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第四十九話(前編):世界の法則が壊れて異常を観測した件

今回の第四十九話(前編)は、桃太郎の覚醒によって「壊れた世界がどう見えるようになったのか」を外側から描いた回になります。


戦いそのものではなく、“戦いの余波で世界のルールが書き換わった後の現実”を整理するパートとして構成しました。


ここから先は、いよいよ深部へと進んでいく流れになります。

ドクン――。


その瞬間、空間全体を支配していた暴力的な脈動が、不意に止まった。


「……っ?」


白雪の剣が、迫りくる黒い蔓を真横から斬り裂く。

粘ついた黒液を撒き散らしながら、巨大な蔓が床へ崩れ落ちた。


いつもなら、切り口から即座に肉芽が芽吹き、再生を開始していたはずだった。


だが。


「再生……しない?」


白雪の眉が鋭く寄る。


床を埋め尽くしていた無数の蔓が、一斉に硬直していた。


まるで見えない糸で操られていた操り人形が、急に命令系統を失い、ただの「肉の塊」に成り下がったかのように。


カリンが荒く息を吐きながら周囲を見回す。


「何……今の……? 魔法が、弾かれない?」


焼き払ったはずの肉壁も、もはや修復を始めない。ただ、力なく脈打つだけで、欠損を埋める気配すら見せなかった。


空間そのものが、不安定に、そして悲鳴を上げるように軋んでいた。


マキ・オババが杖を握ったまま、低く、喉を鳴らして笑う。


「……ほぉ」


老いた瞳が、肉壁の奥、事象の核を睨む。


止まりかけた脈動。乱れた魔力循環。歪んだ空間の縫い目。


その異常な「バグ」を見て、マキは確信する。


「法則を捻じ曲げおったな、あの努力バカ。計算だけで世界の優先順位を書き換えおったわい」


白雪が小さく、感心したように舌打ちした。


「やっぱ桃太郎か。あいつ、いよいよ加減をやめたな」


カリンが不安そうに、激しく震え始めた天井を見上げる。

「でも、この揺れ……普通じゃない! 建物自体が崩壊し始めてるみたい……!」


その時だった。


リミバァが、司書長としての威厳をどこか楽しげに漂わせ、ふん、と鼻を鳴らした。


「当たり前じゃ。本気で怒らせたんじゃぞ、あのお人よしバカを」


短い沈黙。


その言葉だけで、場の空気がほんの少しだけ変わった。


絶望が消えたわけではない。だが、「あの男がキレたのなら、まだ終わっていない」という、奇妙なほど強固な確信だけが、静かに場を支配した。


ドクン。


再び脈動。


だが今度は弱く、ひどく苦しげだった。


まるで空間そのものが、桃太郎という巨大な異物に無理やり捻じ曲げられ、己の形を保てずに喘いでいるような、不安定な鼓動。


カリンが即座に杖を構え、顔を上げる。


「止まってる今しかない! 出口を探すよ! 白雪、道を抉じ開けて!」


「言われなくても!」


白雪が愛剣を振り抜く。


今度は手応えが違った。斬撃だけで、鉄より硬かったはずの蔓の群れが一気に崩れ落ちる。


まるで“この世界に存在し続ける理由”そのものを奪われたかのように。


崩落した肉壁の奥に、これまで閉ざされていた未知の通路が見え始めた。


その先。

暗い深淵の奥へ。


無数の蔓が、意志を持った一本の巨大な濁流となって、吸い込まれるように集まっていくのが見える。

白雪の目が鋭く細くなる。


「……全部、同じ場所に向かってる。まるで、何かを『造る』ための材料を運び込んでるみたいに」


リミバァの表情から、わずかに笑みが消えた。


その瞳は、深淵の先で始まろうとしている「最悪」を予見していた。


「飲み込んだ連中を、運んどるんじゃろ。……コアにするためにな」


エドリック。


誰もその名を口にしない。


白雪たちが、再生の止まった肉の通路を疾走する。


「出口」を求め、空間の歪みが最も薄い方向へと舵を切ったはずだった。


蔓は依然として硬直したまま、弱々しく床に伏している。


だが、代わりに空間そのものは、より不気味に、より重苦しく脈打ち続けていた。まるで、巨大な怪物の喉奥へと自ら進んでいるような錯覚。


その途中。


先頭を走っていた白雪の足が、凍りついたように止まった。


「……待て」


剣を構え、彼女の視線が一点に突き刺さる。


床から壁にかけて、黒い肉壁が深く抉れたような、巨大な傷跡が刻まれていた。


それは蔓が暴れた痕跡ではない。


鋭利な刃による一閃。いや、それ以上に凄まじい**“拳圧”**によって、肉壁が内側から爆ぜたような痕跡。


カリンが隣で目を見開く。


「これって……まさか」


少し先。


脈打つ肉壁のひだにめり込むように、それは落ちていた。


鈍い光を放つ、砕けた銀色の鎧片。


間違いなく、エドリックが身に纏っていたものだ。


リミバァの顔から、ついに笑みが完全に消え去る。


「……生きとる。この傷の深さ、あいつはまだ抗っとるんじゃ」


マキ・オババが、その鎧片を睨みつけ、低く、苦々しく呟いた。


「じゃが……運ばれとるな。この先へ」


その瞬間だった。


ズズ……ッ。


肉壁の奥、さらに深い暗闇の向こう側で、巨大な何かが深く“呼吸”した。


大気が震え、全員の背筋に氷を押し当てられたような戦慄が走る。


白雪が即座に剣を構え直した。


だが、闇から現れたのは敵の姿ではなかった。

壁の奥へと続く、生々しく、そして巨大な**“引き摺り痕”**。


まるで、抗う強者を無理やり、底知れぬ深淵へと連行したかのような、暴力的なまでの執念の跡。


出口を目指していたはずの道は、いつの間にか、その痕跡を辿るように最奥へと繋がっていた。


白雪が、暗闇の先を鋭く睨む。


「……おじいちゃん」


彼女の呟きに、肉壁の奥から応えるように音が漏れた。


それは呼吸音でも、心音でもない。


――ギチ、ギチ……。


鋼が軋むような、あるいは世界の理が歪み、再構築される時に響くような、不吉な金属音だった。


今回は、桃太郎本人をほとんど登場させずに、「彼の変化が世界に与えた影響」を中心に描きました。


蔓の再生停止や空間の歪みは、単なる現象ではなく、“計算による世界の優先順位の書き換え”の結果です。


また、エドリックの痕跡や引き摺り跡によって、この先で何が起きているのかの不穏さも少しずつ見えるようにしています。


前編としては“状況整理と導入”の位置づけになりますが、ここから一気に核心へ近づいていきます。


引き続き見守っていただけると嬉しいです。

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