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第八話(後編):物理で解決して、鬼ヶ島フラグのど真ん中に突っ込んだ件

魔法が通じないなら、物理で殴ればいい。


口で言うのは簡単ですが、それを実行した「元・浪人生」の赤ん坊がどうなるか。


計算と努力の果てに、モモが掴み取ったのは「生存」と、それ以上に重すぎる「代償」でした。


理論の極致がもたらす、奇跡という名の「大誤算」をお楽しみください。


「……ッ、冷てぇ……」


カゴの中、桃太郎の意識は極寒の闇に沈みかけていた。


真鍮の排風板フラップがパカパカと鳴るたび、部屋の温度は物理的な「死」へと近づいていく。


受付の梟人のお姉さんは、震える手で赤ん坊たちをかき集め、自分の体温で守ろうと必死に抱きしめていた。


(クソッ……『熱素励起』が通じない。このエリアの魔力密度と冷気が、俺の術式を構築前に食い潰してやがる……!)


モモは、前世から培ってきた「努力オタク」の矜持を懸けて、脳内のスパコンをフル回転させた。


魔法が「数式」なら、物理現象は「結果」だ。数式が通らないなら、物理現象を直接ハッキングして「正解」をこじ開けるしかない。


(やるしかない。……何をやってる、俺は! ここで動けば、この女(受付)にバレる。俺の平穏な赤ん坊生活が、一生消えないリスクに変わるんだぞ!)


理性がブレーキをかける。だが、腕の中で凍え、白くなっていくお姉さんの指先が見えた。彼女は自分の薄着を脱ぎ、モモたちのカゴに被せようとしている。


(……ああ、もう! クソ食らえだ! 効率も計算も、全部ドブに捨ててやる!)


桃太郎は、お姉さんと一瞬だけ目が合った。


その瞳に宿る「死」への恐怖、そして赤ん坊を救おうとする無垢な献身。それを見た瞬間、モモの中で「正体隠匿」という優先順位が、ガラガラと音を立てて崩れ去った。


(しまった! ……でも、俺がやらなきゃいけない。俺以外に、この『死の数式』を解き明かせる奴はいねえんだ!)


桃太郎はカゴの中で、見えない魔力の糸を四方八方に放った。


狙うは「熱を作る」ことではなく、**「今ある熱を逃がさない」**こと。


「ふ、ぎゃああああっ!!」


赤ん坊の泣き声を、術式開始の合図トリガーに変える。


瞬間、部屋中のカーテンやシーツが、暴風に煽られたかのように舞い上がった。お姉さんが悲鳴を上げる暇もない。


 桃太郎は魔力で布の繊維を一本ずつ捉え、空気の層を幾重にも重ねた『真空断熱シェルター』を、赤ん坊たちの周囲に物理的に編み上げていく。


さらに、パカパカと鳴る排風板の隙間へ、おしめ用の布を弾丸のような速度で射出し、完璧な角度でパッキンとして詰め込んだ。


(流体力学、熱力学、構造力学……! 全部、俺の知性に跪け!!)


その中心で、桃太郎はお姉さんの胸に顔を埋めながら、片目だけで部屋の状態を監視し続けた。その眼光は、もはや赤ん坊のそれではなく、戦場を支配する軍師の如き鋭さだった。



一方、断崖の向こう側――ルーンメモリア。


「突入準備、急げッ!!」


「ダメです、旋回橋の支柱が凍結して動かない! 手動で回すには、あと20分はかかります!」


「20分だと!? 中の赤ん坊たちはとっくに凍死してるぞ!」


救援隊の怒号が響く中、リミバァは猛吹雪の向こうに霞むフェアリーキープを、射抜くような目で見つめていた。その手は、手摺りの金属を歪ませるほど強く握られている。


(……桃太郎。あんた、あたしの孫だろう。あんなところで、計算通りに死ぬようなタマじゃないはずだ……!)


「司書長! 危険です、風が強すぎる!」


側近の制止を振り切り、リミバァは叫んだ。


「黙りな! 私の魔力をすべて救援隊の『熱障壁サーマル・シールド』に回せ! 橋がないなら、凍った湖の上を走るよ! 全員、あたしに続きなッ!!」


司書長としての冷静な顔を脱ぎ捨て、一人の「祖母」としての執念が、凍てついた空気を焼き払う。


「……ドォォォォンッ!!」


フェアリーキープの重い扉が、リミバァの魔力を乗せた救援隊によって蹴破られた。


「生存者確認!! 急げッ!」

「暖房魔法を展開! 部屋の温度を上げろ!」


流れ込む暖気。リミバァは真っ先に、受付の女が赤ん坊たちを抱えている隅へと駆け寄った。


「桃太郎!!」


リミバァがその小さな体をひったくるように抱き上げる。モモは「ひゃう?」と、今さっき目覚めたばかりのような、完璧な「無知な赤ん坊」の顔で笑ってみせた。


だが。

救援隊の一人が、呆然とした声で呟いた。


「……なんだ、これ。カーテンが……まるで一つのまゆみたいに編まれている。……フラップの隙間も、これ以上ないほど精密に塞がれてるぞ……?」


「プロの仕事だ。……いや、職人の細工か? 誰が、こんな短時間で……」


騒然とする救援隊。


リミバァの鋭い目が、一瞬だけ部屋の構造をスキャンするように走った。そして、腕の中のモモをじっと見つめる。


リミバァに抱き返される直前、モモは見てしまった。

自分を抱きしめていたお姉さんの、震える瞳を。


彼女は、救助隊に囲まれながら、モモの頬をそっと撫でた。その指先には、モモが極限の計算で流した冷や汗が、まだ残っている。


「……これ、君の仕業?」

お姉さんの囁きは、喧騒の中で桃太郎にだけ届いた。


モモの心臓が、本日最大級の鼓動を打つ。


(ヤバい……見られた。


“赤ん坊”の俺じゃないって、バレた。


でも、彼女はそれ以上突っ込まない。


それが、怖い。


“知ってるのに、黙る”ってことは、

この先、何かが起きるってことだ。)


「まさか……ね」


桃太郎は咄嗟にそう返す。


それは本心ではない。


でも、ここで正直に言ったら終わりだ。


(俺、今、嘘をついてる。

赤ん坊のクセに、嘘をついてる。

イヤイヤ、俺は何をやってるんだ……!)


お姉さんは、リミバァに頭を下げ、それ以上は何も言わなかった。


彼女は、自分が目撃した「奇跡」という名の「異常」を、その胸の奥底に、永久に封印することを決めたようだった。


(……助かった。

でも、助かったのに、俺の心は震えてる。

彼女の沈黙が、俺の未来を変える。

“バレたかもしれない”という恐怖が、胸の中で増殖する。)


リミバァはモモを強く抱きしめ、周囲に命じた。


「……全員、無事だね。撤退するよ。この『奇跡』については、後でたっぷり調査させてもらうからね」


(……ああ、クソッ。俺は何をやってしまったんだ……!

助かった、って思っていいはずなのに。

でも今、俺の中で何かが終わった気がする。

“赤ん坊として生きる”って決めたのに、

その選択肢が、もう消えた……。)


リミバァの腕の中で、モモは天を仰いだ。


(……これが、孫の扱いか。

俺は“赤ん坊”として扱われてるんじゃない。

“孫”として扱われてる。

つまり、俺はもう、逃げられない。

逃げたら、あたしを裏切ることになる。)


命は救った。だが、俺の「平穏な赤ん坊生活」という数式には、二度と修正不可能な、致命的なエラーが刻まれてしまったのだ。


(イヤイヤ、俺、何やってるんだ。

こんなに強いことをして、

こんなに“特別”になって。

俺は、ただの赤ん坊でいたかったんだよ……!)


「努力オタク」の戦いは、ここからさらに、ややこしい計算を必要とすることになりそうだった。


最後までお読みいただきありがとうございます!


「魔法が食い潰されるなら、物理現象を直接ハッキングすればいい」という、努力オタク・モモならではの力技。


命は助かりましたが、受付のお姉さんにはバレかけ、リミバァには「調査対象」としてロックオンされるという、これ以上ないほど「詰んだ」状況になってしまいました。


本人は「平穏な生活を返せ」と絶望していますが、読者の皆様には、ここから始まるモモの受難(鬼ヶ島生活)をワクワクしながら見守っていただければ幸いです。


ということで、少しでも「モモ、頑張れ(笑)」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや評価での応援をお願いします!

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