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第二話 目が覚めたら、きびミルクと計算ミスしか無かった件


衝撃の命名式から数時間。

異世界の「ふかふか」に感動したのも束の間、二浪生を襲ったのは、前世を彷彿とさせる「極限の飢餓」でした。

合格通知も勇者の称号もいらない。

望みはただ一つの「隠居」なのですが……。

運命のキーアイテムが、おばあさんの手によって運ばれてきます。


「お桃太郎や……やっと……」


 穏やかな声に意識が浮上する。気付けば、梟人フクロウビトのおばあさんが目の前にいた。


 ぎゃあ……。


 情けない声が出た。


正確には、赤ん坊としての生存本能に抗えず、出してしまったと言うべきか。


桃から生まれた(物理)という衝撃の命名式から数時間。俺、こと桃太郎は、梟人の家にあるベッドに横たわっていた。


 そこは、前世の安物のパイプベッドとは比較にならないほど、**「ふかふか」**だった。


ベッド自体が巨大な鳥の巣のように編み上げられ、中には最高級のダウンを詰め込んだような柔らかい羽毛が敷き詰められている。

(……なんて平和なんだ。


六畳一間のアパートとは大違いだ。


窓を開ければ隣の壁、外に出れば予備校の看板。そんなモノクロの日常から、いきなり色彩の暴力みたいな世界へ。


このまま一生、この「ふかふか」の上で隠居してたい。


合格通知もいらない、


判定もいらない。


ただ、寝かせてくれ……)


 だが、その安らぎを, 胃袋の奥底から這い上がってきたドロドロとした飢餓感が無慈悲に引き裂いた。


(ヌォォォォォォ……腹がっ……! 腹が減りすぎて、思考回路が空っぽの胃袋に吸い込まれる……ッ!!)


 二浪時代、空腹は最大の敵だった。思考力を奪い、計算ミスを誘発する。だが、今のこれはレベルが違う。


 脳が糖分を求めて真っ白に燃え尽きている。全身の細胞が力なく「飯を……飯をくれ……」と最期の嘆願を上げている。


(糖分だ……ブドウ糖を……誰か持ってこい。


模試の休み時間、


震える手で貪り食ったあのチョコパンが、幻覚で見えるぞ。


もう、鉛筆の芯でもいいから、


何か固形物を……顎に刺激を、脳に信号をくれ……!)


 叫びたいが、喉から出るのは「あぅー」という音だけだ。


 すると、

俺の殺気に近い飢餓感に気づいたのか、おばあちゃんが


「さあさあ、今作るからね」と、二階の寝室から吹き抜けの下へ降りていった。


(おい、待て。おばあちゃん……一人か?)

 俺は必死に首を動かし、柵の間から階下を覗き込んだ。


 卵型の家の内側、その広々としたリビング兼キッチンには、おばあちゃん一人の気配しかない。

 

(おじいさんは!? 山へ芝刈りに行ったのか!? それとも、最初からこの物語に『おじいさん』は存在しないのか……!?)


 日本昔話、桃太郎。そこには「おじいさんとおばあさん」という完璧な夫婦の役割分担が存在するはずだ。


だが、この家を見渡しても、老人の男が使っていそうな道具一つ見当たらない。


(おじさんは? どうなってる? 待てよ、もしかして……鬼に食べられたのか? だとしたら、やばい。隠蔽だぁ!)


(おじいさんが不在=戦力が半分。いや、俺への期待値が二倍になる計算だ。 ヤバすぎるだろ。


おじいさんがいない分まで俺が『勇者』として働かされる未来しか見えない! 計算が合わないぞ, この人生設計!)


 そんな絶望的な予測を立てている間にも、


おばあちゃんは機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、大きな鍋をかき混ぜ始めた。


 その時、彼女が懐から鈍く光る小さな「魔法石」を取り出した。


「ルクス・メモリア、優しき光をここへ……」


 おばあちゃんは、呪文のような詠唱をその石に「垂れ流す」ように囁いた。


 そしてその石を、壁の古ぼけたランタンの中へ放り込む。

 

 カランッ、と乾いた音がした瞬間――。


(……うおっ!? 明るっ!!)


 ランタンから、まるで太陽を凝縮したような温かい光が溢れ出し、


吹き抜けを通じて二階の俺の部屋までを鮮やかに照らし出した。


(すごい……これが魔法か。


詠唱を石に流して光に変える……なんて効率的なエネルギー変換だ。


前世の科学じゃ説明がつかない現象が、おばあちゃんの日常動作で行われてる!)


 俺の「努力オタク」としての好奇心が、思わず爆発しかけた。


(すげぇよ! 魔法があれば、暗い部屋で目を細めて参考書をめくる必要もない。


なんて素晴らしい知のツールなんだ!)


 だが、俺はすぐに自分の頬を(精神的に)ひっぱたいた。


(……いやいやいや! 魔法なんていらないだろう!


むしろ、そんな便利すぎるものに慣れたら、


俺の『隠居スキル』がなまるじゃないか!)


 魔法を覚えれば、周囲の「期待」は高まる。


「お前なら魔法で鬼を倒せる」


 そんな合格通知じみた重圧、二度と御免だ!


 俺が必死に自分を律していると、おばあさんがどろりとした黄金色の液体が入った木の器を持って戻ってきた。


「ほれ、特製の飲み物じゃ。滋養強壮に良いからの」


(……ん? この匂い……)


 誘惑に負け、


震える唇で少しだけ含んでみる。


その瞬間、懐かしい記憶が蘇った。二浪時代、母が置いていった、あの質素な和菓子の味。


「それはな、**『きびミルク』**というんじゃよ」


「ぶっ、ぶつはぁぁ!!?」


 俺は盛大に、それこそ噴水のようにミルクを吹き出した。


 おばあちゃんは不思議そうに、首をコテリと180度近く傾けて俺を見た。


枭人特有のその動き、今は笑えないホラーだ!


(まじか!!


キーアイテムかーーい!!


飲んだら最後だ、


俺の『平穏な隠居ライフ』という


第一志望は不合格になる。……でも、


腹が……脳が……糖分が


足りねぇんだよ!)


 俺は必死に顔を背けた。実力なんて欲しくない。


魔力なんて持てば、他人の期待に応えるために自分の


時間を削る日々が再開するだけだ。


 だが……俺の精神は、


二浪という極限状態で、常に「脳を回すための燃料」を最短距離で求め続けたサガに支配されていた。


思考停止こそ最大の失態。たとえ毒を食らってでも、思考リソースを確保する――。


「ぐっはぁーー!!」


 理性の堤防が決壊した。俺は器を奪い取るようにして、残りのミルクを一気に飲み干していた。


(……アレッ。俺、今、何した?)


 手元に転がる、空の器。


おばあちゃんの、驚きと「確信」が混じったような恐ろしい笑顔。


(イヤイヤイヤ! 俺は何をやってるんだーー!!!)

 初日に隠居生活崩壊中


自らフラグを飲み干してどうする!


俺の隠居作戦、


開始早々、

自らの食欲と二浪生のサガに負けて大崩壊中……!)


 飲み干した瞬間、視界が異常なほどクリアになった。

 壁の木目が「文字」として浮かび上がり、おばあちゃんの鼻歌が「魔法の術式」として脳にダウンロードされていく。


(やべぇだろ……! 身体が勝手に、世界を『理解』し始めた。


 これじゃあ、俺が望んでいた『何もできない赤ん坊』の皮が剥がれちまう……!)


(……アレッ。俺、今、何した?)


 棚の隅、血痕の付いた**「片方だけの大きなわらじ」**が、覚醒した視界を鋭く刺した。


 おじいさんはバグじゃない。


 この世界から物理的に「欠落」したんだ。


(……逃げられない。ノルマは二倍。これ、詰んでないか?)


 窓の外、血のような夕闇がゆっくりと部屋を侵食していく。


 俺をあやすおばあちゃんの鼻歌が、今はただ、呪いの旋律メロディへと変わっていくのが分かった。


ご一読ありがとうございました!


自分の食欲という「計算ミス」で、ついにフラグを飲み干してしまった主人公。


そして覚醒した脳が見つけたのは、物語にあるはずの「おじいさん」が消されているという、あまりに不自然な空白バグでした。


「隠蔽だぁ!」と叫ぶ彼の人生設計は、果たしてどこへ向かうのか……。


次回、第3話。

赤ん坊のふりをした彼が、図書館ルーンメモリアで「この世界の真実」という名の禁断の検索を開始します。


面白いと思ってくださったら、評価やブックマークをいただけると、作者の計算能力が向上します!

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