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第四話(前編):現実逃避で数理パズルを解いてたら魔法理論に気づいた件

お待たせいたしました、第四話です。

 今回のテーマは、「抑えきれないオタクのサガ」です。

 前世で二浪という厳しい時間を過ごしたモモにとって、勉強や計算は単なる苦行ではありませんでした。それは、不安定な現実の中で唯一「絶対に裏切らない正解」をくれる、救いでもあったのです。

 そんな彼が、異世界で「本物の魔法理論」に出会ってしまったらどうなるか。

 静かに目立たず生きたいという生存戦略と、目の前の難問を完璧に解き明かしたいという職人気質な好奇心。その二つが激突したとき、モモがどちらを選んでしまうのか――。

 グリモワールドが誇る美しい卵形書庫『ルーンメモリア』の情景とともに、彼の「計算通りにいかない」全力の暴走を楽しんでいただければ幸いです。

 それでは、努力オタクの真骨頂、どうぞご覧ください。

始まりは、おばあちゃんの鼻歌だった。


今朝のリミバァはやけに機嫌がいい。


朝から「今日はいい風が吹いているねぇ」


なんて言いながら、使い古された、けれど手入れの行き届いた背負い籠の中へ、壊れ物を扱うように俺をそっと入れた。


「今日はね、おばあちゃんの職場に一緒に行くんだよ、桃太郎。お留守番は寂しいだろうからねぇ」

そう言って、彼女は俺の頬を指先で優しくつつく。


(……職場見学か。

天井のシミを数え、配置に黄金比を見出す虚無よりはマシだ。


だがリミバァ、その『桃太郎』って名前だけは、聞くたびに俺の生存本能が『逃げろ』と叫ぶ。


まるで鬼ヶ島への片道切符を渡された気分だ、こっちは)


 おばあちゃんの本名はリミア。


この街、グリモワールドの中央図書館


『ルーンメモリア』の司書長を務める。


知の最高責任者だが、気取ったところはなく、街の連中からは親しみを込めて「リミバァ」と呼ばれている。


 家を出ると、穏やかな朝の風景が広がっていた。


石畳の道を、リミバァのサンダルが「パタパタ」とリズムを刻む。


その振動が籠を通じて俺の背中に伝わり、眠気を誘う。だが、俺は必死に目を見開いた。


情報を一つでも多く収集し、生存戦略を立てるのが「努力オタク」としての務めだからだ。


道ゆく住人たちが、俺たちを見つけるたびに足を止め、敬意と親愛を込めて声をかけていく。


「おはよう、リミバァ! 今日はその籠の中に、新しい『物語』でも詰めてるのかい?」


「ふふ、おはよう。これは未来の英雄候補さ。ちょっと重いけどね」


(……おいリミバァ!

朝っぱらから期待のハードルをエベレスト級に上げるのはやめてくれ。


俺はただの二浪生、英雄どころか人生のレールから脱線し、崖下で逆さまになってるような男なんだぞ)


住人たちが次々に籠を覗き込んでくる。


「おや、桃太郎ちゃんじゃないか! おはよう、今日も可愛いねぇ」


恰幅の良い梟人のおじさんが、ガサガサの指で俺の鼻先を突っつく。


(……おじさん、可愛いねぇじゃないんだよ。

あと、その隣の梟人の姉ちゃん……なんだ、めちゃくちゃスタイルいいな。


異世界の梟人って、みんなあんなにシュッとしてるのか?


二浪生活で枯れ果てていた俺の視神経が、思わぬ目の保養に悲鳴を上げてるぞ。


ありがとうグリモワールド、俺、この街で一生ニートやる。ここをキャンプ地とする!)


 街には、眼鏡をかけた老紳士からモデルのような美女まで、様々な人々がリミバァに挨拶していく。


リミバァはその一人一人に、


「この子は本が大好きでね」


「本当にお利口さんなんだよ」と、孫フィルターを百枚くらい重ねた自慢を振りまきながら進む。


(リミバァ、あんたは善意100%なんだろうが、


それは『自分を追い込む努力』をアイデンティティにしてきた俺にとって、最も重いプレッシャーなんだ。


中身がヨダレ垂らしながら数理パズルを解くことしか考えてないオタクだとは、夢にも思ってないだろう

な……)


やがて、彼女が立ち止まり、俺を抱き上げた。


「さあ、着いたよ。私の一番好きな景色だ」


その視線の先を追って、俺は絶句した。


「……っ、は?」


      「ルーンメモリア」


そこは、巨大な卵の殻をそのまま幾層もの書架にした、水上の卵形書庫だった。


剥き出しの卵の内部には無数の古書がひしめき、それら巨大な「知の器」が、


細いアーチ状の橋で複雑に結ばれながら、迷宮のように屹立している。


「……おいマジかよ」


  挿絵(By みてみん)


(……やばい。あの細い根っこでこの巨体を支えてるのか? 構造力学が仕事してねぇぞ。


水中に浮力魔法か、支柱に補強術式か……。


一体どんな『理論』でバランスをとってやがる。


あの中、全部見せろ。……


いや、見せてください、お願いします!)


だが現実は非情だ。


リミバァが俺を降ろしたのは、その書庫のすぐ隣にある、


図書館託児所『フェアリーキープ』だった。


「フェアリーキープ。


名前こそ妖精の隠れ家を彷彿とさせるが、実態は『知の聖域』の隣に設営された、情報の過密地帯だ。


「桃太郎、いい子にしてるんだよ」


リミバァは、周囲の職員に


「この子は賢いから大丈夫よ」


と告げ、職場へと消えていく。


しかも、周囲を見渡せば羽毛に包まれた梟人の雛ばかりで、人間は俺一人。


俺の手元には、退屈しのぎにと手渡された一冊の魔導書のレプリカだけが残された。


(……結局、連れてこられたのは『ここ』か。

 職場見学なんて期待した俺がバカだった。


 ニート生活には慣れているが、赤ん坊の体で知らない天井のシミを数えるのは限界があるな。


 ……あ、でもこれ、複製レプリカ品だ。


 鬼ヶ島さえ存在しなければいや、この世界のどこかに、角の生えた先住民と、


きびだんごを要求するイヌ・サル・キジの軍事同盟が存在しないかだ。


徹底的に調べろ……!)


俺の指が止まる。


そこに記されていたのは、この世界の魔法を構成する基本術式。


だが、二年間、数字と記号の海を泳ぎ続けてきた俺の目には、それが全く別のものに見えていた。


(……これ、アルカナ数理そのものじゃないか!)


俺はこの数理を、嫌というほど熟知している。


(……これ、俺の前世の知識と完全に一致してる。……そして、ここから先は、確実に危険だ)


わかっているのに、めくる指が止まらない。


努力オタクのサガが、俺をその深淵へと引きずり込んでいった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 今回はモモの「光と影」が交錯する回でした。

 二浪時代の逃避が生んだ「アルカナ数理」が、異世界の扉を完璧な形で開いてしまいました。努力オタクゆえの「正解への執念」が、最も恐れていた英雄への道――「満点合格」を叩き出す皮肉な結末。

 次回、爆心地へ駆けつけるリミバァ。

 崩壊するニート計画の行方を、どうぞお楽しみに!

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