永遠ノ勇者
「魔王討伐を成し遂げた勇者よ。大聖女である私が、そなたに恩賞として不老不死を授けましょう。あなたは永遠に、この世界の勇者。そう、永遠の英雄として生きるのです」
【永遠ノ勇者】
魔王が死に絶えてから、500年の時が流れた。魔王がいなくなった世界に、勇者など求めていない。
今世界が求めているのは、領土争いのための騎士や兵士だった。
イバーマル国とナイバンセス国との間では、今まさに、領土争いの真っ只中。両国の境界線にあるイベットバルトスの森で戦争が始まっていた。
敵の様子を見ていた女騎士ジュリアは、生暖かい唾を飲み込んで剣を必死に握りしめていた。
自分の金髪が日の光に反射して敵に見つからないかと心配しながら、少しずつ前へ前へと進んでいく。
前方から足音が聞こえ、ジュリアは息を潜めて大木に隠れた。足音はゆっくりとジュリアに近づいていく。居場所がバレたようだと彼女はとっさに判断し、慣れない手つきで剣を構える。
「ナイバンセス国の者!……か……」
ジュリアは近づいてきた男の威圧に思わず言葉が尻すぼみになる。
赤黒い髪をハーフアップにまとめ、目は鷹のように鋭い。その視線は必ず仕留めるとでも脅しているようだった。
何と言っても驚くのは男の体の大きさだ。2メートル近くはあり、少し細身であるのに筋肉がくっきりと見えていた。
どこか古くさい赤黒いコートを羽織り、中は全身黒い服に覆われている。
──盗賊か?にしてはこいつ、ただ者ではない……。
ジュリアは唾を飲み、剣を持つ手に力を込める。
「お前! 何者だ! ナイバンセス国の兵士ではないな! ここは今戦地であることを知らないはずないだろう!」
男はよく響く低い声で静かにジュリアに尋ねた。
「ゼローナ・マーティミア・コルテスに会いたい。案内してほしい」
「何? ゼローナ様にだと? 簡単にお会いできるわけがないだろう。あの方はこの国の大聖女様であらせられるぞ」
男はジュリアの言葉を聞いていないのか、繰り返す。
「ゼローナ・マーティミア・コルテスに会いたい。案内してくれないか」
無視されたことに腹を立てた彼女は、剣を男の首もとに向けた。
「黙れ! さっきも言っただろう。お前ごときが会える方ではない! とっとと去れ! ここは戦場だ。死ぬぞ」
男はほんのわずかだが、冷笑した。
「死ぬ……か」
男は、剣を向けられているにも関わらずジュリアに近づく。
「ち、近づくな! 脅しじゃない、本当に殺すぞ! ここは戦場だと何度も言って」
「この剣には、血の匂いがしない。それにお前も」
男はジュリアの剣をしっかりと握り始めた。
「!」
「まだ人を殺したことがないようだ。新米女騎士。と言ったところか」
「何を……!」
彼女の剣を握りしめ、少しだけ力を込める。男の手の力だけで、ジュリアの剣は簡単に折れてしまった。
「剣が……! そんな! この剣はガロスナ火山の近くで見つけた固い鉱物でできた珍しい剣。こんな簡単に折れるはずない!」
「これで退却をしなければならないな。ゼローナのところへ案内してくれ」
──こいつ、ヤバいやつだ。
ジュリアは無意識にその場から逃げる。
男は追ってこなかった。
「なんだあいつ! 化物じゃないか! まさか敵国の秘密兵器ではあるまいな。とにかくこれを騎士団長に報告しなければ……くっ、これは賢明な判断だ。怖くて逃げたわけじゃない!」
しばらく走っていると、足音に気づいた敵国の兵士3人に囲まれる。ジュリアは頼りない短剣を取り出し、舌打ちをした。
「我が名は、ジュリアン・ローレンス。全てはイバーマル国のために! こい! 相手になってやる!」
兵士たちが一斉に彼女に襲いかかる。ジュリアは騎士育成学校で習ったことを丁寧に実践した。だが、もう少しで急所を刺せるところを、躊躇う。
兵士の1人が、にやりとして仲間に伝える。
「こいつ、人を殺したことがないみたいですで。怖がってる!」
ジュリアは青筋を立てた。
「怖くなどない! かかってこい!」
兵士たちのスピードが上がっていく。彼女の腹に剣が突き刺さる。
このままでは死ぬ!
ジュリアは思わず兵士の首に短剣を突き刺した。突き刺したところから血が噴水のように飛び散る。彼女は驚いて、腹を押さえたまま尻餅をついた。
「あ、ああ! 血が!」
兵士の1人が倒れて、動かない。
彼は彼女の手によって死んだのだ。
「殺した……私が……」
ジュリアの視界が霞む。斬られたところから血が次々と流れていく。霞んだ視界から見えたのは、残り二人の兵士がジュリアに襲いかかるところだった。
「もう、ダメだ」
彼女が気絶する寸前で、一陣の風が吹く。
その風はどこか異国の風のようだとジュリアは思った。
一陣の風。先ほどジュリアの剣を折った男が、残りの兵士を一撃で倒したのだった。
兵士二人は倒れたが、気絶しているだけだった。
男は呼吸を乱すことなく、倒れたジュリアを抱き抱えた。
姫を救った騎士のような絵面で、男はジュリアの顔をしばらく見つめていた。
***
「見て見て。お母様。お父様。ジュリアも上手に馬に乗れるんです! ねぇ、お母様、お父様!」
ジュリアは夢を見ていた。昔の記憶だった。ジュリアがいくら頑張っても、彼女の両親は男兄弟のことばかり見ている。
「お母様……お父様……どうしたら私のことを見てくれるの? 私が女だからいけないの? 私はどうしたらいいの! どうしたら生きていいと言ってくれるの!」
幼きジュリアの体が次第に成長していく。傍らには剣が床に突き刺さっていた。
「そうだ。私も騎士になろう。お兄様たちにも負けない。誰にも負けない騎士になって。英雄になる!」
彼女は剣を抜き、一振りする。すると、剣から血が滴り落ちた。
先ほど殺めた兵士が、ジュリアの背中に覆い被さった。
「きゃあああああああ!!」
悪魔から覚め、ジュリアは汗を拭う。
昼間だった森には、星が瞬いていた。
「私は……ゔっ」
斬られた腹に包帯が巻かれている。そして足元には毛布がかけられていた。
焚き火の奥の方を見ると、先ほどの男が木に凭れて座っていた。
「私を助けてくれたのか? 待て。焚き火は敵をひきつける」
「案ずるな。イバーマル国の領地範囲内だ。それに敵が来たところで何も問題ない。倒せば済む」
「なぜ私を助けた」
「ゼローナのところへ案内してほしい」
「……」
ジュリアは何も言わず、焚き火に足を向けて膝を抱える。男は呟いた。
「不老不死になりたいのか?」
「え?」
「ゼローナの恩賞だ」
ジュリアはあぁと思い出した。なぜかこの時、彼女は男に心を許していた。
「あぁ。なりたい。この戦いに一番に貢献できた者への恩賞。永遠の騎士として、永久の英雄として生きることができる。なんという名誉なことか」
「名誉か」
男は手に持っていた雑草をくるくると回して弄ぶ。
「人に認められたい一心だな」
男のその一言に、ジュリアの顔は一気に赤くなった。
「お前に何がわかる! そもそもお前は一体何者だ。その容姿だと、貴族でもなければ詩人でもないだろ。まさか、盗賊か?」
「私は、勇者だ」
「勇者? だ?」
ジュリアは嘲笑した。
「こんなご時世に勇者様だって? 魔王はとっくの昔に滅んだというのに! 勇者などいやしない。自称勇者ってとこか。イタいやつだな」
「不老不死を手に入れて、永遠に戦地を駆け巡るつもりか」
男がまた無視をする。ジュリアはムッとしたが、話を戻した。
「そうだよ。永遠の英雄としてね。戦乙女になるのさ」
「人を殺し続ける。人の死に怯えるお前には無理だ」
「無理じゃない。時期に慣れる。騎士団長もそう言って……」
「お前は何のために戦うつもりだ。人を殺すために戦うのか」
「違う! 国の安泰のために」
「永遠に戦い続ける以上、国の安泰など、夢だ。お前は騙されている」
「なんなんだよ。貴様、知ったような口をして!」
男は初めてジュリアの方を見た。その深い黒い瞳に、ジュリアは引き込まれそうになる。
「ゼローナ様にそんなに会いたいのか。まさかお前も不老不死を求めて」
「ゼローナに会わなければならない」
「……お前は私を助けてくれた。その借りは返す。だが、ゼローナ様を傷つけるようなことをすればお前を必ず殺してやる!」
「……大聖女、ゼローナ」
「くそっ。やっぱり聞いてない。やなやつだ」
ジュリアは腹の傷口が広がることを恐れ、仰向けになって星を眺める。
「あの星の瞬きだって、終わりがあるのか」
男は答える。
「終わりがあるから、人は懸命に生きることができる」
「そういえば、名前を言ってなかった。私はジュリア・ローレンス。由緒正しき騎士の家系ローレンス家の末娘だ」
「……アダム」
なぜだろう。この男の威圧を感じるのに、それがとても安心する。ジュリアは睡魔に襲われ、瞼と閉じた。
男。アダムはジュリアの寝息を聞き、すくっと立ち上がる。
遠い木々の向こうから矢を放つ音が聞こえた。矢はアダムに向かって放たれたが、彼は矢の方向を見ることなく、いとも簡単にその矢のシャフトを握る。
そして、放たれた場所に向けてその矢を素手で投げた。どこからか呻き声が聞こえる。矢が命中したのだ。
アダムは星を仰ぎ見る。
「また一つ、星が落ちた。もう何個の星が私の目の前で潰えただろうか」
***
明朝。ジュリアとアダムはイバーマル城へと向かう。団長に見つからないように途中で陣営に戻り、馬を借りる。アダムはジュリアの傷を思い、手綱を持つ。
「私が馬を操作する。お前は私の前へ。道案内をしてくれ」
アダムは軽々とジュリアを持ち上げて馬に乗せ、彼もまたがる。後ろから感じる男の体温に、ジュリアは少し赤面した。
「わかった。案内する」
しばらく案内したところで、城下町が見えてくる。ジュリアは指を指した。
「あそこに見えるのが、イバーマル城。大聖女様はその城から少し離れた聖堂におられる。毎日祈りを捧げていらっしゃるのだ」
「祈り、か」
馬を少し早足にさせ、城門にたどり着く。ジュリアは門番に門を開けるように指示をして、中へと入る。馬を厩舎に止め、二人で聖堂まで向かう。
聖堂に入ると、いくつものステンドグラスが色鮮やかに輝きを見せる。その下で、白髪のゼローナが祈りを捧げていた。
「ゼローナ様。私です。ジュシュア騎士団のジュリアです。あの、ゼローナ様にどうしても会いたいという者がいまして、連れて参りました」
ゼローナはゆっくりと立ち上がり、優雅に振り返るとアダムを見て目を見開いた。
「あなた……」
「ゼローナ。大聖女と名乗り、この国で悪さをしていると聞いた」
ジュリアは話が見えずに、二人を交互に見る。
「ゼローナ様。この者をご存知なのですか?」
「勇者アラン。先代の大聖女から語られる永遠の命を授かった歩く英雄」
「アラン? この者はアダムと」
アダムはゼローナを見続けながら、
「アランは昔の名前だ。昔の私はもう死んだ」
と答える。
ジュリアは目を見開いた。
「まさか、都市伝説だと思っていた……永遠に生き続ける勇者が500年前に誕生したなんて話。まさかそれが」
ゼローナは敵意のある眼差しでアダムを見つめ返す。
「勇者よ。まさかまだお前、勇者らしく正義のままに人を救っているのか。なんとも愚かな」
「ゼローナ。お前は東の国の聖女だったが、私利私欲に溺れ、魔女として追放されたはず。ここでまた国の支配を考えているのか。不老不死の話を聞いてやってきてみれば、黒幕はかつての聖女の仕業だったとは」
ジュリアはためらいがちに、ゼローナに尋ねる。
「まさか、そんなの嘘ですよね。ゼローナ様。あなたが魔女だなんて」
ゼローナはジュリアを見ることなく、アダムばかりを見ていた。目を背ければ彼に殺されてしまうと恐れているかのようだ。
「全ては、理想郷を創るためだ」
「不老不死を騎士に授けて何をするつもりだ。それらを使って国を動かし、自分が女王になるように仕向けてるのではないか」
「お黙り!」
ゼローナの額にピクピクと血管が浮かび上がる。いつもの穏やかなゼローナではないとジュリアは恐れた。
「この国に必要なのは、私の力だ! それを邪魔するのであれば始末するのみ! お前は古の勇者。年老いた勇者が、若い者に勝てるわけがない! お前もだ。ジュリア。余計な真似をしおって。お前も一緒に消してやるわ!」
アダムは素早くジュリアを自分の後ろに下げさせた。
「後ろにいろ」
若々しくて美しかったゼローナは、呻き声と共に醜い姿へと変わっていく。赤い目を大きく開き、爪が伸び、血管が至るところに浮き上がる。
「私の魔力に勝てるか! 永遠の勇者よ!」
ゼローナは片手でいくつもの波動弾を打つ。ジュリアは身構えたが、アダムはマントを翻し、波動弾を跳ね返す。
跳ね返った波動弾はゼローナに向かっていったが、彼女もいとも簡単に避けた。
「凍れ!」
聖堂全体が一気に凍りつく。ジュリアの足元も凍ってしまい身動きがとれない。アダムは足が凍るまえに飛び跳ねた。
「突き刺さってしまえ!」
ゼローナは両手で弧を描くと、氷柱を発生させる。ゼローナが合図をすると、氷柱は二人目掛けて一斉に飛んできた。
ジュリアは叫ぶ。
「今度こそ本当に終わりよぉぉ!」
アダムは、腰から剣を取り出した。その剣の透明さ、繊細な装飾はどこか儚げで折れてしまいそうなほど細い。
だが、彼が剣を振ると一気に風が舞い上がり、氷柱が向きを変えていく。氷柱は壁や床に飛び散った。
「くそっ。なんて小賢しい!」
「お前の力はその程度か?」
アダムは一歩前へ進む。
「ならば、次は」
そしてまたもう一歩前へ出た。
「こちらから行くぞ」
ジュリアが瞬きをしている間だった。
アダムが一瞬にして消えたのだ。
どこに言ったかと思えば、ゼローナの目の前に移動している。ゼローナもアダムの動きが見えなかったようだ。
「な!」
一撃だった。
ゼローナの首と胴体が一瞬にして離れていく。
アダムはゼローナの体が床につく前に剣を鞘に戻した。
戦いは呆気なく終わったのだった。
アダムはジュリアに近づくと、凍った足の周りを鞘で器用に取り除いた。
「ゼローナ様が……まさか悪い魔女だったなんて。イバーマル王になんて言えばいいの」
アダムは懐から、金で出来た小さな林檎を取り出した。
「これを王に。そして、魔女ゼローナは永遠の勇者が始末したと言えばわかるはずだ。後のことは、お前に任せる」
「不老不死の話も、無しってことになるのね」
「永遠に生きていていいことなどない」
凍りついた聖堂から立ち去ろうとしたアダムにジュリアが引き留める。
「あなたはこれから、いいえ、この長い年月を経て、何をして生きてきたの?」
「……」
「教えて。不老不死になったら何をして生きようと思っているの?」
アダムは裾を引くジュリアの手をゆっくりと剥がす。
「何も。目的も、目標もない。人の死を、時代の死を、ずーっと永遠に見ていく。ただそれだけだ」
彼は少し悲しげな顔でジュリアを見た。
「お前のその輝く瞳は、命に限りがあるからこそ綺麗に光るのだ。お前は、お前のために生きるんだな」
「私のために、生きる……」
アダムはそう言うと、マントを翻し聖堂を出ていく。ジュリアはその姿をただずっと眺めていた。
「あれが、永遠の勇者。本当にいたのね」
彼は高い城壁から飛び、軽々と地面へ着地する。
またどこにいくとも決まっていない場所に向かって、永遠の勇者はさ迷い歩く。どこで何をしようかとも考えず、時のままに、彼はただただ歩くのであった。
【永遠ノ勇者】完




