第十七話:合格したら迷宮だった件
合格の瞬間――世界が止まり、床が消えた。
そのまま、桃太郎たちは迷宮へ転落した。
桃太郎とカリンは、図書館の“社会見学”に参加し、試験に挑んだ。
桃太郎は天才的な計算力で“正解”を導き出す。
しかし――その瞬間、世界が停止し、床が消えた。
子供たちは奈落へ落ち、桃太郎とカリンは深い闇の中で引き離されてしまう。
さあ、ここからが本編です。
どうか、最後まで見届けてください。
合格の瞬間――世界が止まり、床が消えた。
そのまま、桃太郎たちは迷宮へ転落した。
そして桃太郎は、さらに深い奈落へと分断されてしまう。
暗闇に取り残されたカリンは、自分の無力さに打ちひしがれるが――。
「……カリン……」
梟人の子の一人が、か細い声を出した。その声は、泣き声に混じっていた。
「ももっちが、いなくなった……。でも、君が悪いんじゃないよ」
「……え?」
「僕たちも、何もできなかった。だって、怖かったんだもん。でも、君が泣くなら、僕たちも泣くよ。……カリン、泣かないで。僕たち、ここにいるから」
その言葉に、カリンの胸が締め付けられた。自分だけが責められているわけじゃない。彼らもまた、同じくらい怖かったのだ。そして、初めて気付く。
(――私だけが、強くなればいいわけじゃない)
(……しっかりしなさい、カリン。あんたは、あいつのお姉さんでしょ。自称だろうがなんだろうが、今やるべきことは決まってるじゃない)
「……ごめんね、みんな……」
カリンは、嗚咽を漏らしながらも、壁に背を寄せて座る子供たちの顔を見た。
「私……あなたたちを守りたい。お姉さんに任せなさい」
その言葉を口にした瞬間、カリンの掌が、また光った。今度は、さっきより強い。空間が、少しだけ歪む。
「……!?」
歪みはまだ不完全だ。それでも、確かに“動いた”。
カリンは、涙を拭う。
「……まだ足りない。でも、私、諦めない」
そのとき、迷宮の空気が、微かに変わった。カリンは、肩を震わせながら、静かに呟いた。
「……ねぇ、ももっち。私は、今度こそ、あなたを助ける」
迷宮は、答えない。だが――拒絶もしなかった。
「……今、揺れた?」
梟人の子が、翼をすぼめて呟く。確かに、空気の向きが、ほんの少し変わった。
カリンは、掌を見つめたまま、ゆっくり息を吸う。
(……怖い。でも、私だけが泣いてても、何も変わらない。……考えろ。ももっちなら、こういう時どうする……?)
彼女の持ち前の鋭い「勘」が、暗闇の中の違和感を探り始める。
カリンは、壁に手をつき、ゆっくり立ち上がった。足首が悲鳴を上げるが、歯を食いしばる。
「……大丈夫。立てる。だってお姉さんなんだから」
「みんな、聞いて。ここ、たぶん……ただの落とし穴じゃない。“何もできない場所”じゃないわ」
空間が、わずかに歪んだ。カチリ、と歯車が噛み合ったような音がする。
(……反応してる。この迷宮は、魔力じゃなく、詠唱でもなく――“意志”に、反応してる)
カリンの直感が、確信を掴み取る。
「みんな、動かないで。お姉さんの後ろについてきて」
カリンは、壁沿いに数歩、慎重に進む。床の一部が、わずかに沈んだ。
「……やっぱり。ここ、全部が同じじゃない。……ももっちが言ってたでしょ。こういう場所には、ルールがあるって」
彼女は振り返り、震える唇を噛んで、精一杯の笑顔を作った。
「だから、探そう。私は、時間を戻せない。でも――進むことは、できる」
その言葉に呼応するように、迷宮の奥で、何かが開く音がした。
カリンは、闇の向こうを見据える。
「……待ってて、ももっち」
少女はもう、立ち尽くしてはいなかった。
その頃、暗闇の中で、桃太郎はただ落ち続けていた。
視界は真っ暗、音は何もない。
――何もない。
どれだけ落ちているのかも分からない。上も下も、周囲すらも見当たらない。ただ、重力だけが確かにある。無意識に体を丸めて、両手で頭を抱え込んでいた。
(……動け)
手が伸びても、空気しか掴めない。
(……カリン、俺は……)
頭の中で、言葉が追いつかない。目の前にあったはずの光も、音も、感情も、全部が遠ざかっていく。それでも、心臓は鳴り続ける。
(……いや、落ち着け。心臓が動いているなら、まだ「計算」は終わっちゃいない。今の現象は何だ? 合格したはずだろ。ババァの嫌がらせか、それともこれが「特典」の一部なのか……!)
視界の端に、わずかな光。地面が近い!
(こんな所で死んでたまるか!)
体が急激に引き寄せられる。――だけど、足元がない。自分の体重が、重力が、無限に引き寄せてくる。
(どうして、何もできない!)
ここで、絶望が湧く。自慢のアルカナ数理を叩き込んでも、いつも通りには魔力が変換されない。この迷宮の中では、俺が積み上げた「現代的な効率」が、厚い壁に遮られている。
(くそっ……! 現代数理が弾かれるなら、この世界の、あのババァが使っていた古い理をそのまま借りるまでだ……!)
無詠唱も、独自の数理も通じない。ならば、今この場所を支配している「古い形式」――。グリモワールドの根源的な魔法詠唱だ。
「――虚空を綴る銀の糸よ、我が命脈を座標とせよ。理の檻に、絶対の静止を!」
それは、古の知恵者が世界を定義するために紡いだ、重厚な響き。
「『ディメンション・アンカー』!!」
詠唱の言葉が、空間を切り裂くように響く。その瞬間――。
魔法が、確かに反応した。
一瞬、時間の流れが歪んだ。視界が揺れ、自分を押し潰そうとしていた重力が、ふっとその手を緩める。落下の加速度を、空間への「固定」という強引な手段で相殺したのだ。
ズシン、と足に衝撃が走る。ふわっと、けれど確実に地面へ着地した。
(よし……着いた)
膝をつき、激しい呼吸を整える。
その瞬間、目の前に、ほんのわずかな光が差し込むのを見た。その光は、石造りの扉の隙間から、糸のように細く漏れている。
(扉……!?)
そこにあったのは、わずかに開きかけた巨大な石門。その隙間から、ひそやかな光が流れてきている。
扉が開いている――?
だが、まだ何かが足りない。その光は、まだ完全ではない。何かを見落としている気がするが……。
(とにかく、進むしかない。何が起きてるのか、その正解をこじ開けてやる)
その光に引き寄せられるように、桃太郎はゆっくりと扉へと歩み寄った。
読んでいただき、ありがとうございます!
今回の章は「序章の序章」みたいな位置づけで、
まだまだ物語は動き始めたばかりです。
桃太郎は“正解の追求者”であり、
カリンは“直感の持ち主”――
一見、対照的な二人ですが、
この世界ではそれが「最も危険な組み合わせ」になります。
今回の出来事は、
彼らの成長の始まりであると同時に、
彼らが“世界に認められる”瞬間でもあります。
そして――
この後、二人はもっと深い迷宮へと足を踏み入れていきます。
「運命が変わる瞬間」って、
だいたい、こんなふうに唐突に訪れるんですよね。
次回も、どうぞよろしくお願いします。
(もし気に入っていただけたら、感想やお気に入り登録などいただけると作者が喜びます)
それでは、次の章でまたお会いしましょう。




