表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/29

第十一話(後編):大人の事情に巻き込まれ始めた件

世界は、努力や善意だけでは回らない。

それでも人は、祈り、耐え、何度も同じ場所に立ち続ける。


大人になるというのは、

失敗の理由を探すことではなく、

それでも「今年こそは」と言い続けることなのかもしれない。


五歳の俺には、まだ早すぎる現場。

だが、ここで目を逸らすことは、

きっと一番簡単で、一番卑怯な選択だった。


これは、

枯れた畑と、祈る背中と、

一つの「正解」が出てしまった日の話。


(続き)


到着した『南のアンフィテアトルム農園』を支配していたのは、無慈悲な死の静寂だった。


広大な敷地に並ぶ『きびの木』は、どれも灰色に乾き、便利屋の技術でどうにかなる次元を超えていた。


「…………隅から隅まで点検したはずなのに。構造上の欠陥なんて、どこにもなかったはずなのに、どうしてだ」


お父さんは立ち尽くした。

街のどんな故障も直してきたはずのその大きな手が、リヤカーのハンドルをミチミチと音を立てて握りしめる。


カリンは父の絶望を察し、精一杯明るく振る舞おうと、枯れた木に向かって指先を向けた。


「パパ、見てて! 私、練習したから! えいっ!」


だが、さっきの競争の時と同じだ。

彼女の指先からは火花一つ出ない。


お父さんは、娘に顔を見せないよう、黙って俯いた。

震える肩を必死に抑え、どんな依頼も完遂してきたベテランが、「娘の未来」という一番大切な依頼に応えられない悔しさを、無理やり飲み込もうとしている。


その「耐える背中」が、俺にはどんな絶叫よりも重く響いた。


(……ああ、クソ)


浪人時代、合格祈願のつもりで毎日『一日一善』なんて柄にもないことを習慣にしていた、あの癖が疼きやがる。


あの頃の俺は、たった一つの正解すら手に入れられなくて、

せめて「徳を積む」ことで神様に袖の下を握らせようと必死だった。

結局、合格通知は来なかったけれど――


今の俺には、目の前のこの光景を、

無効化できる『解』が、確かに手元にある。


俺は地面に掌を当てた。


(……待て。本当にやるのか、俺)


ここで踏み込めば、もう「何も起きなかった人生」には戻れない。

便利屋の親父に、農夫たちに、そして――カリンに。

理由の分からない「期待」を背負わされる未来が、はっきりと見える。


それでも。


目の前で耐える背中と、笑おうとする五歳の少女を見て、

何もしない選択肢を「正解」だと言い切れるほど、

俺はもう、あの頃の浪人生じゃなかった。


……クソ。

まただ。結局俺は、白紙のまま提出できない人間らしい。


脳内の浪人エンジンが、超高速で地脈のアルカナ数理を解析し始める。


だが、五歳の幼い体には、この演算負荷はあまりにデカすぎた。


指先の感覚が、急速に遠のいていく。

自分の手が、まるで他人のものみたいだ。


耳鳴りがして、世界の輪郭が歪む。

立っているはずなのに、足元がひどく不確かで、

次の瞬間には地面に倒れてもおかしくないと、本能が警鐘を鳴らしていた。


(……ああ、そうか)


これは「成功したら気持ちいいやつ」じゃない。

明確に――やりすぎだ。


それでも、止めなかった。


(……いや、そんなところで止まってたまるか!

 やるんだ! 今ここで、俺が「正解」を出さないで、何が二浪の意地だ!)


魂を削り、数式をねじ込む。

透過防壁の多重展開理論を、農園の全土へ――。


「地脈クロック、オーバークロック! 展開――!!」


――瞬間。

世界が、黄金に爆ぜた。


数千本の枯れ木が、物理法則を嘲笑うような速度で緑を吹き返し、

輝く『きびの実』を実らせる。


「な、なんだ……!? 地脈の自浄作用か?」


お父さんが驚愕して周囲を見渡す。

俺は意識が飛びそうなのを必死に堪え、

用意していた“逃げ道”を口にした。


「わぁ、見て……川が、光ってる。

 これって……『トリグリス現象』だよね……?」


お父さんは一瞬フリーズしたが、

街の隅々を知り尽くした「プロ」としての経験則が彼を突き動かした。


「……あ、ああ! そうだ、古い記録にあったな!

 千年に一度の特異現象だ!」


俺のデタラメを、彼は自らのプライドで完璧に補完した。


「そうだ、これこそがトリグリス現象だ!

 よく気づいたな、桃太郎くん!」


周囲の農夫たちが喝采を送る中、

カリンは黄金の実を口にし、その指先から初めて淡い光を放った。


「ももっち、私……魔法が使えるようになったよ!」


その笑顔を確認した瞬間、

俺の意識の糸は、ぷつりと切れた。


(よし……隠蔽工作、完全勝利……

 あとは……寝かせて、くれ……)


深い闇に落ちていく意識の底で、

俺は最後にそれを見た。


カリンの指先に宿った、淡く、あまりにも儚い光。


それが、この過酷なグリモワールドで

「魔法」と呼ぶにはまだ程遠い、

ただの徒花に過ぎないという残酷な事実を。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回のお話は、

派手なバトルや明確な敵ではなく、

「大人の祈り」と「子供が踏み込んではいけない重さ」

を描きたくて書きました。


主人公は「隠居」を望んでいますが、

世界はそれをなかなか許してくれません。

善意で動けば動くほど、

責任と期待が積み重なっていく――

そんな物語になっていく予定です。


もし

「この先が少し気になる」

「続きも読んでみたい」

と思っていただけたら、

高評価やブックマークをしていただけると、とても励みになります。


読者の反応が、

次の更新速度と作者のモチベーションに

直結するタイプの作者です……!


次話からは、

今回の“正解”がどんな歪みを残したのか、

少しずつ描いていきます。


引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ