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第一話 鬼ヶ島行きは絶対拒否! 〜名付け親のセンスが『ベロンチョ』か『桃太郎』しかない〜

神に運命を委ねるのではなく、自らの計算と努力で正解をこじ開けてきた「努力オタク」の二浪生。


そんな彼が、合格発表の代わりに「桃の中」で目を覚ましました。


異世界で『理想の桃太郎』へのフラグを全力で折り続け、隠居を目指す解析系(?)コメディ。


全てはこの第一話、最悪の名前の二択から始まります。

畳一間、積み上がった参考書の山。


 壁を埋める『一日一善』と、娯楽を呪う『断』の貼り紙。


 人並みの青春が欲しかったわけじゃない。ただ、何者でもない自分を塗り替えるための「正解」が欲しかった。


 学歴という名の免罪符さえ手に入れば、この息苦しい灰色の世界から抜け出せると信じていた。


(……よし。今日のノルマ終了)


 中指のペンだこが疼く。


 二浪。二十歳。


 合格という「許可証」がなければ、俺はこの世界に存在してはいけない。深夜のカップ麺と電気スタンドの青白い光。ただそれだけが、俺の青春のすべてだった。


 予備校の帰り道、降りしきる雨の中を走るバス。


 車内は湿った服の匂いで混み合っていた。俺は濡れた傘を足元に置き、硬いシートに腰掛ける。その隣には、一人の少女が座っていた。


 白雪。


 俺が目指す大学に現役首席で合格した才女だ。彼女の視線は専門書に落とされ、俺など視界の端にも入っていないだろう。だが、俺は知っている。


 彼女が図書館で最後まで自分をすり減らしていることも、時折、消えてしまいそうなほど寂しげな顔で窓の外を見ていることも。


(……そんな顔、すんなよ)


 届くはずのない言葉を飲み込む。


 停留所で一人の老人が乗り込んできた。俺は反射的に腰を浮かす。


『一日一善』。徳を積めば、神様が少しは判定を上げてくれるかもしれない。そんな情けない打算を隠しながら、俺は老人に席を譲った。


 その時だ。


 俯いていた白雪がふと顔を上げ、こちらを見て、ほんの少しだけ……花の蕾がほころぶように微笑んだ気がした。


 その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。二年の泥水をすするような苦労が、すべて報われた気がしたんだ。

 その直後だった。


 ――ギギギギッ!!


 鼓膜を突き破るような金属音。世界が激しく傾き、窓ガラスがダイヤモンドの粉のように粉々に砕け散る


 内臓が浮き上がるような浮遊感のあと、世界が激しく傾き、窓ガラスがダイヤモンドの粉のように粉々に砕け散る。


(……クソ。浪人して、何一つ成し遂げられずに終わりかよ)


 視界が真っ赤に染まっていく。


 鉄の匂いと雨の匂いが混ざり合う中で、俺は必死に手を伸ばした。


 隣で衝撃に備え、目を見開く彼女の、震える肩に向かって。


(……なあ、起きてくれ。お前だけは、光の中にいてくれ。せめて一度、名前を呼んで、好きだと言えばよかった……)


  そんなありふれた後悔すら、溢れ出す鉄の匂いと雨の音に飲み込まれていく。


 ◇


「……くんくん」


 甘い、花の蜜を煮詰めたような匂いが鼻をくすぐった。


 意識が覚醒する。だが、全身に力が入らない。指先一つ動かすのにも、泥の中を泳ぐようなもどかしさがある。


(……アレッ!? なんだ、これ。手が……うまく動かない……)


 視界に入ってきたのは、白くてぷにぷにとした、小さな「お手て」だった。


 俺は今、ピンク色に淡く光る、温かな液体に満たされた繭のようなものの中に浮かんでいた。まるで巨大な果実の心臓部にでもいるような気分だ。


「……どんぶらこ。どんぶらこ」


 外から、腹の底に響くような、重くリズム感のある低音が聞こえてくる。水面を叩くような、ゆったりとした振動。


(異世界転生……? 桃? 赤ん坊? おいおい嘘だろ、誰がどう見てもこの状況は……)


(ふざけるなぁ!! 誰が桃太郎になんてなるかよ!! 俺は都会の大学に行って、キラキラした生活を送りたかったんだ!)


 心の中の叫びも虚しく、不意に視界が真っ二つに割れた。


 パカッ、という間の抜けた音と共に、まばゆい光が差し込み、俺は外の世界へと押し出される。


「……すげーー」


  挿絵(By みてみん)


 思わず、赤ん坊の喉が鳴った。


 そこは、前世のモノクロな勉強部屋とは対極にある、色彩豊かな幻想都市だった。


『グリモワールド』。


 視界いっぱいに広がるのは、巨大な卵の殻を繋ぎ合わせたような、滑らかで白いドーム状の家々。


 それらが意志を持つかのように巨大な大樹の根に沿って、空高くへ幾重にも連なっている。


 夕暮れ時の琥珀色の光が、殻の表面を反射し、街全体を黄金色の海のように染め上げていた。


 だが、その感動は一瞬で凍りついた。


 俺を覗き込んでいたのは、逆光の中に浮かび上がる巨大な怪鳥のシルエットだったのだ。


 身長は二メートル近いだろうか。


 巨大な瞳がギョロリと動き、俺の全身を品定めするように見下ろしている。


 その鋭いくちばしは、赤ん坊の俺の頭など一口で粉砕してしまいそうだ。


(マジか……! 桃から生まれた瞬間、捕食者の餌かよ! 完敗だ、人生RTAすぎるだろ!)


 俺を抱き上げたその手には、鋼のような鉤爪が見えた。だが、その肌に触れる羽毛は驚くほどフワフワで温かい。


(このフワフワ感が逆に怖い。これ、あれだ。高級なレストランの温かいおしぼりと同じだ。「これから美味しくいただきます」っていう、地獄へのおもてなしだろ!)


 周囲からは、何人もの梟人フクロウビトたちが集まってくる。


 彼らは知的なローブを纏い、互いに聞き慣れない……だが、ハープの音色のように優雅でファンタジックな響きの言葉で、何かをささやき合っている。


(待て待て、落ち着け俺)


(異世界転生で桃から生まれたからって、即“桃太郎”は安直すぎるだろ。周りはみんなお洒落な横文字の名前だ。街並みだってこんなにファンタジーしてるんだ)


(俺だってきっと、伝説の聖騎士とか、大魔導師みたいな――)


「……アーサー、などどうじゃ?」


(おっ、いいじゃん! 王道だ!)


「レオンという名も、勇ましくて良い」


(おお!? いいぞ! ライオンハートな! 異世界だし、そういうの欲しかったんだ!)


「おいおい……なんて素晴らしい名前たちなんじゃ……」


(わかってるじゃん、フクロウおじいさん! 頼む、その二択で決めてくれ!)


「……いや、待て」


(ん?)


「もっとこの子の本質を突いた、良い名がある」


(嫌な“間”を作るな、やめろ)


「そうじゃ……」


 老梟人は、満を持したように、深く、重々しく頷いた。


「ベロンチョじゃ」


「……」


「べ、べ、ベロンチョ!?」


(なんで!? 今までの横文字の流れどこ行った!? 英雄名候補から急にゆるキャラのマスコット枠に落とすな!!)


「……いや、待てよ。ベロンチョは少し、舌を出しているようで品がないかのう」


 老梟人は少し考え込み、首をかしげた。


(お、撤回か? 助かった、今の無しな!)


「なら、いっそ――」


(嫌な予感しかしない)


「桃から出たのじゃから、桃太郎で良いじゃろ。異国情緒があって、逆に新しい」


「「そうじゃ! 桃太郎にしよう!」」


(ホッ……)


(――いや、ホッじゃねえ!!)


(イヤイヤイヤなんで安心してるんだ俺!? ベロンチョの下げ幅に騙されたわ! それ、日本一の旗持って鬼ヶ島にカチコミ行くフラグのど真ん中じゃねぇか!!)


 絶望と、二浪で培った「問題の本質を見抜く」解析本能が混ざり合う。


 俺は絶対に期待に応えない。きびだんごで動物を雇ったりしない。鬼ヶ島なんて絶対に行かない。


 この名前が持つ「呪い」のような期待を、全部へし折ってやる。


 

 二浪の俺、異世界グリモワールドにて、食材……じゃなくて桃太郎として爆誕。

 平穏な隠居生活を勝ち取るための、俺の「斜め前の努力」が今、幕を開ける。


桃太郎や……やっと……」

おばあさんの視線が、部屋の隅にある小さな石盤へと滑った。

そこには、薄く刻まれた文字があった。


【桃太郎:待機中】


その文字は、誰の目にも見えないはずだったのに、

彼女だけが確かに読めているようだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


二浪の努力オタクが、人生最大の計算ミス(?)で桃から生まれてしまいました。


名前が『ベロンチョ』にならなかったのは幸いですが、代償として『桃太郎』という最凶のフラグを背負うことに……。

果たして彼は、持ち前の解析能力で「隠居生活」を勝ち取れるのか。

それとも、世界が彼を「理想の英雄」へと仕立て上げてしまうのか。


少しでも「面白い!」「ベロンチョじゃなくて良かったな」と思っていただけたら、ブックマークや評価、感想などで応援いただけると、執筆の励みになります!


次回、第二話からは、いよいよグリモワールドでの「フラグ回避(のつもりが自爆)」な日々が始まります。

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