第四話(中編①):初魔法の快感に溺れたらフラグのど真ん中になった件
お読みいただきありがとうございます。
今回から物語は、主人公・桃太郎が自らの手で「人生をぶち壊しにいく」本編へと突入します。
こだわりは、魔法をただの奇跡として描くのではなく、努力オタクの彼が前世で培った「数理パズル」として解釈し、最適化してしまうまでのプロセスです。
一浪、二浪と積み重ね、試験に落ち続けてきた彼が、異世界で最初に出してしまった答えが、よりにもよって『満点合格』。
読者の皆様には、この「努力の方向性を間違えた男」が、良かれと思って繰り出した一撃がどれほどの惨事を引き起こすのか、その瞬間に立ち会っていただければ幸いです。
タイパ重視の2,100文字。モモの脳内計算の速度に合わせて、一気にお読みください!
――始まりは、ただの好奇心だった。
手にしたのは、魔導書のレプリカ。
この世界の魔法理論を構成する“基本術式”が記されたページ。
赤ん坊の俺にとっては、本来なら意味のない記号の羅列でしかないはずの代物だ。
だが、二年間、血の滲むような思いで数字と記号の海を泳いできた俺の目には――
それが、まるで見慣れた数理パズルのように見えた。
(……これ、アルカナ数理だ)
「ゲフフ……魔法だッ! 本物の魔法書だあああああ!!」
俺は、今まで封印していた欲望を押さえきれずに叫んだ。
合格しなきゃいけない、賢くならなきゃいけない。
そんな外圧に押し殺されていた“知りたい”という原初的な欲求が、ダムが決壊したかのように噴き出した。
ヨダレが垂れるのも構わず、ページをめくる。
赤ん坊の短い指は思うように動かず、ページを一枚めくるのにももどかしさが募るが、脳内の処理速度はその数百倍の速さで加速していた。
(……この定数をここに代入して……この符号の並びを変えると……。
おいおい、この関数の処理、前世の難解模試で見たひっかけ問題と構造が同じじゃねぇか!)
脳内で、公式がリンクする。
高校数学の“証明”が、魔法の“詠唱”に重なる。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「……そうか。詠唱って、計算なんだ」
――俺は、詠唱を口にする。
それは、リミバァが教えるような伝統的な作法すら無視した、最短解へのダイブだった。
詠唱。
「清かなる光よ、我が指先に集いて、暗き道を照らせ――」
空中に、文字が浮かぶ。
言葉が、空気を切る。
その瞬間、託児所の空気が震えた。
――ブワン。
黄金の魔法陣が展開される。
古代の英知が、赤ん坊の指先に収束していく。
(……アレッ?)
俺は息を飲んだ。
これが、魔法――。
「ドタパン?!」
凄まじい衝撃音と共に、託児所の結界が悲鳴を上げる。
衝撃波に煽られ、俺の体が、ふわりと浮いた。
(……ちょ、ちょっと待て! 何だこれ! すごすぎる!)
しかし、高揚感よりも先に、鋭い恐怖が背筋を駆け抜けた。
(これ、俺の知識で“起動”してる。つまり――)
この世界の魔法は、詠唱で発動する。
そして、その詠唱は、数式のように“正しい構造”で成立する。
――俺の脳内に、オタクの快楽が走る。
「すげぇ……これ、数学だ。詠唱が、計算だ……!」
この瞬間、俺は気づいてしまった。
異世界の魔法が、前世の“アルカナ数理”に近い。
アルカナ数理。
二浪地獄で、現実逃避のために解いていた超難解な数理パズル。
誰にも評価されず、試験にも出ない。
だが、合格だけを求められる日々で、唯一俺が自分の意志で楽しめた聖域。
それが、今――
この世界の魔法に、最高に美しく、残酷なほど綺麗に噛み合っている。
「……うわ、やばい。これは……」
喜びが、瞬時に純度の高い恐怖に変わる。
このままじゃ、俺は「英雄候補」としての合格通知を自分で出してしまう。
(誰か来る! 絶対来る!)
廊下の向こうから、リミバァの声が聞こえる。
「桃太郎!? 今の音は何だい、大丈夫かい!?」
その声は、司書長としての鋭さと、孫を案じるおばあちゃんとしての焦りが混じっている。
距離にしてあと数メートル。
扉が開くまでの時間は、おそらく三秒もない。
(隠せ、消せ、せめて“落書き”に見せかけろ……!)
俺の脳内の“二浪生エンジン”が、物理的に異音を立て
てオーバーヒートした。
だが、ここで俺は冷静になる。
“合理的に不利な状況”を打破するための、唯一の方法を思いつく。
(……もう一回だけ。誰も見てない。なら、もう一回だけやれる)
俺は周囲をキョロキョロと見渡す。
託児所には、他の子供たちがいるはずだが、なぜかみんな今の衝撃を避けるかのように遠くに固まっている。
(……誰もいない。完璧だ。今ここで“上書き”して、威力を減衰させれば……!)
俺は、もう一度、魔導書のページを開いた。
「……あの詠唱、もう一回だけ。今度はちゃんと、構造を意識して」
俺の指先が動く。
今度は、前より少しだけ大胆に。
――しかし、紡がれる詠唱はもはや“普通”ではなかった。
“詠唱の順番”が、俺の中の数理と一致する瞬間。
それは、数学でいう“解の形”が見えた瞬間だった。
(あ……これ、アルカナ数理だ!)
俺は叫びそうになるのを、必死に飲み込む。
(今度は、詠唱を“最適化”する)
詠唱の構造を、アルカナ数理の法則に従って組み替える。
言葉の配置を入れ替え、冗長な形容を切り捨て、魔力の伝導率を極限まで高める。
意味は同じだが、導き出される効率が根本から違う。
――そして三度目。
俺の指先が、空気を切り裂く。
詠唱。
空中に数式のような文字列が浮かび、魔法陣が再展開する。
しかし、今度の魔法陣は――先ほどのものとは比べ物にならないほど、精密で、巨大だった。
(……あれ? これ、さらに効率が……上がってる?)
託児所の空気が、再び激しく震える。
「ヒイッッ!!」
結界が、限界を超えた悲鳴を上げる。
俺は、恐怖と快楽の狭間で固まった。
(やべぇ……これ、普通じゃない。計算ミスだ、とんでもない桁間違いをした……!)
そして頭上に、魔導判定システムが、無慈悲なほどの輝きを放つ。
――『満点合格』。
(……っ!)
俺の「不合格」を勝ち取る戦いは、
この瞬間、最悪の方向へと加速した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ついに魔法を手にし、無自覚に「正解」を叩き出してしまったモモ。
努力オタクにとって「解けない問題はない」はずでしたが、異世界という試験会場では、その正解こそが彼を英雄という名の窮地へと追い込んでいきます。
解いた瞬間に「詰んだ」と確信する、この皮肉な状況を楽しんでいただけていれば幸いです。
ここから物語は、リミバァの追及をいかにかわすかという「隠蔽工作編」へと突入します。
二浪生の意地と知略を尽くした偽装工作、その行方をぜひ見守ってください。
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