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第09話 神殿騎士団①

 ドラゴン討伐の翌日のことである。


(おそい……)


 神殿騎士団の副長アルダー・シュテルンベルクとの約束通り、〈ワイルドキャッツ〉の二人は騎士団本部へ出頭するべく待ち合わせをしていたのだが――。


(あいつ……たぶん迷子になってるな……)


 静九郎が待ち合わせ場所に来ない。

 彼はドラゴン戦で酷使した刀を研ぎに出すといって、先に街はずれにある鍛冶屋に行ったのだ。

 待ち合わせは街のド真ん中の広場の噴水の前。

 わかりやすく開けた公園なのだが、ルフレシアは他の大都市と同じように、いろいろなエリアが複雑に絡み合った地上の迷宮だ。官庁街、商業地区、高級住宅街にスラム街……そうしたアレコレを土地勘のない静九郎が抜けてくるのは少々難しかったかもしれない。


「あっ!」


 だが、彼はたどりついた。

 待ちわびた細マッチョが彼女の立つ中央広場に入って――


「……あれ?」


 ――こなかった。

 全然違う方向にズンズンと歩いていく。

 クルルは笑ってしまった。


「おーい、ジョ……っ!?」


 その笑顔が凍り付いたのも無理はない。

 細マッチョの傍らに、馴れ馴れしく寄り添う女がいたのだ。


(いや、誰……)


 静九郎にこの街の知り合いがいたとは聞いていない。

 知り合いであるはずもない。

 女のナリはどう見ても……その道のプロの女性だったのだ。

 そして二人は、クルルの勘ぐりを証明するように、広場とは反対の裏路地にスッと入りこんだ。


(……最低)


 結局あいつも男だということだ。

 というか自分を待たせておいて何をやっているのか。

 最低の気分ではあったがこうなっては静観できない。

 クルルはまるでダンジョンでするように、気配を消し、足音を消して対象に迫る。

 だが、建物のかげから盗み見た二人の様子は、なんというか予想したものと少し違った。

 深刻な顔だ。ボソボソとしゃべっていて会話の内容は聞き取れないが、親しげな様子はない。

 やがて静九郎はポケットから何かを取り出し、それを受け取った女は路地の奥へと消えた。


(いまのは……お金……? え、でも……)


 何の対価なのか。

 クルルの心は疑念に支配された。

 しかし、考えている時間はない。

 すぐに静九郎はこちらに向かってくる。

 追跡者は慌てて元いた噴水まで戻った。


「すまん、待たせたな」

「……別に」

「刀は研ぎに出せたんだが、道に迷ってしまってな。とにかく悪かった」


 平然とそう言う男。

 不信感。

 クルルの頭はそれでいっぱいになった。

 だがそれを今ここで追及するほどクルルは子供ではなかった。


「そ。早く行こ」


 二人で官庁街への道を歩く。

 その肩と肩の間には、ぎこちない雰囲気がどうしようもなく漂う。


「緊張してるのか?」


 クルルの様子に気が付いた男が問う。


「別に」

「調書の作成に行くだけだ。後ろめたいことがあるわけでもあるまいし、堂々としてればいい」


 励ますような男のセリフが白々しい裏切者の声に聞こえる。

 

(後ろめたいこと、ね)


 静九郎の服を見る。

 いつものシャツにいつものズボン。

 白々しいことだ。

 クルルはイラついて言った。


「別に緊張なんかしてないよ。むしろ、あんたの心配をしてるんだけど」

「俺の? なぜ?」


 純粋な少年のような顔をして、私には何の興味もないような顔をして、結局はそういうことなのだ。


「なぜ? なぜでしょうね。誠実な顔をして、内心では人のことを馬鹿にしておちょくってるのがお偉い方々にバレたら、ウチなんか一瞬で取り潰されちゃうからかもね」

「おちょくる? バカな。俺がいつ、そんなことをした」


 ついにクルルがキレた。


「今も! 昨日も! さっきだって! 散々! 私をおちょくったでしょうが! ええ!? スタンピードがEランクで!? ドラゴンがBランク!? バカじゃないの!? 面白くないんだよ!」


 二の腕を容赦なくハタきまくられ、静九郎はちょっとあわてた様子で弁明した。


「す、すまん、よくわからないが、おちょくってるわけじゃない。魔物の件は、他ならぬ君が、AからFの6段階だというから、経験に照らして上から二番目に当てはめただけであってだな。まさかSSSからFまでの9段階とは……なんてわかりにくい……どうかしてる」


 外国人冒険者は、冒険者協会の意味不明なランク割り当てに憤慨していた。

 無理もない。

 長い時間をかけて後付けを繰り返された結果、よくわからない配列になっている序列記号である。

 クルルはまだ不機嫌だ。


「いや、それで合ってんだよ。普通の冒険者が相手をするのはFからAまでの六段階なんだから。それより上を気にする必要なんかないし、ましてや一人で討伐なんて聞いたことすらないわけで。どうかしてるのはあんたの方」


 静九郎はクルルの前に回り込んで立ち止まった。

 男は不満顔の少女の肩に手を置くと、真顔で言った。


「誰が一人なものか。俺には君がいる」


 それは偽らざる彼の気持ちであり、同時に客観的事実であった。

 だが、突然、無駄に凛々しい顔でそんなことを言われた少女は、息が止まった。


「ちょ……」

「昨日のことだけじゃない。俺が今、こうしていられるのは君のおかげだ」

「えっ?」

「君には感謝している」

「なに……急に。い、いきなりそんなこと言われても困るんですけど……」


 しかし、照れた乙女に次に浴びせかけられたのは期待されたものとはちょっと異なる言葉だった。


「君のおかげで俺は健康で、職があり、家……はちょっとアレだが……」

「アレってなんだよ」

「少なくとも脅されたり騙されたり殺人を指示されることはない。これはとても有り難いことだ」

「……ああ、うん、そういうレベルね……」

「君といると『足るを知る』という言葉の意味を感じるよ。雑草ジュースは御免こうむるが、鶏小屋の住み心地と馬小屋の居心地は意外と悪くない」


 ウンウンと一人うなずく静九郎だったが、乙女心をおちょくられたクルルはイラついた。


「それよそれ。真顔で面白くないジョークを言うそれ! 私はそれを心配してんの。お願いだからそういう調子で、お偉いさんたちをおちょくるようなこと言わないでよねって言ってんの!」

「心配するな。俺もズブの素人というわけではない。軍法会議の流儀は心得ている」

「ただのヒアリングだってば。冗談でもそういうこと言わないで!」

「もちろん、ただの聴聞の経験も少なからずある。任せておけ」

「ああホント……大丈夫かなぁ……」

 

 もう商売女のことは忘れていた。

 最強の二人は神殿騎士団本部への道のりを急いだ。


* * * * *


 神殿騎士団ルフレシア総司令部、通称『東都本部』は街の中心にある。

 クルルと静九郎のエンカウント地点、つまり〈ライオンハーツ〉の本部もすぐ近くにある。要するにこの東都を統治する行政・軍事施設が多く集まり、一番地価の高い中心エリアなのだ。

 このエリアの建造物は軒並み巨大で壮麗だが、ひときわ絢爛豪華なのが神殿騎士団本部だった。


 しかしてその実態は重い甲冑や制服のエリート士官たちが行き交うものものしい雰囲気の軍事施設。

 その一画に案内、ではなく『連行』された哀れな野良猫コンビは今――さらにとんでもない札がかかった部屋にぶち込まれようとしていた。


「ちょ……待ってください!」

「さっさと入れ」

「なんで法廷!?」


 そう、その部屋の戸口には、『第一小法廷』といういかつい文字がデカデカと標示されていたのである。


「ふざけるな。俺たちは聴聞に呼ばれたはずだ。軍法会議にかけられるつもりはない」

「何かの間違いではありませんか!?」


 屈強な警備兵に抵抗するクルルと静九郎だったが、時すでに遅し。

 問答無用とばかりに押し込まれた法廷。

 そこで待っていた二人のオッサンを見て、クルルは血の気が引いた。


(りっ……リヒテンヴァルト……東部騎士団総長!?)


 『超』がつく大物だった。

 神殿騎士団東方総司令部の総長にしてグロスバッハ神殿の枢機卿、つまり、名実ともに東都の頂点に立つ大貴族だ。

 本人も超巨漢である。

 クルルは前職の打ち合わせでここに来た時、一度だけ見たことがあった。

 ワガママ放題の子供がそのまま大人になったような、『大きな赤ん坊』という形容がぴったりの、醜悪を煮詰めて腐らせたような…………要はザ・貴族のロクデナシが、裁判長席にふんぞり返っているのである。


(それに……)


 もう一人、脇の原告席に陣取っていたのは、よく見知った男だった。


(ヴィクター・ライオンハート……)


 東都を牛耳る最強ギルドの創設者にして代表。

 クルルの元・上司である。

 華々しいキャリアで挙げた数々の功績から、歴史上数人しかいない『Sランク』の称号を教皇から授与された超一流の冒険者。

 そしてたった一代で自分が立ち上げたギルドを東都一の大手に成長させた辣腕の経営者でもある。

 齢五十を超えて第一線からは退いたが、いまだ彼に敵う冒険者は国内にいないと言われている。

 全ルフレシア市民のあこがれの的、知らぬものはない伝説的英雄だ。


 今、その英雄は元・部下には一瞥もくれず、静九郎を見ている。

 また静九郎もにらみ返している。

 アレである。

 強者同士が相まみえたときに特有のアレ――視線のやり取りだけでお互いの力量を計り合うアレ――が始まっている。


ガチャッ――。


 そんな一触即発の大変気まずい第一小法廷に、最後に割り込んできたのは金髪碧眼の美男子だった。


「いやー、すみません、前の案件が長引いちゃって」


 アドラー・シュテルンべルク――

 昨日ウルズシャールで会ったイケメン副長である。

 彼も有名人だ。

 血統が何より重視される神殿組織にあって、孤児院から騎士団次席にまで上り詰めた傑物である。

 他の騎士団幹部が名門貴族家の子息ばかりで構成されていることを考えれば、異例というより異常と言っていいほどの大出世、つまり傑物というよりはほぼ怪物であった。

 おまけにまだ二十二歳。

 おまけのおまけにその相貌は……街の乙女たちからの恋文が途絶えた日がないという噂が立つほど美しい偉丈夫である。

 今、その大変に整った顔は朗らかな笑みを浮かべながらクルルに向けられている。


「驚かせてすまないね。会議室がパンパンで、ここしか部屋が空いてなかったんだ。別に君たちを裁こうってワケじゃないから安心してくれたまえ。これはあくまで『ヒアリング』なのだからね」


 おどけたアドラーの言葉が冷えた虚空を漂った。

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