第04話 冒険者の資格
「おはよう」
運命の出会いの翌日である。
一宿一飯の恩義を受けたサムライは平然とした顔で家主に向かって朝の挨拶をした。
「おっ、おはよ! はっ、早起きなんだね!」
無駄に大きな声を出したのは家主である。
顔をタオルで半分隠して照れている。
照れているのは酔った勢いで男を泊めてしまったからである。
宿なし相手に仕方のないことではあった。そしてもちろん……何もなかったわけだが、あまりにも狭い空間で、互いの寝息がかかる距離で、出会ったばかりの男と一夜を共にしてしまった。
こんなことは初めての経験であり……乙女的には意識しないのは難しかった。
しかし……
「もう8時だが。早く座ってくれ。冷める」
クルルの家――家畜小屋ではない――は若干狭いために、ダイニングスペースは外にハミ出していて、野趣あふれる非常に質素な木製のテーブルには、男が用意したワンプレートの朝食が載っていた。
早起きのヤシマ人は5時起きで体操と走り込みと素振りと料理を済ませた。何を言っているんだとばかりの怪訝な顔で見返した朴念仁は、乙女の情緒よりも料理が冷めることを気にしていた。
(こいつ……)
変に意識するのが急にバカらしくなったクルルは、むき出しの切り株……否、木製のイスにドスッと座り、用意されたコーヒーを飲んだ。
「ふぅー」
続いてスクランブルエッグと焼きソーセージをパクつく。
驚いた。
「なにこれ、おいしい……」
スクランブルエッグはフワフワ、ソーセージはカリカリジューシー、絶妙な火の入れ加減なのである。
「どこで買ってきたの?」
不思議だった。
近所は農家の住宅がチラホラあるだけでこんな洒落たモーニングセットが買える場所はないはずだ。
「買ってない。棚にあったのを勝手に使ったぞ」
彼の手料理らしい。
それは別にいいのだが……。
「え、ちょっと待って……いつのやつだろう……」
「状態は確認したし、よく火を通したから問題ないよ。野菜は全滅だ。裏の林に埋めておいた」
「ごめん……」
いきなり生活力のなさが露呈したのが恥ずかしかった。
クルルはこれ以上ボロを出す前にパンで口をふさぐ。
「ん、このパンは?」
パンの在庫に覚えはない。
「さっきもらったやつだな」
「もらった?」
「朝の散歩で通りかかったパン屋で客同士がつかみ合いになっていた。つまみ出して止めさせた。その礼にと店主から」
「なるほど……」
彼女のビジネスパートナーはどこまでもいい人であった。
楽しい時間。おいしい朝食はあっという間に二人の胃の中に収まった。
「ありがとう、美味しかった!」
「うん、よかった」
「料理できるなんて意外だよ。器用なんだね」
「どうだろう。料理は習ったことがないから、こんなものは多分、料理とは言わないんじゃないか?」
(なんだよその理屈……)
男の念頭にあるのは食文化が異様に発達した故郷ヤシマの手の込んだ繊細な料理だ。
卵と肉を焼いて塩をふっただけで大満足している大陸人に、この機微は伝わらなかった。
「いやー、まともな朝ごはん食べたの久しぶりだよ」
「普段は何を?」
そう問われ、クルルは家の戸棚から瓶を持ってきた。
ドンッと置かれたガラスの中には『ヤバい』としか言いようがない色をした液体が入っている。
「なんだ……これ……」
どう見ても雑草とコケを煎じて樹液をショットで追加しトッピングに土を振りかけたとしか思えない液体。
「クルル印の特製魔女ドリンクだよ。栄養満点。試してみる?」
よく見るとそのドス黒……いや緑……いや……とにかくヤバい色の液体は、ほんのちょっとだけ光って申し訳程度に『魔女』要素を主張している。
なんにせよヤバすぎる。
「今度……いや、いつか……機会があれば……」
ドン引きした静九郎は小声でそう言うと食器の片付けを始めた。
* * * * *
「あ、そうだボウヤ」
「ボウヤ?」
朝食後、二人は街に出てきた。
ご機嫌のクルルが歩きながら、隣の相棒に向かって呼びかけた。
今さらだが、クルルは静九郎のことを年下の少年だと思っていた。
鋭い顔つきは大人びているが、よく見ると肌はモチモチ、髪はツヤツヤで……完全にボーイのそれなのだ。
二つか三つは下だろう。
十六、七といったところか。
「お姉さんとしたことが肝心のブツをまだ見せてもらってなかったじゃない?」
「ブツ?」
「ライセンスに決まってるでしょ? 見せてよ」
「ライセンス?」
坊やはかわいく首をかしげた。
「……まさか持ってないの?」
「持ってない。持ってないと……まずいのか?」
「ハァ……しょうがないなぁ。ダイジョーブ! お姉さんが全部教えてあげるから!」
そうして二人がやって来たのは、大きな建物の前である。
頑丈そうなレンガ造りで、色褪せているが逆にそれが威厳を醸し出している年代物のビルヂングである。
「これが冒険者協会東都支部だよ」
「立派な施設だ」
「そ。『ギルド・オブ・ギルズ』っていって、各ギルドと冒険者の総元締めみたいなトコなんだ」
その解説に静九郎は首をひねる。
「ギルドのギルド? どういうことなんだ?」
「一口にギルドといっても余程の大手じゃない限り固定のクライアントなんてつかないんだよ。依頼者も、どのギルドが何が得意とか、そもそもマトモなギルドかどうかすらわかんないでしょ? 有象無象のヘンなギルドがいっぱいあるんだから」
(ウチもそうだろ……)
クルルの説明に頷きながら、心の中でツッコミを入れる静九郎。
「そこで! その仲介と斡旋、契約の管理を代行するのがこの冒険者協会ってわけ!」
「理解した」
「あ、あと冒険者の管理もね。この国で活動するためには、ギルドも冒険者も必ずここに登録しなくちゃいけないって決まってる」
「法律で?」
「うん。その証がライセンス」
「無登録の冒険者は?」
「捕まって牢屋行き」
静九郎は瞑目した。
無資格で就職活動をしていたことを理解したのだ。
一歩間違えばあの場で警備員に取り押さえられていたかもしれない。
「よかったでしょ。私と会えて」
「ああ、助かった」
素直な謝辞にクルルはますますご機嫌になり、相棒に施設を案内する。
「ホラ見て、これがこの都市に拠点を置くギルドだよ」
なかなかの壮観だった。
一流ホテルのロビーのようだ。
その内壁の一面を埋め尽くすように、大小様々な木の札が掛かっている。
ギルドの名やシンボルが掘られたそれらは、ざっと見ても二百以上あった。
「本当にたくさんあるな」
「でしょ?」
「〈ワイルドキャッツ〉は?」
クルルが指差した先。
右上の端っこ、見えないくらい小さなネコの形の木札があった。
小さかった。どうやら札のサイズはギルドの権勢に応じて決められているらしい。
静九郎は不満げなギルドマスターの肩を叩く。
「そのうちドドンと真ん中に掛けてやろう」
「そうね」
結束を固めた二人は意気揚々と受付カウンターに向かう。
「レアさん、やっほ」
そうラフな挨拶した相手は〈ワイルドキャッツ〉の担当職員であった。
二十代後半の優しそうなお姉さんである。
「あらクルル、いらっしゃ……」
「ふふん」
「え!? ちょっとちょっと、もしかして……」
「そ、ウチの新人! ジョーだよ!」
「キャ~! おめでとう! よかったわね!」
喜色満面、受付から飛び出してきたレアがクルルと抱き合う。
仲が良いらしい。
彼女は静九郎にも握手を求める。
「レアです。あなたのギルドを担当しています」
「お初にお目にかかる。十条静九郎と申す」
礼には礼をもって返すのが侍だ。
頭を下げながら握手に応じた。
「ヤシマの人ね?」
「ああ」
「ランクは?」
「ランク? ああ、ランクは……ええと」
またしても出てきた専門用語に静九郎は沈黙する。
クルルが苦笑しながら助け舟を出す。
「この子、国から出てきたばっかりのガチの新人なんだよぉ……新規登録からお願いしたいんだけど」
事情を理解した受付嬢は微笑む。
「もちろん! じゃあコレ、登録申請書、書いてね。ギルドマスターの推薦だから資格試験はパスでいいわね。あ、悪いけど登録料は一律で千ダーラだから」
一文無しは固まった。
千ダーラ。
つまり十五万衣円。
それなりの……高額である。
冒険者協会ではいたずらに会員数が増えて冒険者の質が下がるのを抑止するため、入会金が高めに設定されているのだ。
それはいいとして哀れなのは甲斐性なしの侍である。
(金を稼ぐために金が要るとは……)
セミナー詐欺にでも遭っている気分だったが、払えないものは諦めるより他にない。
「クルル、残念だが……」
その情けない唇を塞ぐように、高額紙幣の束がテーブルに置かれた。
「出世払いね」
優しい上司である。
ただし、ニワトリ小屋に住み、雑草ジュースを飲む少女から大金を借りたことに、少しだけ侍の心は傷んだ。
「すまん……恩に着る」
金の用意ができたので書類を記入する。
記入しようとして、早速壁にぶち当たる。
「名前が入らんな……」
漢字ならまだしも、彼のフルネームを共通語で無理やり表記すると三十文字を軽くオーバーする。
「線で引っぱって下に書いときなさいよ」
上司の指示に従う。
名前の次は年齢だ。
これは簡単。十九と記入。
クルルが素っ頓狂な声を上げる。
「えっ!?」
「……ビックリさせるな」
「同い年?」
「誰と?」
「私と……」
「えっ?」
「えっ?」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「いや、失礼。君は幼く見えたのでな……十五、六かと」
「ハァ!? なにそれ? ガキっぽいってこと!?」
空気の変化を察した静九郎は慌てて次の項目に移る。
「ムッ! 出身地だ。出身地はヤシマ、こぐまヶ原っと……」
「ちょい! コラ! 答えろ!」
クルルにイチャイチャと組みつかれながらも書類記入は順調に進んだ。
静九郎はなぜか共通語をかなり流暢に話すが、読み書きは苦手だ。というより学がないので母国語ですらこうした書類の作成は怪しい。そんな彼でもネイティブの助けを借りれば何とかなるものだ。
「うーむ……」
しかし、ここに来て回答に詰まる。
戦闘スタイルに関する選択式の質問だった。
「何迷ってんの? サムライ一択でしょ」
「そんな選択肢があるものか」
ない場合、自分は何になるのだろうか。
(剣士、戦士、それから武闘家? ……全部同じではないのか?)
自分は剣を使う剣士であり戦場で戦う戦士であり、武芸をなりわいとする武闘家でもある。
武器種も片手剣と両手剣とあるが、片手でも両手でも剣を振るう彼の場合、どちらなのだろうか。
戦いの最中に武器を失えば当然、拳と体術で戦うが、それも書いたほうがいいのだろうか……。
「よし。やはりここは『剣士』にしておこう」
「イヤ、ダメ、つまんない」
堂々めぐりのあとに下した決断は一蹴される。
「全剣士にあやまれ」
「剣士がつまらないって言ってるんじゃないよ。独自性を出さなきゃ! ホラ、『その他』にチェックで、サムライで……あっ!? ちょっとコラ!」
静止も聞かず、静九郎は急いで筆圧マックスで剣士に何重もチェックを入れる。
「これでいい。得体のしれない奴に仕事は来ない」
英断をもって書類記入は完了した。
それを受け取って奥に引っ込んだレアが間もなく戻ってきた。
「ごめんなさい、名前が長すぎて登録できなかったわ」
「あちゃー」
欄外に無理やり書いた名前はやはり長すぎた。
申し訳なさそうにレアが訊く。
「失礼だけど、短くなったりする?」
「問題ない。通称は静九郎という」
「ジョー・クロウね。ありがとう」
今度は大丈夫だったようだ。
大丈夫なんだろうか。
再びすぐに帰ってきたレアが、一枚の白いカードをくれた。
「はい、これがあなたの冒険者登録証」
「かたじけない」
「失くさないでね。始末書じゃ済まないから」
ペラペラの紙のわりに、とても重い責任が乗っているようだった。
券面には、彼の名前、所属ギルド名、そして……
「このランクFというのは?」
「冒険者としてのあなたの等級よ。新規登録の会員は決まって一番下のFから。昇格は本人と所属ギルドからの申請に基づいて協会で審査するわ」
ペラ紙にデカデカと黒インクで書かれた文字は、彼の冒険者としての価値を表していた。
「ちなみにクルルは?」
尋ねるより早く、魔術師はどこからかカードを取り出してドヤ顔で掲げていた。
シルバーに光り輝く金属製の券面には『B』という字が彫られ青い塗料で装飾されていた。
「B……は、すごいのか?」
美少女のキメ顔も、豪華な券面の威厳も、素人には全く通用しなかった。
クルルがズッコケてカウンターにすがりつく。
「レアさーん、こいつに教えたってよ」
「フフ、そうね」
レアが上品に笑う。
「一万人以上の冒険者がいるこの支部でBランクはたったの二十人しかいない」
「ほう?」
「Bランク以上への昇格は所属する支部長の推薦に基づき、皇都本部での審査が必要になる。つまり全国レベルの実力者しかその審査は通らない」
「おお」
「この子はそこまでたった『一年』で駆け上がった天才なのよ」
説明を頭の中で反芻し、数字をなんとなく概算した侍は頷いた。
「……すごい人だったんだな」
「もっと褒めてくれる?」
「おみそれした。さすがは新進気鋭のギルドマスターだ」
Bランクとは冒険者の千人に一人、上位〇・一パーセントの存在である。
そんな存在がわざとらしく背筋を伸ばし、気取って言った。
「ねぇ、レアさん。そんなBランク冒険者の私が率いる〈ワイルドキャッツ〉に任せたいとっておきの高難度案件はないかしら?」
「ありません」
バカバカしい演技も、玄人には通用しなかった。
「あなたたち連携の練習もまだでしょ? まずは簡単なのにしておきなさい」
「えー」
「先生の言うとおりだぞ。慎重にいこう」
侍の言葉にうなずいた百戦錬磨の受付嬢は書面の束をめくり、数枚取り出して渡してきた。
「ウルズシャール洞窟にでも行ってきなさいな。Dランクの依頼が何件かあるから」
「ウルズシャールぅ〜? せめてランザ渓谷にしてよ~」
だらしなくカウンターにもたれる冒険者の頬を両手で挟むと、レアは怖い顔で言った。
「ランザでは神殿騎士団が〈ライオンハーツ〉と合同で討伐作戦中。絶対に近づいちゃダメよ」
「ちぇ〜」
こうして二人の冒険は、穏やかに幕を開ける。
はずだった。
次回『はじめてのダンジョン』、超大型ルーキーの活躍にご期待ください。




