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「すべて完了しました」
ロイネ・カールランピは第三ラボの所長クレメッティ・タルヴィティエに報告した。軍のウイルスへの対応が完了したということだ。
「ご苦労だったな。妹とは連絡を取っていたのか?」
妹とはヒルダのことだ。あれから二日経っている。
「いえ、ヒルダとは何年も会話していません。別の世界で生きてますので」
ロイネは感情を込めずに言った。
「君の妹はキリスアベル第四惑星に向かいたかったようだな。何かあるのか?」
ヒルダがメジスラナクアを奪ったのは、キリスアベル第四惑星に行くためだったとみられている。それを察知したオリヴェルが利用したというのが政府の見解だ。
「わたしは何も知りません。調査を開始したばかりなので、妹も何も知らないはず」
ロイネの言う通り、キリスアベル第四惑星は調査を開始したばかりの星だ。一番近い生存可能領域の星ということで調査が開始された。現時点で生命体の存在は確認されていない。
「そうか。ウイルスには本当に関わっていないのだな?」
「関わっていません。わたしなら気付かれるようなことはしません。罪を着せるためなら別ですが」
相変わらずロイネはまったく感情を込めない。
「オリヴェル・イソニエミは、自分がやったと認めているようなものだからな。君の妹が協力していたとしても、それは間違いないだろう」
クレメッティの言葉をロイネは黙って聞いていた。
「ところで、君は本当に先進波の研究を引き継ぐつもりはないのか?」
クレメッティが言う先進波の研究は、爆発で死亡したヘルマンニ・カイラモが携わっていた。
「ありません。わたしはグレネス=ハンネロで手一杯です。それに、物理に長けていません」
「そうだな。グレネス=ハンネロを疎かにすると政府に睨まれる」
グレネス=ハンネロは、政府が管理しているアルマセレル最高のコンピューターだ。アルマセレル唯一の人工知能を搭載している。人工知能が唯一なのは、法律で禁止しているためだ。人工知能を含んだ一部の機能は民間にも開放されている。
「爆発は本当に事故だったのでしょうか?」
ロイネは話題を戻した。
「君にしては珍しい質問だな。そんなことを気にするとは思わなかったよ。何か思うことがあるのか?」
「先進波の研究は政府肝入りです。研究を奪いたい者がいても不思議はありません」
ロイネは無難な回答をした。
「確かにな。君が政府に重用されてから手柄を欲しがる者が増えた。しかし、今回は単純ミスだ。作為的なものは見つからなかった」
「わたしは政府に取り入ったつもりはありません」
ロイネにしては少し感情がこもっていた。
「それはわかっている。君が政府をあまり良く思っていないこともな。だが気をつけたまえ。政府の心象を悪くすると今回の件を蒸し返される」
「肝に銘じます」
ロイネは所長室を後にした。
(キリスアベル第四惑星……)
ロイネはヒルダの目的地を思い返した。そこにはいずれ行ってみたいと思っていた。いや、帰ると言うべきか。しかし、ヒルダにその感覚はないはず。その記憶を持っていないのだから。
それなら目的は何か。セギオラは関係あるのだろうか。単なる探究心なのか。あるいは。
結論は出なかった。ヒルダとは何年も会っていない。所長に話した通り会話もしていない。双子とはいえ、何を考えているのか想像もできない。
自室に戻ると、ロイネはメジスラナクアの位置を確認した。
(おかしい……)
メジスラナクアはキリスアベル恒星系とは別方向に向かっている。アルマセレルを出発した直後ならともかく、二日経っても軌道を変更しないことは考えにくい。メジスラナクアが制御不能になっていることをロイネは知らない。このまま直進したらどこに向かうか計算する。
そこはガレオマレニ第三惑星だった。
(これは——)
ロイネは思考を巡らせる。本当の目的地はガレオマレニ第三惑星なのだろうか。だとしたら、ヒルダは知っているのだろうか。
(いや、あり得ない。情報は残っていないはず)
そうだ。その情報こそ、ロイネがグレネス=ハンネロに拘っている理由だ。記憶を補うための情報を探している。
(何かが動き出している)
ロイネはそう感じた。キリスアベル第四惑星の調査は開始されている。そこで得られた何かによって、オリヴェルが動き出したのではないか。いや、オリヴェルも動かされたのかもしれない。それにヒルダが巻き込まれたか。
ロイネはオリヴェルの身元を照会した。照会した痕跡は残さない。
(補助脳か……)
オリヴェルが補助脳利用者ということで、ロイネはオリヴェルが動かされたのだと確信した。




