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第05話 初めてのダンジョン①強さの理由

 今更だがこの世界には魔物がいる。


 魔物とは、人間に仇なす害獣の総称である。

 魔界からやってきた侵略者とも、人間に対して神が与えた罰とも言われる謎の存在。

 結局のところ正体はわかっていないが、人間と見れば見境なしに襲ってくるので、敵であることは間違いない。

 人が酸素を必要とするように、彼らが生息するためには『魔素』という空気中の成分が必要だという。ゆえに、魔物は魔素の濃い地域を好んで集まる習性があるらしく、その場所は魔境となる。

 それがダンジョンである。

 そのダンジョンに入って魔物を間引いたり、魔物から素材を剥いだり、魔素を含んだアイテムを取ってくるのが冒険者のメインの仕事というわけだ。

 とても危険だ。


「……ッ!」


 今その危険なダンジョンに。

 弱小ギルドに新規加入した新米冒険者が初めての挑戦をしている。


「……ッ!」


 さっきから聞こえるこれは……息がわずかに漏れる音だ。

 フンッ! とか デヤァッ! とか デュクシッ! とかはない。

 そういうのはアマチュアが立てる雑音だ。


(強い……)


 ごくごく静かに、そして瞬く間にコボルト――犬顔で二足歩行する小型の魔物――五匹を蹂躙した男をクルルが称えた。


「さすがね」

「どうも」

「全然危なげない、っていうか、メチャクチャ戦い慣れてるよね」

「まあ、それなり、にッ」


 静九郎は雑に返事をしながら、コボルトが持っていた粗末な手槍をヒョイと拾い上げると、遅れて飛び出してきた二体に無造作に投げつけた。

 右利きの男が左手で投じた槍はまるで弩弓から弾き出されたように唸りを上げて飛び――

 二体のコボルトをまとめて串刺しにした。


(強い。強すぎる……)


 目にも留まらぬ殺戮劇を目撃したクルルはほくそ笑んだ。

 パワー、スピード、動きの組み立て。どれをとっても一線級の剣士と遜色がない。

 無駄な動作を極限まで削りきったそれは、明らかに鍛え抜かれたプロの挙動だとわかる妙技だった。


「その動きは昨日今日の経験でできるものじゃない。ヤシマでも相当魔物を狩ってたんでしょ?」

 

 クルルがそう聞くのも無理からぬことだった。


「いや、全然」

「ウソ」

「ウソじゃない。ただ俺は、長いこと人間相手にこういうことをやってきただけだ」

「え……?」


 思いもしない回答に頭が追いつかず固まったクルル。

 振り返りもせず、男は静かに言った。


「戦争だ。好きでやっていたわけではない」


 クルルは思い出した。


「それって、ヤシマの『十年戦争』……?」

「ああ」


 彼の故郷ヤシマは長いこと泥沼の内戦をやっていた。

 何年か前に終わったものの、その壮絶な戦いの様子はクルルも噂に聞いたことがあった。

 そして、ぶっきらぼうな男の声はだがしかし、明らかに傷ついていた。

 悲しい背中にクルルは慌てて謝る。


「ご、ごめんなさい! 無神経だった! もう聞かない!」

「いや、いい……これが昨日話せなかったこと……なっ…んだ」

「ジョー?」


 様子がおかしかった。

 苦しそうだ。

 息も絶え絶え、今にも何かを吐き出しそうな苦悶の表情で男は無理やり言葉を続けた。


「君には早めに……つ……伝えておきたかっ……」


 クルルはすべてを理解した。


「もういい」

「俺は……たくさんのひ……人……人、人を……」

「もういい!!」


 駆け寄って、正面から男を強く抱きしめた。


「大丈夫だから……! ゆっくり息をして……!」


 励ますように、体から毒を掻き出すように、優しい男の背中をさすった。


(あぁ、この人は……戦争の被害者だ)


 当たり前だが、人を殺すのが好きな人間などそういない。

 戦争に駆り出されても、憎き敵兵を目の前にしても、戦うことができない兵士が本当にたくさんいる。

 臆病なのではない。

 命に対して誠実なのだ。

 そして……誰よりも慈悲深い心を持つ男が、誰よりも優れた戦闘能力を持っていた結果がこれである。

 戦争が終わっても、その身に浴びた血の残り香が、その手に残る罪の感触が、静九郎を許さなかった。


「あなたにどんな過去があろうと、私は気にしない。ね? 大丈夫だから……」


 人懐こく親切なわりに、つっけんどんな態度。

 常に何かを警戒しているような目。

 すべてに理由があった。

 クルルは泣いた。

 男の過去を想うと、悲しくて涙が出た。

 しばらくして――


「すまん……もう平気だ」


 体を離した静九郎は謝った。

 まだ若干顔色が悪い。

 クルルは涙にまみれた顔をフルフルと横に動かした。


「私こそごめんね……今日はもう帰ろ? ね?」

「まさか。全然大丈夫だ」

「でも……」

「犯した罪の償いがしたい。少しでも人を救い、救われたい。だから君のギルドに入った」


 静九郎は笑顔を見せた。


「そうとも。俺はもう兵隊ではない。最強ギルド〈ワイルドキャッツ〉が一番槍。そうだろう?」

「ジョー……無理はしないで」

「無理はしてない。だが、そういうわけで魔物には本当に詳しくない。詳しくないものは学びたいので、ご教示をお願いしたい」


 本人がそう言っているのだ。

 涙を拭いたクルルも、過剰に心配するのはやめた。


「うん! 任せて! ビシバシ教えるから!」


 ギルドの結束が固まった。


* * * * * 


「ねぇ! あのさぁ!」

「なんだ」


 ギルドの結束が綻びかけている。


「あんたが全部やっちゃったら連携の練習にならないじゃない!」


 そうなのだ。

 あれから何度となく魔物と遭遇した。

 しかしその全てを静九郎が一瞬で倒してしまうのだ。

 コボルトの集団を蹴散らし、オークの軍勢を引き裂き、ミノタウロスの一団を粉々に吹き飛ばしたところで、クルルがキレた。


「仕方ないだろ。こんな……雑魚しか出ないんだ。後衛の出番はない」


 初心者のFランク冒険者は――熟練の手つきで刀の具合を検めながら――傲然と言い放った。


「ザコってねぇ……今のは一応Dランク指定なんだけど……」

「待ってくれ。まさか魔物にも格付があるのか?」

「当たり前でしょ」

「……なんというか、好きだな、格付」


 静九郎は若干引きながら感想を漏らした。

 そのルーキーの甘い認識に、クルルは眉をひそめて指導した。


「冒険者ランクと対応させて安全を確保してるからだよ。自分より上位の敵に挑まない。これは規則であり鉄則中の鉄則で、破ったやつから死んでいく」

「なるほどな。さっきの豚は?」

「あれがE。その前の犬がF。普通はさ、あんたみたいな駆け出しのFランクはアレと生死をかけたマジバトルをするんだよ」


 今度は静九郎が眉をひそめて首を傾げた。

 

「犬はともかく、牛と豚の違いがわからんな……線引きが細かすぎるんじゃないか?」

「まあいいよ、この辺の低ランクはわかんなくても。でもCランク以上は別。私たちはルールに則って仕事をするからプロなんだってこと、忘れないでね」

「ああ、かたじけない」


 口では厳しいことをいいながら、ギルドマスターは内心でほくそ笑んでいた。


(ていうかこれはもう軽く見積もってもC……いやいや、Bランクは余裕であるよね……)


 頬が緩むのも仕方ない。

 Bランク冒険者はその辺に落ちているものではない。

 全冒険者の〇・一%という低い確率でしか認められない、稀少な才能なのだ。

 クルル自身が前職の退職時に散々引き留めを喰らったのはそういう事情がある。

 ましてや高威力のアタッカーとしてまともに機能する前衛ともなれば、どこの大手ギルドでも常時絶賛募集中、喉から手が出るほど欲しがる逸材だ。


(ホントにとんでもない拾いものだよ……)


 そんなに褒められているとは露ほども知らず、静九郎はザクザクと魔物の頭部から角を回収している。

 今回受注した依頼はオークの牙とミノタウロスの角だった。


 「ん? おお……!」


 男は注文書と実物を交互に見比べて、顔を綻ばせた。


「これがミノタウロスというやつだったのか。つまり……あと皮を剥げば依頼は達成だな!」

「おめでとう」

「かたじけない」


 嬉々として皮の解体にとりかかる新人冒険者。その手つきは正確で早い。


「皮剥ぐのも上手いね」

「なぜ上手いのかは聞かないでくれ」


 とんでもない一言にクルルは戦慄した。


(じ、地雷原……!)


 ヤシマの話はもう聞くまいと固く心に誓っているうちに、静九郎は仕事を終えた。


「準備ができたぞ」

「よし。初任務は半分成功だね」

「半分? いや、これで全部のはずだ」

「無事に街に帰って、依頼品をギルドに納品するまでが任務だから」

「おお、もちろんだとも」


 静九郎は大事そうにミノタウロスの角を携行袋にしまう。


「嬉しそうだね」

「まあな。人殺しが絡まない仕事で報酬が貰うのが初めてなんだ」

「何を言っても地雷原!」

「え?」

「ゴメンなんでもない」

「ところで、この角や皮は何になるんだ?」

「薬の原料とか、魔術の触媒だよ。このへんは恒常的に需要のあるアイテムだけど、こればっかりはダンジョンに潜らないと手に入らないからね」


 先輩の説明に、後輩は大きく頷いた。


「そんな風に人の役に立つ仕事が、俺にも出来ると思ってなかった」


 クルルは笑った。


「私も嬉しいよ。で、どうする? 帰る? まだ何の練習もしてないけど」

「もう少し歯ごたえのある敵はいないのか?」

「ビミョーかも。ここはD・Eランクが主体の初心者向けのダンジョンだからね。やっぱり私たちが来る意味はなかったよ」


 その発言に、静九郎は真顔で首を横に振った。


「それは結果論だ。互いの実力を知らないまま強敵に挑むのは危険すぎる。あの協会スタッフの判断は正しいと思う」


 驕らず、慎重。

 いかなる時も万全を期し、その行動には必ず理由があるのだ。

 そういうマインドセットも、やはり経験を積んだプロならではのものだ。

 クルルはニヤけながらため息をつくという器用なことをした。


「ま、そだね。一番奥に行けばCランクまではいるはずだけど、どうする?」

「行ってみよう」


 意気込むサムライに、ギルドマスターはピッと人差し指を立てて忠告した。


「言っておくけどCはかなり強いよ?」

「どれくらい?」

「油断すれば私でも負けるかも」


 クルルは補足として、上位ランクは一つ下のランクの十体分の戦力という目安があること、CランクのレッサードラゴンならDランクのミノタウロスが十体まとめて飛びかかってくるくらいと考えればいいことを教えた。


「ほう」

「だから深追いせず、ちゃんと私と連携して戦うこと。無理だと思ったらすぐ逃げるよ。いい?」


 教えを乞う身である。師の指導には素直に頷いた。


「ああ、もちろんだ」


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