第六話(後編)『完成』のために俺再設計される件!
この世界に、勇者はいません。
剣も魔王も、伝説の武器も——たぶん、期待しないでください。
あるのは、
屋根を直し、壁を塗り、農園の収穫期に三秒遅れたことを悔やむ
プロの職人たちと、
計算を誤った結果、桃として転生してしまった男の話です。
これは冒険譚ではなく、
汗と泥と計算ミスにまみれた
「働くファンタジー」。
リヤカーは爆走し、
クエストは雨漏り修理、
英雄の条件は「納期厳守」。
そんな世界で、
彼はまだ、自分が何者になるのかを知りません。
——さて、
この桃は、ちゃんと熟すのでしょうか。
剣を振るう者(勇者)などいない。そこにいたのは、コテと粘土で世界を修復する狂気的な『職人』たちだった。
響き渡る怒号は冒険の始まりではなく、壮絶な『労働』の号砲となる――。
「おーい! 住所『大樹の根がしら』、ガブリさんの家! まだ雨漏りするらしいぞ! 屋根修理行けるパーティはいるか!」
「おう、そのクエストなら『張り替えのつるぎ』パーティが引き受けるぜぇ!」
間髪入れず、別の受付からまた声が飛ぶ。
「次! 住所『西殻三番地』、エッグハウスのひび割れ補修だ! 漆喰塗れる奴、至急頼む!」
「へっ、その案件なら俺たち『鉄壁の左官』パーティの出番だな。元通りにしてやるよ!」
床に転がったリミバァの背中で、俺は必死に周囲を見渡した。
視界に入るのは、使い込まれたペンキの缶、塵取り、重そうな工具箱。
(……ギルド? 俺の知ってるギルドって、冒険者が集まる場所だろ? ここは……なんか違う。便利屋みたいだ)
(……ひび割れ補修? 鉄壁の左官……!? おい、ファンタジーはどうした!? 伝説の武器じゃなくて、プロ仕様のコテや粘土を持ってる奴しかいねぇぞ!)
「ちょっと、誰か! この農園クエストを引き受けるパーティはいないの!? 早く手続きしないと枠が埋まっちゃわよ!」
受付嬢が大慌てで周囲に叫ぶが、ギルドの連中は一様に目を逸らした。
不作の年の『南のアンフィテアトルム農園』。そのあまりの過酷さに、名乗りを上げる者は一人もいない。
「リミバァさん、起きなさいってば! ……誰か! 誰かこの人に回復魔法を使える人はいないの!? せめて目を覚まさせて!」
必死の訴えも虚しく、返ってくるのは冷ややかな沈黙だけだ。
そもそも、このギルドに集まっているのは「直す」専門の職人ばかり。
生き物を癒やす魔法を使える希少な人材など、この場には一人もいなかった。
(……おい。ヒーラーが一人もいねぇのかよ。放置か? このままじゃ、俺の人生ごとここで強制終了だぞ……!)
俺が自分の計算ミスと、詰め切れていなかった現状に絶望し、冷や汗を流したその時。
ギルドの重厚な扉が、迷いのない力で押し開けられた。
「……なんだ。えらく騒がしいじゃねぇか」
逆光を背に現れたのは、あの酒場で「完成」を競い合った、あのおじさんだった。
「そのクエストなら、うちのパーティが引き受ける。ちょうど初級程度だが、回復魔法を使える奴もいる。……おい、やってやれ」
おじさんの仲間の手が光り、リミバァを包む。
「リミバァさん! ……ダメだ、魔法で打ち身は消えたみたいだけど、この寝顔……当分起きないわね」
受付嬢がため息をつくと、おじさんが鼻で笑いながら俺の入った籠を覗き込んできた。
「ハッ、死んでねぇならそれでいい。……おい、お嬢ちゃん。その『南の農園』までのルート、今の路面状況はどうなってやがる」
受付嬢は顔を上げ、手元の台帳を素早くめくった。
「伝説の『リヤカーの運び屋』と言われた貴方でも、今は慎重になった方がいいわ。昨夜の雨で、アンフィテアトルムへ続く外周路は泥濘が酷いの。特に『三連ヘアピン』の凸凹道の攻略は、今のリヤカーじゃ車輪の軸が悲鳴をあげて終わりよ」
おじさんは顎をさすり、不敵に笑う。
「ふん、泥濘か。あのヌタ場に車輪を取られりゃ、引きの重さが倍にはなるな。だが、あの凸凹をいなしながら最短ルートを通らねぇと、きびの収穫枠は他の連中に食われちまう」
(……リヤカーの運び屋? 泥濘? おい、本当にここは職人の街なんだな。会話がガチすぎて、冒険のワクワク感が一ミリもねぇ……!)
おじさんはリミバァの腰に手をかけ、ひょいと肩に担ぎ上げた。
「……ま、計算外の重荷が増えたが、凸凹道のいなし方は体が覚えてる。行くぞ、野郎ども! リヤカーを回せ!」
(……待て、おじさん。俺もこの寝てる婆さんの背中についてるんだぞ! 計算ミスもいいところだ、揺れで俺の胃袋が完成しちまったらどうすんだ!)
【 激走! 伝説のリヤカーと、泥濘の三連ヘアピン攻略 】
「野郎ども、掴まってな! 三連ヘアピンに突っ込むぞ!!」
おじさんの咆哮と共に、伝説のリヤカーが爆走を開始した。
だが、そこに乗っているのは俺と、泥酔して白目を剥いたままのリミバァだ。
(……おい! 飲酒運転どころか、寝落ち運転のリヤカーなんて計算外にも程があるぞ!)
ガクン、とリヤカーが大きく跳ねた。
泥濘に車輪が取られるたび、リミバァの懐から金貨や銀貨がジャラジャラと道に溢れ出していく。
「あ……っ!」
(……リミバァ! 金だ! あんたが必死に稼いだ金が、三連ヘアピンの肥やしになってるぞ!)
俺はカゴの中で必死にその光景を見つめていた。
俺はこの金で、朝市できびの実を買うつもりだったんだ。それで俺の身体を再構築する「正解」を導き出せるはずだった。
だが、リミバァはお構いなしだ。金を撒き散らしながら、リヤカーは目的地へと突き進む。
「やべぇ、やべぇぞ! 滑り込みで間に合ってくれ、南のアンフィテアトルム……通称『豊穣の聖域』!!」
おじさんの顔は必死だ。
額の汗が滝のように流れ、首筋の血管が千切れんばかりに浮き出ている。
リヤカーが最後の坂を駆け上がった。
(……待て待て、おじさん! そのスピードで曲がったら、カゴの俺が遠心力で『桃のジャム』になっちまう!!)
視界がパッと開けた。
(……う、わ……なんだこれ。すっげーー!!)
そこには、俺の貧相な想像力を一瞬で粉砕する光景が広がっていた。
巨大なエッグタワーが空を突き、川沿いにはランタンみたいに光る野菜がぎっしりと並んでいる。
まるで神様が作った巨大な円形劇場のテラス席だ。
「はぁ、はぁ……よっしゃ、着い……た……?」
おじさんの足が止まった。
農園の入り口には、見慣れぬ無気味な旗がパタパタと虚しくなびいている。
そこには無慈悲な一筆が。
『本日の収穫分、全量契約済み:解体建築・羅刹組』
「…………おい。嘘だろ、一足遅かったのかよ」
おじさんがガックリと膝をつく。
リミバァは相変わらず「ふんふ〜ん♪」と幸せそうな寝息を立てている。
(……おい婆さん! 起きろ! あんたの必死の努力、いま『手遅れ』って文字で全否定されたぞ!!)
おじさんは虚空を見上げ、震える声で呟いた。
「……リヤカーを回すタイミング、あと三秒……いや、あと二秒早ければ……ッ! 俺の計算ミスだ……!!」
(……おじさん、あんたも『計算オタク』かよ! 類は友を呼ぶってレベルじゃねーぞ!!)
「……おい坊主、残念だが今回は諦めてくれ」
おじさんが、汗を拭いながら俺を覗き込んだ。
「人間は七歳までに魔法が使えるようにならねぇと、このグリモワールドでは暮らしにくいんだぁ! だからリミさんは必死になって……お前をなんとかしようとしてたんだがな」
おじさんの言葉に、俺は初めて気付かされる。
(……リミバァ。あんた、俺を救うために……)
もしこのおばあちゃんが、運営側だろうが何だろうが関係ない!
いつか絶対に恩返ししてやる。
計算と努力で生きてきた俺の心が、初めて自分以外の誰かのために熱くなった。
帰り道、リヤカーに揺られながら、俺は深い眠りに落ちた。
極限の計算と恐怖、そして初めて知った他人の熱に、脳が限界を迎えたのだ。
家に帰り着くと、桃太郎はそのまま眠り続けます。
その横で、ようやく目を覚ましたのか、リミバァは眠る桃を見てニヤリと微笑みました。
窓から差し込むグリモワールドの歪な月光が、泥だらけのまま眠る「桃」と、その傍らで座り込む老婆を照らしていた。
リミバァは、酒焼けした喉を鳴らして低く笑う。
その視線は、孫を慈しむ祖母のそれとは程遠い。
まるで、ようやく手に入れた「最高の素材」を値踏みする職人のような、鋭く、狂気じみた光を宿していた。
「……ふふ、いい夢を見な。桃太郎……」
彼女の指が、桃の表面を愛おしそうになぞる。
「計算通りにはいかない。絶望も、他人の情けも、泥濘の苦しさも……全部あんたの肉になるんだ。……もっともっと、アタシを楽しませておくれよ?」
その微笑みは、暗がりのなかでいつまでも消えなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
冒険者ギルドだと思ったら職人ギルド、
勇者譚だと思ったら労働現場、
そして主人公はまさかの「桃」。
完全に計算外のスタートですが、
この物語はここから本格的に動き始めます。
この世界では、
才能よりも経験、
根性よりも段取り、
そして奇跡よりも「下準備」がものを言います。
リミバァは味方なのか、
それともとんでもない厄介職人なのか。
桃太郎は人に戻れるのか、
それとも別の「完成形」に至るのか。
剣を振らないファンタジーですが、
代わりにコテと計算と狂気が飛び交います。
よろしければ、
この奇妙で泥だらけのグリモワールドに
もう少しだけお付き合いください。
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職人一同、心よりお待ちしております。




