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それからの約五年間、仮死状態のヒルダを乗せてメジスラナクアは航行を続けた。航行に異常をきたす事象は起こらなかった。
目覚めたヒルダは、メジスラナクアがほぼ予測した通りの地点を航行していることに安堵した。メジスラナクアのコンピューターは相変わらず制御不能だったが、予想していた通りなので落胆はしない。
ヒルダはメジスラナクアの機関室に向かった。手動であれば制御可能ではないかと考えたからだ。確かにそれは可能だった。しかし、手動で操縦するのは現実的ではない。だが、停止するだけなら可能なことがわかったのは大きな成果だった。
(ここを輸送機から制御できないだろうか?)
メジスラナクアのコンピューターに繋がる回線を、物理的に輸送機に接続すれば可能ではないかと考えた。ヒルダは船内に用意されている資材と工具を使い、機関室から輸送機までケーブルを敷設した。思惑通りに制御可能なことを確認し、輸送機の自動操縦プログラムを機関室に接続した。これである程度の操縦が可能になった。あとは目標地点に到達するのを待つだけだ。
やがてメジスラナクアはガレオマレニ第三惑星に接近する。
(どうしたものか……)
この星についての詳しい情報はない。存在は知っていても未知の星なのだ。さらに接近するためにはこの星についてもっと知らなければならない。
メジスラナクアは惑星探査船である。直接地表に接近して調査を行う。そのため探査艇などは搭載していない。小型探査機は搭載しているが、大気圏突入に耐えられるようなものではない。つまり、直接メジスラナクアで調査を行う必要がある。
短時間だけ地表に接近してすぐに離脱する動作を繰り返すことも可能だが、今の状況ではそれも不可能だろう。攻撃されることを考慮しなければならない。
(ゆっくりと接近して出方を伺うか……)
すでに捕捉されている可能性はある。相手の機動力はわからないが、待っていても何も解決しない。
ヒルダは低速でメジスラナクアを進行させる。センサーに反応が現れてくる。動作から考えると人工衛星の類だろう。攻撃能力の有無は不明だ。
ヒルダは人工衛星の軌道付近まで、慎重にメジスラナクアを接近させる。攻撃能力の有無は相変わらず不明だが、動作はそれまでと何ら変わりがない。攻撃体制に入った様子も見られない。
人工衛星の大きさや形状、表面の材質の解析もある程度は可能だった。何らかの通信機能が備わっていることも確認できた。通信内容についてはデコードできないため解析は不可能だ。
メジスラナクアをこの星と一定の距離を保つように、ヒルダは自動操縦プログラムにデータを入力した。
そうしている間も、人工衛星は何ら変わった動きを見せない。ヒルダは改めてモニタに映る星を見た。海と思われる部分が多い。しかし、安全に接近できると判断する材料はなかった。不用意に近づくのは危険だろう。
もちろん、今いる場所が安全だという保証もない。しかし、少なくとも見えている範囲で動きは見られなかった。
ヒルダはこの星の全体像のデータ化を進めることにした。そのためにはこの星を周回してトレースしなければならない。しかし、極軌道はデータにないのでこれから計測することとした。自転の様子を観測すれば自転軸が分かり極点が特定できる。極軌道の周回速度も自転周期から計算できるだろう。
ただし、大きな問題があった。メジスラナクア自体の計測機器が制御できない。小型探査機で代用するにしても機能差がありすぎる。それに宇宙空間での活動が可能なようには作られていない。メジスラナクアからケーブルで繋留することもできるが制御が難しい。しかし、それ以外に方法はない。
ヒルダは小型探査機の搬出口に向かう。その途中、大きな衝撃を受けてヒルダの体は壁に打ちつけられた。
(何? 攻撃?)
ヒルダは急いで操縦室へ向かう。
メジスラナクアの損傷は確認できなかった。その代わり、自動操縦プログラムのルートから大きく外れていることがわかった。ほぼ直角に曲がっている。
ヒルダは輸送機に向かう。自動操縦プログラムはそこでなければ制御できない。
(異常なし? 引っ張られている?)
確かに自動操縦プログラムに異常はなかった。何らかの力が働いて別の方向に移動しているとしか考えられなかった。
(重力が変化している?)
メジスラナクアの速度は一定だった。ガレオマレニ第三惑星からの距離も一定なので、設定したルート通りに航行できていたのであれば、急に重力に引っ張られることは考えられなかった。現に直角に曲がるまではルートを逸れていない。
(いや、そうだとしても直角は有り得ない)
正確には小さな弧を描いていたがほぼ直角だ。確かに重力の影響であれば大きな弧を描くだろう。
ヒルダが考えていると船内に警報が鳴り響いた。
『大気圏突入ニ備エヨ』
メジスラナクアは大気圏突入が可能だが、船内のどこにいても安全というわけではない。特に格納庫や小型探査機の搬出口は、機材はともかく人間の安全は保証されていない。操縦室や船室であれば熱や衝撃を抑えられる。
格納庫にいたヒルダは、壁に強く打ち付けられて気を失ってしまった。
メジスラナクアはそのまま大気圏に突入し、空を切り裂いて海へと落下した。




