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第06話 初めてのダンジョン②魔境の専門家

 たった二名の冒険者ギルド<ワイルドキャッツ>のコンビがダンジョンを進む。

 ズンズンと、奥へ奥へと。

 しばしば戦闘もしているのだが、すべて約一名が約一秒で片をつけるので特に描写する内容がない。

 割愛である。


「今さらなんだが……」

「ん?」


 並んで歩きながら、唐突に侍が口を開く。


「ダンジョンって何なんだ?」


 質問の内容も唐突であった。


「何って……魔物がいっぱい集まる場所だよ。それ以上でもそれ以下でもない存在。それがダンジョン」

「何で魔物がいっぱい集まるんだ?」 

「さあ」

「さあ?」


 素人ならではの初歩的な疑問に、魔術師は明確な答えを持たなかった。

 だが専門家として、知っていることを説明する。


「理由についてはいろいろ言われてるけどね。魔物が生息しやすい環境だとか、外界に比べて魔素の濃度が高いとか」

「まだ解明されていないと」

「そ、現実としてダンジョンは際限なく魔物を吐き出し続ける魔境であり、どの説を採用したとしても根本的な解決策なんてない。適度に数を減らして維持、管理していくしかない」

「それが君の意見か」

「っていうかダンジョンのリアルを知ってる冒険者はだいたいそうじゃないかな。グロスバッハ教の教義ではダンジョンを人類に科せられた試練だって言ってる。人類がそれに打ち克つとき、初めて人は真の人となるんだってさ」

「ちょっと何言ってるかわからないな」

「だね。ま、一部の純粋な信徒以外は信じてないと思うけど」


 静九郎は眉根を寄せる。


「打ち克つ……つまりダンジョンから魔物を根絶するということか」

「うん、まあそうなんじゃない? ってかヤシマでもあるでしょ、同じような話」


 もっともな問いを、侍は否定する。


「ない。あの国の魔物は、自然発生的に湧くだけだ。ごく少数が、散発的な」

「え?」


 衝撃的な回答に、クルルは足を止めた。

 大真面目な顔で静九郎が続ける。


「こんな風に特定の場所に密集する魔境などなかった。だから、魔物自体が大した脅威とも取られていない。せいぜい熊や狼と同じくらいかな。稀に大規模な魔獣発生事件が起こると、それはもう大騒ぎだった」

「ダンジョンが……ない?」

「ない。ダンジョンがないから冒険者もいない」


 クルルがずっと感じていた違和感がまた一つ解ける。


「なるほど……」


 彼ほどの腕がありながらダンジョンを攻略した経験がないというのは考えてみれば変だ。

 しかしダンジョンがないというのなら……


「おかしいな」

「え?」


 また唐突に言われ、クルルは若干混乱した。


「辻褄が合わない」

「何が?」

「君は優れた魔術師で、ダンジョンの専門家だ。危険な魔物から市民を守りたいと願う立派な人だ」

「な、なに? 突然……」

「その君が、諸悪の根源であるダンジョンの根絶について真面目に考えている様子が、どうも、ないようだ」

「……」


 クルルは答えない。

 その顔から表情が消えた。


「この魔窟の異様さ……魔力のない俺でもわかるほどのおぞましさだ。こんな未知数の脅威を、多少雑魚を間引いただけで『管理』できると本気で思ってるのか?」


 クルルは答えない。

 しばらくの沈黙の後、一言、口にした。


「やめて」


 だが静九郎は真剣だ。


「何か理由があるなら教えてくれ」


 魔術師は口をつぐんでいたが、やがて吐き出すように言った。


「ダンジョンはそんな簡単なシロモノじゃない。私たちには他にどうすることもできない」

「断言する根拠は?」

「ある」

「聞かせてもらおう」


 クルルは大きく息をつくと、静かに語りだした。


「異界から漏れ出てきたとされる初めての魔物『アクルノヴァ』が観測されて千年。数多の冒険者、勇者たちがダンジョンに挑んできた。でも完全に制覇され、機能停止したダンジョンは存在しない」

「存在しない?」

「そう」

「この初心者ダンジョンも?」

「そうだよ。というより、ここはブランチといってグレート・ダンジョンの一部でしかない。本体は80キロ先の『ロア砂獄』だと考えられてる」


 単純で、わかりやすい説明だった。

 彼女の言いたいことは静九郎にも理解できた。


「本体を叩かないと枝葉を落としても無意味だということか」

「そう。ちなみにロア砂獄はさっきのコボルトみたいな感じでBランクの魔物がウヨウヨ出てくる魔境だよ」


 静九郎は理解はすれど納得はできなかった。


「危険とはいえ、冒険者や軍が束になっても敵わないとする根拠にはならないんじゃないか?」


 クルルがため息をつく。


「……ちょっと休憩しようか」


 相棒の返答は待たず、魔術師はドッカリとその場に座ると、空中から火を降ろした。

 ダンジョンの中は寒い。

 とても不思議で便利な焚火だ。

 静九郎も逆らわずにその場に腰を下ろした。

 小さなヤカンを宙に浮かせ、火にかけたクルルが訊いた。


「魔法大国ヤールスデンの悲劇は知ってる?」


 ヤールスデン。

 思いもよらない国名に、男は一瞬戸惑う。


「あ……ああ……、それは、もちろんだ」


 『ヤールスデンの悲劇』。

 それはかつて魔法技術で隆盛を誇った彼の国について、静九郎が知っている数少ない、それでいて重要な情報の一つだった。


「十年ほど前だな。どこからか溢れだした魔物の大群が、洪水のように都市に押し寄せて滅亡したとか」

「そう、魔物の大氾濫(スタンピード)っていうの。ダンジョンでは稀に起こる現象だけど、それが国中で一斉に起こった。国中のすべてのダンジョンで、ね」

「国中だと?」


 初めて聞く話だった。


「その原因は知ってる?」

「知らない」

「まさにあんたが言うところの、ダンジョンに対する総攻撃だったんだよ」

「……なに?」


 静九郎は瞠目した。


「さっきあんたが言ったとおり、ヤールスデン王とその将軍たちはダンジョンに壊滅的打撃を与えることで魔物を根絶できると考えた。なんたって当時のヤールスデンには他国では考えられないようなレベルの強力な魔術師がゴロゴロいたからね。入念な計算に検証を重ねて、確実な勝利を手にするまでに準備が進んだ」


 淡々と、いつもどおりの口調だったが、クルルの表情は無表情だった。

 否、あえて感情を押さえている時の、作られた無だった。


「周辺国もその姿勢を支持した。それどころか軍を派遣した国だってある。人類の夢を背負った百五十万の魔法兵団がヤールスデンのありとあらゆるダンジョンに総攻撃を仕掛け……ついに魔王の逆鱗に触れた」


 集中して聞いていた静九郎が口を挟む。


「『魔王』とは?」

「魔物の王。すべてのダンジョンを統べる存在……とされるもの。人智を超えた知性を持ち、その強さはランク測定不能……その姿を見て生きて帰ったものはいない、正真正銘、本物の邪悪だよ」


 クルルは相変わらず無表情だったが、恐怖を抑えられないというように、両腕で自分の体を抱えた。


「領土を侵され、魔王は激怒した。だから、反撃に出た。人類が手を出したすべてのダンジョンで同時にスタンピード……魔物の大暴走を起こした。ダンジョンから溢れ出した魔物の奔流に、千年の栄華を誇ったヤールスデンは踏みにじられ滅ぼされた。……たった五日で、ね」


 それも初めて聞く情報だった。


「五日……」


 静九郎は瞑目した。

 クルルは自嘲的に首を振ると、元の表情に戻って言った。


「わかったでしょ? 人類と魔王軍の力の差。わかったら浅い理屈で私を責めないで」

「……すまん、悪かっ……」


 男は言いかけて――弾かれたように立ち上がった。


「どうしたの!?」

「何か来る」


 静寂。

 だが、野生動物よりも鋭敏な戦士の五感が、異変を察知していた。

 一瞬遅れて魔術師にも――強い魔力の波動が来る。


「うそ……でしょ……」


 最後は音だ。

 さっきまで静かだった洞窟は、急に耳をつんざく轟音に包まれていた。


「スタンピード!!?」


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