世界を作り替えた者たちの記録【特別編】『真実の爪痕』
静かな夜に、火の音だけが響くとき。
人は、過去と向き合うことになる。
これは、ある街の“始まり”の物語。
そして同時に――今を生きる者たちが、その真実に触れてしまう物語でもある。
四百年前。
名もなき場所に、一つの“奇跡”が生まれた。
それは、誰かの努力であり。
誰かの願いであり。
そして――誰かの犠牲の上に成り立っていた。
だが、語られる歴史はいつも美しい。
そこに影があったとしても、光に隠されてしまうものだ。
これは、その“影”に気づいてしまった者たちの記録。
そして――
気づいてはいけなかった真実へと、足を踏み入れる物語である。
パチパチと薪がはぜる、心地よい音だけが静かな部屋に響いている。
暖炉の火に照らされながら、桃太郎、白雪、カリンの三人は、目の前の火の光が映し出す「四百年前の真実」を食い入るように見つめていた。
光景の中では、祭殿の最奥でリミアが最後の一枚の石盤を捧げようとしている。
「……これが、今の僕たちが住んでいる街の、本当の始まりなんだね」
桃太郎がポツリと呟いた。
その瞳には、かつて自分と同じように「計算と努力」で理不尽な運命をこじ開けようとした先達への、深い共鳴が宿っている。
彼自身もまた、この世界で戦い続けている。
白雪は、膝の上で組んだ手に力を込め、潤んだ瞳で光景を追っていた。
そこには、自分の直系の先祖であるエドリックが、ボロボロになりながらも仲間を支える姿がある。
「……おじいちゃん」
かすれた声が漏れる。
「あんなに必死に戦って……。でも、最後におばあちゃんが笑ってくれて、本当によかった……」
それは遠い伝説ではない。
彼女にとっては、自分に血を繋いでくれた「家族」の物語だった。
カリンは、いつもより少し真剣な表情でその光景を見つめている。
「……なんか、変な感じだな」
ぽつりと呟き、鼻をすする。
「あのご先祖様をあそこまで育てたのが、今のおばあちゃんなんだろ?
ってことはさ……あたしたちがこうして生きてるのも、全部そこに繋がってるってことだよな」
その言葉に、桃太郎は静かに頷いた。
「……ああ。全部、おばあちゃんに繋がってる」
三人の視線の先で、ついに七枚目の石盤が収まる。
次の瞬間――
台座から眩い光の柱が天を突き抜け、リミアが『メモリー・アクア』を高く掲げた。
「忘れない。私たちがここで流した涙も、繋いだ手も!」
真っ白だった虚無の空間が、彼らの記憶を設計図にして、鮮やかな色彩に塗り替えられていく。
連なる卵型の家々。木々のざわめき。せせらぎの音。
それは影ではない。
彼らが命を懸けて守り抜き、たどり着いた――
「真実の街」が産声を上げた瞬間だった。
暖炉の炎が、三人の影を壁に大きく映し出す。
窓の外には、四百年前のあの日、おばあちゃんたちが願った通りの、穏やかで優しい光に満ちたグリモワールドの夜が広がっていた。
――だが。
暖炉の火が、パチリと音を立てる。
その瞬間、桃太郎の中で何かが引っかかった。
(……違う)
思考の奥で、バラバラだったピースが組み上がっていく。
(これで終わるはずがない)
「……ちょい待てよ」
桃太郎が身を乗り出した。
「……なんで今、おじいちゃんは『裏のグリモワールド』にいるんだ?」
空気が、凍りついた。
白雪とカリンの肩がびくりと跳ねる。
今、目の前の記憶の中では、おばあちゃんたちが手を取り合い、光り輝く「表の街」を完成させたばかりだ。
本来なら、そこは誰もが救われ、安らげるはずの終着点のはずだった。
だが――現実は違う。
白雪の先祖であるエドリックは、今もなお光の届かない「裏」の領域に留まっている。
「……もしかして、あの時……」
桃太郎の背筋に、冷たい汗が流れた。
「……何か問題でもあったのか?」
完璧に見えるハッピーエンド。
その裏側に、誰にも言えない「代償」や「計算ミス」があったとしたら――
「……これ、最悪のパターンだろ」
かすれた声が漏れる。
顔から血の気が引いていく。
カリンが息を呑み、白雪は祈るように胸の前で手を握りしめる。
三人が見つめる炎の奥。
歓喜に沸く四百年前の祭殿の片隅で――
一筋の「影」が、音もなく動き出していた。
「……ちょい待てよ。なんで今、おじいちゃんは『裏のグリモワールド』にいるんだ?」
桃太郎の問いに――
少しだけ、間が空いた。
暖炉の火が、パチリと音を立てる。
「……なんだい桃太郎」
リミバァは、穏やかに笑った。
「気づいたのかい」
その声音は、いつもと変わらない。
――だが、どこかだけが違った。
「全員、最初は“こっち”に来たんだよ」
「じゃあ、なんで……」
桃太郎の声がかすれる。
おばあちゃんは、ゆっくりと目を細めた。
「……あの日、“嵐”が来たのさ」
その一言で、空気が変わる。
「嵐……?」
「そうさ。全部を分ける、ね」
――それ以上は、語らなかった。
ベッドの上で、一人考え込む。
横では白雪が、安心しきった様子ですやすやと眠っていた。
カリンは先ほど、おばあちゃんに連れられて自分の家へと向かった。
静まり返った部屋で、桃太郎の脳内だけが高速で回転を続ける。
「……もう一つ、計算が合わない。梟人の魔法を使えない奴らが全員『裏』へ行ったのは分かった。じゃあ、人間はどうなったんだ?」
カリンは間違いなく、この表のグリモワールドで生まれた。
しばらくは、人間もこの『表』にいたはずだ。そうでなければ計算が合わない。
「待てよ……」
桃太郎は天井を見つめた。
カリンは、お母さんが悪い奴らにさらわれたと本気で信じている。だが。
「もしかして、また『嵐』が来たのか?」
それなら、すべての辻褄が合う。
カリンは俺たちより一つ年上だから、十年前ぐらいに人間が選別された。
そこで、魔法適正が無いお母さんは裏のグリモワールドに。
俺は多分この時に異世界転生してきて、魔法適正有りと判定された。
そして、白雪は裏にいた。
「……イヤイヤ、考え過ぎか。もう寝よ」
答えの出ない問いを打ち切り、桃太郎は重い瞼を閉じた。
……閉じたのだが。
「……。なあ白雪、どうでも良いが、俺の右腕を抱き枕代わりにするの、なんとかならない?」
右腕に伝わる、柔らかくて温かい重み。
白雪は「むにゃ……」と幸せそうな寝息を立てて、さらに腕をぎゅっと抱き込んできた。
「……努力と計算で解決できない問題が、ここにあったわ」
桃太郎は諦めて、しびれ始めた右腕を運命に委ねることにした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は、「受け継がれるもの」をテーマに描いています。
血筋や歴史、想い――それらは時に人を支え、時に縛るものでもあります。
四百年前に紡がれた“正しい選択”は、本当に正しかったのか。
守られた世界の裏で、取り残されたものは何だったのか。
桃太郎たちが見つめたのは、ただの過去ではありません。
それは「今」に繋がる、まだ終わっていない物語の一部です。
もし、この先に進むなら。
彼らはきっと、“知らなければよかった真実”と向き合うことになるでしょう。
――それでもなお、進むのか。
その答えは、これからの物語の中にあります。
またどこかで、この続きをお届けできることを願って。




