第六話(前編):きびの実が不作で助かったと思ったら、管理者が本気を出した件!
赤ん坊の初期スペックを舐めていました。
魔法の数式を解こうとしただけで寝落ちするなんて、前代未聞の計算ミスです。
さらに追い打ちをかけるように、リミバァが「きびの実」を求めて市場へ突撃。
お願いです、誰かあのおばあちゃんを止めてください。
――隠居したい俺VS強化したい運営、第一ラウンド開始です。
暖炉の火がパチパチと音を立てる。
昨夜の火がまだ残っているのだ。
外の空気は冷たいはずなのに、部屋の中だけは温度が別世界だ。
太陽が沈む瞬間に鐘がなる。
だから街は、沈む瞬間だけが“終わり”を知る。
そして、朝が来る。
太陽が顔を出すと、鐘が鳴る。
それが「さあ、起きなさい」という合図だ。
桃太郎は、リミバァの膝の上にいた。
パチパチとはぜる暖炉の音を聞きながら。
リミバァは慈しむように本を読み始めた。
だが、読み聞かされているのは絵本ではない。
複雑な数式が並ぶ「魔法の専門書」だ。
おばあちゃんは穏やかな声で、一歳児には早すぎる魔力回路の繋がりを説いていく。
(……グフフ!
俺にとっては祝福だ。
戦略的に考えても、最高に面白いパズルじゃねぇか。
これ以上の至福はねぇな)
瞳に知性の光を宿し、術式を読み解こうとした――その瞬間だった。
(……あれ?
体力が、持たねぇ……。
……ダメだ、寝ちまう……!)
知性がどれほど吠えようとも、赤ん坊の「初期スペック」には抗えない。
桃太郎は涎を垂らし、深い眠りへ落ちていった。
「おや、夢の中かい。欲張りな子だねぇ」
リミバァは微笑み、彼を抱き上げて木の温もりあふれるベッドへ運んだ。
――だが、そんな俺の「知的隠居ライフ」の予感は、翌朝の買い出しで無残に打ち砕かれる。
眠い目をこすりながら籠に詰め込まれ、俺は市場へと連れ出された。
市場は朝から活気に満ちていた。
卵の殻のようなドーム状の家々が並び、梟人たちが露店を構えている。
だが、リミバァの目的地が、俺の背筋を凍らせる。
「おや、リミバァじゃないか!
坊やを連れて買い物かい?」
馴染みの店主が声をかけてくる。
梟人の彼は嘴の端で安煙草を転がし、リミバァの視線を棚に走らせた。
「ああ、店主。例のものは入っているかい?
うちの桃太郎に、どうしても必要なんだよ」
『例のもの』。
その不穏な響きに、俺は籠の中で身を固くした。
まさか、伝説の『きび』の原種か……!?
「それがなぁ……リミバァ、今年は不作でどこも置いてないんだよ。
……本気であれを探してるのかい?
あれはただの糧じゃない。
坊やの中に何があるのか、いつそれが開いちまうのか……誰にも分からねえんだぞ」
店主の視線が、籠の中の俺へ注がれる。
「……元司書長ともあろうお人が。
一度『きび』を与えちまえば、その先この子がどうなっちまうか、
あんたにだって制御はできねえはずだ」
リミバァは何も答えず、ただガッカリした顔をした。
(よしっ!
不作万歳!
供給不足万歳!
『きび』が欠品中なら、俺は一生このままのんびり赤ん坊でいられる!)
だが、リミバァは俺の予想に反して、店頭の果物を手に取り、そのままムシャムシャと食べ始めた。
「も、もきゅっ!?」
おばあちゃん、それ売り物だぞ!
野生児か!
「……裏の『酒家』なら、秘蔵のストックを持ってるかもしれないぜ。
あそこは、黄金色に輝く小粒の魔導食だって扱ってるからな。
……あんたが望む『きび』も、あそこなら」
リミバァは頷くと、俺を担ぎ直し、さらなる深淵へ足を踏み出した。
鉄黒の分厚い扉を押し開けると、そこは市場の光とは無縁の掃き溜めだった。
だが、そこで俺の視界に、最大の「希望」が飛び込んできた。
(……ええっ!?
人間……人間じゃねえか!!)
酒場の喧騒の真ん中に、そいつはいた。
ボロボロの革鎧を纏った薄汚い中年男だが、そいつは両脇の梟人たちと肩を組み、大笑いでジョッキをぶつけ合っている。
(いいぞおじさん!
やっと目指すべき指標が見つかったぜ――!)
隣で籠を握るリミバァの手が、白くなるほど強張った。
彼女は、楽しそうに騒ぐ男と梟人たちの輪を横目に、カウンターを叩いた。
「マスター!
例の黄金の実……『きび』はあるかい!
今年は不作でどこも置いてないんだ、頼むよ。
どうしてもこの子を『勇者さん』にしたいのよ……」
マスターは申し訳なさそうに首を振った。
「悪いなリミバァ、うちも切らしてる。
……だが、そこにいるギルドの連中なら、どこに隠し在庫があるか知ってるかもしれねえぜ」
おばあちゃんは、目に見えてガッカリした顔をした。
(ギ、ギルド……!?
なんだ、グリモワールドにもそんな組織があるのかよ。
……まずい、そんな連中に目をつけられたら、俺の隠居プランが……!)
桃太郎が冷や汗を流した、その時だった。
「おい、婆さん……さっきから何ジロジロ見てんだぁ?」
立ち上がったのは、さっきの人間のおじさんだった。
「……おや、あんたギルドの人かい。
ちょうどいい、情報を売ってくれないかねぇ」
「あぁん? 情報をタダで教える馬鹿がどこにいる。
……どうしてもってんなら、俺と一気飲みで勝負しな。
あんたが勝ったら情報をやる。
負けたら酒代全額、あんたの奢りだ!」
男の提案に、リミバァは迷わずジョッキを掴んだ。
「いいだろう。後悔しなさんなよ」
(……やべえ!
おばあちゃんが勝っちまったら、『きび』の情報が手に入っちまう!
俺の平和な隠居プランが、勇者なんていう物騒な強制イベントに書き換えられちまうんだ!)
マスターが拳を高く突き上げ、野太い声で号令をかけた。
「――両者、構えろ!
グリモワールド式・一気飲み対決……始めッ!!」
お読みいただきありがとうございました!
赤ん坊の限界に挑むモモですが、まさかリミバァが酒場の主とガチバトルを始めるとは……。
「運営側」の冷徹な目が光る中、物語はいよいよ核心の『きびの実』へと近づいていきます。
中編・後編では、さらにバグった世界がモモを襲います!
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