はドアが開くのを静かに待った。


 しばらくすると、ドアが少しだけ開き、笹塚さんが不安そうにこちらに顔を見せた。


 僕はその隙を見逃さなかった。


 ドアの隙間に手をこじ入れ、笹塚さんの体を押しのけ強引に玄関に入り、ドアを閉めた。


「ちょっと山田君…何をしているの?」


 笹塚さんは震える声でそう言った。


「少し、言いたいことがあるんだ。何で笹塚さんは僕じゃなくて、あの男と付き合ったんだ?」


「だって、山田君とはたまにお喋りをするだけの仲だったし、彼は元々私の彼氏で…」


 笹塚さんの言葉を遮って僕は言う。


「…黙れ!今更言い訳をしても無駄だよ。笹塚さん。君は禁忌を犯した。僕が想像する君は、他の男と付き合うような女じゃなかった。現実の君は、僕の想像上の君より醜い。だから、もう現実の君はいらないんだよ!」


 そう言ってから、僕はしばらく無言で彼女と目を合わせた。


 彼女の顔は恐怖に染まっていた。


「ああ、ここまできたらもう、後戻りできないね…」


 そう言ってから、僕はゆっくりとかばんの中から、包丁を取り出した。


 先の尖っている、切れ味の良さそうな包丁を、僕は右手でしっかりと握った。


 それを見るなり、笹塚さんの顔が完全に、猛烈に、恐怖で染まった。


 笹塚さんは必死に何かを僕に訴えていたが、今の僕にその言葉は聞こえなかった。


 僕はより一層包丁を握る手に、力を込めた。


 そして、僕は……


 

 それから僕がした事については一切説明しない。


 それは皆さんの想像に任せることにする。


 ただ、1つ事実を述べるとするならば、僕がその行為を終えた後、笹塚さんはもはや人間の形をしていなかった。


 冷たくなっていく笹塚さんを眺めるうちに、僕の心は急速に冷静になった。


 そして、物凄い後悔が押し寄せてきた。


 ああ、僕は何てことをしてしまったんだ。


 ただ自らの、嫉妬のために彼女の人生を終わらせてしまった。


 彼女は何も悪いことをしていなかったのに……


 僕は理不尽に……


 ああ僕はこれからどうすれば良いのだろう。


 例え今から逃げたとしても捜査技術が極めて高い現代では、すぐに僕は警察に捕まってしまうだろう。


 そして、僕は殺人鬼としてのレッテルを貼られるわけだ。


 家族や友達はこの事を知ってどう思うだろうか…


 そんな事想像もしたくない。


 そして僕は一生を、檻の中で過ごすことになるだろう。


 もし、その檻から出られたとしても、僕が彼女を殺した記憶、事実は残り続ける。


 そんな人生に何の意味があるのだろうか。


 そのため、僕は自らこの人生に終止符を打つことにする。


 次、この家に入った人は、冷たくなった笹塚さんと、冷たくなった僕を見つける事だろう。


 しかし、僕の死後、この事件の捜査をした際に、犯人である僕の動機が分からないと、遺族も、その他の人々も心残りになると考えた。


 だから、僕はこのノートにこの事件の全貌、僕の動機を全て残すことにした。


 なので、笹塚さんを殺してすぐ、笹塚さんの部屋にあった真っ白なノートにこの文章、言わば最後の日記を書き始めた。


 そして、ただひたすらに書き続け、ここまで書き終えたという訳だ。


 そろそろこの日記も終わりとなる。


 そのため、この文章を読んでいるあなたに一つ言葉を残し、それをもってこの文章を最後とさせていただく。


 

 僕の恋は初夏に始まり、初夏に終わった。



今回は僕の初投稿である本作品を読んでくれてありがとうございます。


この作品は、ただのよくある恋愛物語ではなく、あえて残酷な終わりを迎えるダークなものとしました。


最初は普通だと思っていた山田の精神のおかしさが段々と露見していくよう、制作時に意識しました。


最初普通に見せたことによって、その後彼が恐ろしい存在へとなったときに、より不気味に感じられると考えたからです。


ヤンデレ化した男が、支離滅裂な論理を用いて理不尽に相手を殺す。


それ事態のストーリーはよくあるものですが、山田が危険思想(笹塚さんは僕のものだった。)に至るまでの過程をしっかりと描く事で、山田を僕たちとかけ離れた化け物としてでなく、しっかりとした人間として描きました。


山田を普通の人間のように描くことによってより一層彼の凶行を際立たせ、この物語自体のリアルさを増させました。


また、題名の伏線回収である、「僕の恋は初夏に始まり、初夏に終わった。」の内容についてもかなり、気を使いました。


これらからこのようなダークでシリアスな物語を随時投稿していこうと思っているので、保存や登録などしていただけると嬉しいです。


また、僕はまだ初心者なのでこの作品に関する批評をしてもらえると本当に助かります。


勿論批判もおkですし、むしろ批判によって改善点が分かるので嬉しいです。


では、これで後書きを終わりとします。

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