第七話:赤ちゃんの器では、正解に届かなかった件
この物語は――
最適解で世界を守ろうとしたら、器が足りなくて詰んだ話です。
主人公は前世の知識で、
魔法も剣術も“それっぽく”理解しています。
ただし身体は赤ちゃん。
つまり頭は天才、体は詰み。
それでも彼は、
守りたいもののために立ち上がります。
では、始まりです。
カーン、カーン、カーン――。
心地よい鐘の音で、俺は目を覚ました。だが、音は止まない。
(……ん? なんだ? 十回だと!?)
いつもは夜明けと同時に鳴る三回きりの鐘が、今朝は十回、高らかに街へ降り注いだ。
「おや、起きたかい桃太郎! ほら、最高の朝だよ!」
(おいおい、いつもよりご機嫌だぁね! 鐘の音といい、今日は……)
鼻歌まじりのリミバァが、俺をカゴに入れて担ぎ上げる。リミバァは玄関で立ち止まると、慣れた手つきで指を編んだ。
「――『優しき風よ、この家を包み、安らぎを護れ』」
家全体を陽炎よりも薄い膜が覆った。
(……ふん。強度はゴミだが、これこそが平和の証明、この街の『鍵』か。前世の厳重な防犯設備が馬鹿らしくなる。ここは俺が辿り着いた、究極の『正解』の聖域だ)
俺を背負って数歩歩き出したリミバァが、ふと足を止めた。
「あら……? 私、いま魔法防壁やったっけ? ……まあ、いいか!」
(……わかる。俺も前世、家を出て数歩で『鍵閉めたっけ?』って不安になって戻ることがよくあった。……まあ、ここは平和な街だしな。そのくらいの緩さでいいんだろう)
職場へと向かう道中、景色はこれまでにない熱気に溢れていた。
「おやリミさん! 待ちに待った十日前の鐘が鳴ったねぇ!」
「ああ、今年もこの鐘が聞けた。最高の出来だよ、モチモチの苗は!」
「ああ! 昨日の下見じゃ、穂先が黄金の雫みたいに垂れてたよ。今年は村一番の収穫祭になる。間違いないね!」
街の至る所には『収穫祭まであと10日』の垂れ幕が踊り、すれ違う誰もが上機嫌に笑い合っている。
ふと見上げれば、野生の動物たちが北から南へと移動を始めていた。
(……すげえな。これほど生命力に満ちた光景、前世の閉塞した予備校じゃ、逆立ちしたって拝めなかったな。この熱気……。クソ、柄にもなくワクワクしてきやがった)
やがてリミバァは、託児所『フェアリーキープ』へと俺を運び込む。
(おい相棒、今日もやるぞ。祭りの準備だ!)
心の中で呼びかけると、クラゲ妖精が寄り添ってきた。
(この世界に『鬼』だの『魔物』だのは居ない。リミバァのあの雑な防壁がその証拠だ。証明完了だな!)
俺の思考を読み取った妖精が金色に発光し、俺たちは空中で**パチンと「ハイタッチ」**を交わした。
(よし、趣味の時間だ。おい、その辺にある昆虫図鑑を持ってこい!)
運ばれてきた図鑑を、俺は鼻歌まじりに眺める。
(ほう……ズガネ虫ね。……ククク、オッコイツ、前世のカブトムシみたいで最高にカッコいいじゃないか! 何匹か捕まえて飼ってやるのも悪くないな……!)
俺は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
ズズッ……。
鼻水をすする音すら、勝利の余韻に聞こえていた。
俺はこの時、まだ気づいていなかった。
自分に寄り添っていた妖精が、見たこともない
「毒々しい赤色」に変色した理由を。
そして、リミバァが
「やったか忘れる程度」の防壁など、紙クズのように食い破る凄まじい**「冬の洗礼」**が、すぐそこまで迫っていることを。
――だが、その平穏は、あまりに唐突に、無残に切り裂かれた。
「……ッ!!?」
突如、天を削り取るような異音が世界を支配した。
「ズガガガガガガッ!!!」
数十万のズガネ虫の硬い翅が擦れ合う、地獄の重低音だ。
「やだ、何!? 空が……空が茶色に染まっていくわ!」
「北の農園がやられた! ズガネ虫だ! ズガネ虫の『冬の洗礼』が来たぞ!!」
(……なんだ、この数は。計算外だ、事典の記述の十倍はいるぞ!)
俺は、恐怖に赤黒く変色した妖精を意志の力で射抜いた。
(妖精! 『風魔法・高次構造式』の書を広げろ! 早くしろ!)
指先に妖精が触れた瞬間、脳内に風の術式が流れ込む。
(アルカナ数理、展開……! 気圧差を利用した『大気の壁』で、この群れを無理やり逸らしてやる!)
キィィィィィィィン!!
指先から高周波の数理音が響き、巨大な幾何学模様が編み上げられていく。だが、次の瞬間。
パキィィィィィィィン!!!
魔法陣が砕け散った。俺の「赤ん坊の肉体」が、魔力の圧力に耐えきれず悲鳴を上げたのだ。
(……が、はっ……あ、ああああ!!?)
血管が浮き上がり、鼻からはドロリと熱い血が溢れ出す。
(計算は完璧だったのに……この脆弱な『檻』が、俺の正解を拒絶したっていうのか……ッ!)
「桃太郎!! 無事かい!!!」
扉を蹴破り、リミバァが飛び込んできた。鼻血を出しながら震える俺を抱き上げ、リミバァは泣きそうな声を出す。
窓の外では、俺の全力すら食い破り、悠々と空を覆い尽くす茶色の雲。
カブトムシみたいだと笑ったあの虫たちが、モチモチの苗を、人々の希望を、バリバリと咀嚼していく。
(……俺なら、やれたんだ。俺の『頭』は、正解に届いていたんだ……!)
俺は、喉が裂けるほど泣き喚いた。それは、自分の無力さと肉体への、魂の絶叫だった。
……それから、数日。
フェリーキープの隅で、俺はカゴの縁を掴み、プルプルと震えながら懸垂を繰り返していた。
(……魔力回路の負荷に耐えうる『器』を、この成長期に作り込む……ッ! あと十回! いや二十回だ!!)
そんな俺を連れ出し、リミバァは広場へと向かった。
そこでは、ささやかな秋の収穫祭が始まっていた。
本来の百分の一も残らなかった、わずかな「餅」を囲んで、人々は笑っていた。
「桃太郎くんにも、この香りを。来年はもっとたくさん食べられるからね」
差し出された、小さな小さな餅の欠片。
(……やめろよ。俺がもっと強ければ、こんな小さな欠片で、必死に笑い合う必要なんてなかったのに)
「良かったねぇ、桃太郎。みんな優しいねぇ……」
リミバァの温もりが、俺の打算をすべて溶かしていった。
強くなる必要がない?
英雄になりたくない?
そんな計算はどうでもよくなった。
ただ、この人たちの笑顔を、俺の「計算ミス」で二度と失いたくない。
「……あ、……う、ああああああ……!!!」
俺は、もう一度泣いた。
(……次は、絶対に計算ミス(敗北)はしない。世界中の誰が笑って許しても、俺だけは、今の俺を絶対に許さない……!)
秋の風が吹き抜ける中、桃太郎の「本当の努力」が、静かに、けれど狂おしく始まった。
この街には、針も砂も刻まれない。
ただ鐘と、巡る季節だけが、進みを教える。
読んでくれてありがとうございます。
主人公は正解を持っていた。
でも、世界はそれを受け取ってくれなかった。
でもね、彼は諦めない。
だって、守りたい人がいるから。
次章からは、
「器作り」の本番が始まります。
よければ続きも見てくれると嬉しいです。
ブックマークもしてくれるともっと嬉しいです!(切実)




