第十三話(前編):不合格を狙って試験を受けたら本気を出す羽目になった件
いつもご愛読ありがとうございます。
いよいよ物語は、桃太郎が待ちに待った(?)「社会見学」への切符をかけた試験当日、そしてその前日譚へと突入します。
五年間、平穏な隠居生活のために「最高に惜しい凡人」を演じようと画策してきた桃太郎。
しかし、リミバァの「呪いのような愛」と、幼馴染であるカリンの「底知れない直感」が、彼の計算を狂わせていきます。
知の聖域への門が開くのか、それとも五年の安寧を勝ち取るのか。
モモの「計算と努力」の行方を、どうぞ見守ってください。
「司書長、正気ですか!? 五歳児に原本を触れさせるなど、あまりに危険だ!」
中央図書館『ルーンメモリア』の会議室。
筆頭司書の悲鳴に近い声が、幾重にも封印紋の刻まれた重厚な本棚に反響した。
古書特有の乾いた匂いが、張り詰めた空気に混じっている。
「未熟な魔力は暴走を招く。この図書館の叡智が灰になってもいいのですか!」
その言葉に、数名の側近が無意識に書架の方へ視線を走らせた。
ここに並ぶのは、都市ひとつを滅ぼしかねない原典の数々だ。
対するリミバァは、編み込まれた蔓の椅子に深く身を預け、まるで午後の談笑でも楽しむかのように悠然と構えている。
「五歳から七歳といえば、世界の広さを知る大事な時期じゃないか。どの子にも、本物の叡智に触れる**『社会見学』**をさせてあげたいんだよ。あの子たちは皆、賢いからね」
その声音には、一片の悪意もなかった。
だからこそ、側近たちの表情は硬くなる。
「……総勢二十五名ですよ! 一人でも暴走すれば、この区画が丸ごと消え去るリスクを、本当にお分かりですか!」
苦渋の色を浮かべる側近たち。
リミバァの慈愛は、彼らにとっては「聖域への時限爆弾」を招き入れる行為に他ならなかった。
「ならば――試験を」
低く、切るような声。
側近の一人が、冷たく光る観測用の魔法石を卓上に置いた。
石の内部では、淡い光が脈打っている。
「本日より八回目の夜明けに試験を行います。我々が提示する条件を、寸分違わずクリアして見せてください。揺らぎも、過剰出力も、一切認めません」
それは五歳の子供には不可能な、事実上の門前払いだった。
「不合格なら、十歳まで出入り禁止。――いいですね?」
――静まり返る会議室。
窓から差し込む光が、埃の舞う空気の中で重く淀んでいる。
その光は、まるで判決文のように無言だった。
何も知らない桃太郎にとって、それが「地獄への門」となるのか。
あるいは「五年の安寧」を約束する福音となるのか。
呪いのような愛が、静かに動き出そうとしていた。
⸻
バタバタと、石畳にリミバァのサンダルの音が陽気に響く。
「ねえ、桃太郎。お前も『ルーンメモリア』へ社会見学に行きたいかい?」
その問いに、俺の鼓動が一つ、早まった。
(行きたい……! 知の聖域なら『鬼ヶ島』の情報も掴めるはずだし、未読の魔法書だって山ほどあるはずだ!)
俺は五歳児らしく、用意していた笑顔で答える。
「うん! いきたい!」
「そうかい。でもね、桃太郎。その前にひとつ、**『試験』**をしないといけないんだよ」
バタバタと鳴っていた足音が、ぴたりと止まった。
(――試験?)
その単語を聞いた瞬間、脳裏に前世の記憶がフラッシュバックする。
俺にとってそれは、最も忌まわしく、最も「平穏」から遠い響きだった。
リミバァから語られた試験は二段構えだった。
まずは、横一列に並んだ灯火。
指定された番号だけを射抜く。
(……横だけなら楽勝だ。だが問題はその次だ)
二回目は、奥行き。
縦に並んだ灯火の、指定された『奥の番手』を射抜く。
(こっちは次元が違う。距離感の補正が必要な梟人基準の操作は、人間には至難の業だ。俺が本気でやっても三回に一回は外すぞ)
「不合格なら、十歳まで出入り禁止。――いいですね?」
その瞬間、俺の脳内計算機が黄金の答えを弾き出した。
(十歳まで出禁……!
つまり向こう五年間、鬼ヶ島の恐怖からも宿命からも逃げ切れる――
『隠居の合格通知』じゃないか!)
家に着くなり、俺は脳内の「隠居計画表」を即座に更新する。
(決めた。この八日間、俺は『不合格』のために全力を出す。
リミバァを納得させる『最高に惜しい凡人』を、完璧に演じ切ってやる!)
「ぼく、しけん……がんばるね」
笑顔の裏で、俺は完璧な不合格へのカウントダウンを開始した。
⸻
翌朝。
「ももっちー! 特訓だよ、特訓!!」
庭から元気な声が響く。
そこには、昨日の騒動で一躍有名人になったカリンが立っていた。
(……おいおいお嬢さん。相変わらずの名子役だなぁ。その、周囲を安心させる満点の笑顔とかさ)
大人の影がないと見るや、彼女はほんの一瞬だけ表情を緩め、不安そうに俺に向き直った。
「リミバァから聞いたよ。……ねえ、ももっち。あの試験、私にできるかな? 落ちちゃったらどうしよう」
珍しく弱気な顔。
だが次の瞬間、彼女はまっすぐ俺を見据える。
「でも、ももっちなら絶対大丈夫だよね。……ねえ、師匠。私に稽古をつけて。ももっちと一緒に、私も図書館に行きたいんだもん!」
カリンのずば抜けた直感は、俺が隠している「実力」を正確に射抜いていた。
(……その呼び方、心臓に悪いからやめろ)
「私が距離を測ってあげるから、師匠の一撃を見せて。それを盗んで、私も合格するから!」
(弱ったな。ここで無様に外せば、カリンの目にごまかしは効かないぞ……!)
「さあ師匠、まずは見本を見せて。奥行きの三番目……はい、今!」
(……くそっ、この試験、前世のどの入試よりも難易度が高いぞ!)
俺は冷や汗を拭いながら、杖に魔法石をつけた。
――ドックン。
じっと、見られている。
カリンは瞬きひとつせず、俺の指先から魔力の揺らぎまでを凝視している。
視線が、皮膚の内側にまで潜り込んでくるようだった。
内側まで覗き込まれている感覚に、心臓が跳ねた。
(雑念を捨てろ。
カリンが納得し、かつ本番の不合格に繋がる――その針の穴を通せ)
俺は深く息を吐き、杖の先の石に、静かに光を灯した。
(――まずい)
(…つづく)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
一世一代の「不合格作戦」の最中、モモが感じた「まずい」という予感。
果たして彼の放った光は、どこを射抜いてしまったのか……。
そして、それを見つめるカリンの瞳には、何が映っていたのでしょうか。
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次回の更新は、いよいよ試験の結果、そして「社会見学」当日へと物語が動きます。
どうぞ、お楽しみに。




