第03話 白猫のクルル②
「――そういうわけでさ、あいつらときたらお金持ちから簡単で儲かる仕事ばかり受けて、本当に助けを必要としている弱い人たちのことなんか見向きもしない。そりゃ強いよ? でも何のための最強ギルドなの? 凄腕集めてダサい商売して、それで冒険者って言えるの?」
早くも酔っているらしいクルルは責めるような、怒るような口調で静九郎に迫る。
彼女の問題意識は、ギルド事情など露ほども知らない静九郎にも想像できた。
理想と現実のギャップ。
冒険者ギルドでなくとも、人間の活動にはどこにでも付きまとう葛藤だ。
若く、正直者で根が真っ直ぐな彼女がその間で苦しんだのは想像に難くない。
男は言った。
「だが、冒険者は軍人でも役人でもないと聞いている。ましてやボランティアでやるものではあるまい。相応のリスクを引き受けるわけだし、食っていくには利益を出さないとな」
賢しらに述べられた一般論にクルルは素直に頷いた。
「もちろんそうだよ。でもそれは冒険者の本質じゃない」
「冒険者の本質とは?」
「軍人じゃない。役人でもない。自由な立場だからできることがあるはず」
静九郎は首をひねる。
「というと?」
「失敗を怖れず、未知の可能性に挑戦できる。だから冒険者なんだよ」
「未知の可能性……」
抽象的な表現に、男はわずかに視線を遠くに向けた。
「まあ、そうだよね。みんなそういう反応する」
ようやく届いたおかわりのタンブラーをまた一気に飲み干したクルルは目を伏せて言った。
「フリーになってから誘ってくれたギルドもたくさんあったよ。一緒に夢を追いかけよう、理想のギルドをつくっていこうってね。ギルドに入りたいって人も何人もいた。でもそういう人たちも結局は……名を挙げて稼ぎたいだけってのがわかっちゃったの」
「名を挙げて稼ぐのが冒険者なんだろ?」
男は周りで騒いでいる荒くれ者たちを眺める。
彼らは富と名声を求めて自らの身を危険に晒している。
その活動の結果がちゃんと社会に還元されているのだから立派なことだと静九郎は思った。
「そうだよ。彼らのことを悪く言うつもりはない。でもやっぱり、私とは目指すものが違う」
「君が目指すものとは?」
クルルはキョロキョロと周りを見渡した後、静九郎に顔を寄せ、にらみつけるようにして宣言した。
「私は〈ワイルドキャッツ〉をこの国で最強のギルドにする。金持ちも貧乏人も、困ってる人を分け隔てなく助けられるくらい……誰にも文句を言わせないくらい、強くなる」
「……」
凄みのある低い声でぶつけられた野心を、静九郎は真顔で受け止めた。
それは子どもの作文よりもよほどクオリティの低い夢物語だった。
「強ければ、救えるのか?」
「弱いよりはね。業界の中での発言力も、神殿騎士団に対する影響力も大きくなる。私は、この国の形を変えられるくらい、強くなりたい」
夢物語というより、前提と目標が噛み合わなすぎて冗談にすらなっていない。
彼らは絶対的な権威主義の世界に生きている一市民なのだ。
ジョーは懐紙で丁寧に口を拭いた。
「言いたいことはわかるが、見えてこないな。俺が指摘するまでもなく、貧民の救済や富の再分配は、構造問題として社会が解決すべき課題だ。君のような一冒険者が考えることか? それとも、武力革命を起こして支配者にでもなるつもりか?」
「そんなんじゃない」
「そうであれば尚の事。冒険者はやめて活動家をやった方が、目標には早く近づくんじゃないか?」
客観的で冷静な言葉は、それがゆえに彼女の心を抉った。
「わかってるよ。でもね」
クルルはエールをグビリと飲んだ。
「家もなく仕事もなく、毎日を苦しんで生きる人たちが現実にいる。私はその人たちをどうしても助けたい。でも私には魔術をぶっ放すしか取り柄がなくて助ける力がない。だから! 冒険者としてこの社会を変えるしかないんだよ!」
突然興奮したクルルの大きな声に、静九郎は目を丸くした。
なにか地雷を踏んだのはわかった。
だが、クルルはハッとしてテーブルに突っ伏し、恥ずかしそうに言った。
「ごめん……ちょっとハイになっちゃった。バカな夢なのはわかってる。笑っていいよ」
しかし、男は笑わなかった。
真剣な表情のまま何かを考えていたが、しばらくしてようやく口を開いた。
「……笑う前に一つ訊く。苦しんでいる人たちを『どうしても』助けたいと、そう言ったな。君がそう思う、そもそもの理由は何だ?」
クルルは顔を隠したまま言った。
「……それは言えないの。内緒。酔っぱらって話し過ぎちゃったの。早く笑って、全部忘れて」
やってしまった。
酔うと気が大きくなって、ベラベラと喋りすぎるいつもの悪癖。
自己嫌悪嫌悪でいっぱいになった頭に、ふと――
「笑わない」
落ち着いた声が短く告げた。
顔を上げたクルル。
その相変わらず真面目な顔が、まっすぐ彼女の目を見て、そう断言した。
「忘れない。素敵な夢だ」
仏頂面から放たれた思わぬ直球に顔が赤らむのを感じたクルルは慌てて三杯目のタンブラーを飲み干した。
心臓が早鳴っている。
これは初対面の相手に自分の稚拙な夢を長々語ってしまい、恥ずかしかったからだと自分に言い聞かせた。
「もっ、もう! 私の話はおしまい! あんたの話しよ!」
「俺の話?」
「そう! ヤシマのサムライが、どうしてこの国に来たの?」
東方人は珍しくもないが、ヤシマ人は珍しい。
ヤシマは排他的な国家で、この国とも正式な国交がないからだ。
「……ちょっとした事情がある」
「まさにその事情を聞いてるわけなんだけど」
「存外、話しにくいものだな……」
「あ、いや、別に無理には聞かないけど」
男は視線をそらして難しい顔をした。
先ほどとは真逆の態度であった。
「あまり人に言えた話じゃないんだ。悪いな」
人に過去を話せない冒険者など珍しくない。
クルルは気にせず質問を変えた。
「じゃあどうして冒険者になろうと思ったの?」
やはり少し間があってから、短い回答があった。
「人を探しているんだ」
「人探し……っていうと家族?」
「いや」
「友達?」
「ちがう」
ひらめいたクルルはパチンと指を鳴らした。
「わかった。恋人でしょ?」
「男だよ。というか会ったこともなければ生きてるかどうかもわからない人なんだ」
「またどーしてそんな人を……?」
「……それも話すと長くなるな」
「そう……」
どうにも話が広がらない。
静九郎は申し訳なさそうに、首をすくめた。
「とにかく俺はその人探しのために金と情報を集めなければならない。そのためには冒険者がベストだと思ったんだ」
「なるほどね」
「だが現実はそう甘くないようだ」
クルルはジョッキを傾けて言った。
「うーん、どーだろ。雇われで、仕事を選ばなければ、それなりには稼げるんじゃない? まあそういう意味でも、あんたが入るべきはウチではなかったのかもね……」
ジョーはいい人だと思った。
下心ではなく、真剣に自分のことを知ろうとしてくれた。
今もこうして素敵な夢だと言ってくれた。
だが……
(彼には彼の目的がある……)
もう解放してあげなくては。
その結論を何と切り出したものか、しょんぼり顔のクルルが迷っていたところ、さきに口火を切ったのはサムライだった。
「その件なんだがクルル……」
「うん? わかってる。付き合わせちゃってゴメンね、ホント。時間を無駄にさせちゃったっていうか」
「やはり俺を、君のギルドに入れてくれないか?」
予想しなかった発言にクルルは固まった。
「…………はい?」
「〈ワイルドキャッツ〉だ。入りたい」
「え、ちょっと、どうしちゃったの急に!? 酔っ払っ……」
真面目な顔で首をふった侍は断言した。
「俺は真剣だ」
クルルはさらに動揺した。
顔がカーっと熱くなる。
「え……え? だって……人探しは?」
「元より自分で歩き回るつもりはない。それこそ非効率だからな。だからこそギルドでの資金調達だが、考えが甘かった」
「だからさ、いきなり大手は無理でも中堅ドコで実績を……」
「そうじゃない」
静九郎は瞑目して首を振った。
「甘かったのは、金払いに気を取られて、ご立派なギルドが俺の剣を何に使うかについて考えていなかったという話だ。君は示した。是が非でも助けたいという『苦しんでいる人たち』。その未来を斬り拓くために、俺の剣が役に立つなら」
それはもうプロポーズだった。
男の視線と言葉に射抜かれ、少女の体は中心まで熱たくなった。
「ほ、ホントに? ホントに入ってくれるの……?」
「ああ」
「やっぱなし、とかはこ、困るよ……あと、探し人がすぐ見つかってすぐ抜けられたりしたら……」
上目遣いで、震える声で……何度も確認され、侍は表情を緩めた。
「武士に二言はない。微力ではあるが、十条静九郎、君の夢の実現に力を貸そう」
そう言うと、なんと静九郎は自分から右手を差し出したのであった。
「あっ、ありがとう!!」
感激したクルルは目を潤ませてその手を握ろうとした。
しかし男はその手をスッと上に躱し、一言付け足した。
「タダ働きはしない。金は依然必要だ。働きに見合った報酬はもらう。だから、そう、俺たちはビジネスパートナーだ。いいな?」
「うん……! うん!!」
男はようやく女の手を握った。
女は嬉しさのあまりブンブンと上下に振った。
ここに雇用契約が成立した。
* * * * *
「飲み過ぎだぞ……」
「いいじゃーん、嬉しかったんだーからー」
電撃的なコンビ結成から二時間後――
静九郎はベロンベロンに酔っ払ったクルルを抱えて夜道を歩いていた。
彼女は細身なので寄りかかられても重くはないのだが……先行きが不安である。
「ねえ、ジョー」
酔っぱらいが訊いた。
「そういや、あんた家は?」
「ない。当分は野宿かな」
サラッと重大な告白を聞かされたクルルは足を止め、身体を離す。
「え、宿……ってかお金は……?」
「ない。メシを食ったのも久しぶりだった。かたじけない」
手を合わせヤシマ風に『ゴチ』を表現する侍。
クルルはボンヤリする頭で状況を整理し、言った。
「えっと……ウチ来る?」
「いやまさか、そこまで世話になるわけには」
このルフレシア地方は夏でも夜はそれなりに冷える。
野宿など論外だ。
優しい少女は少し笑って男の腕を取った。
「もう、いいから行くよ!」
「いやホントに……」
「大事なビジネスパートナーに風邪を引かれたら困るって。チャキチャキ歩く! ホラ!」
そうして連れてこられたのは街からだいぶ離れた農村の、質素だが頑丈そうな造りの家だった。
「これが君の家か」
「ちがうちがう、こっちだよ」
ちがった。
その隣にあった建造物だった。
建造物というか非常に質素な――家畜小屋だった。
(ニワトリ小屋かな?)
立ち尽くす静九郎に厳しいツッコミが入る。
「あー! 今、『ニワトリ小屋かな?』って思ったでしょー!?」
「いや、どう見ても……」
「ちーがーいーまーすー。ニワトリ小屋を改装したんですー。ニワトリ小屋なんかじゃありませーん」
(やっぱりにわとり小屋じゃないか……)
ここで男は重大な問題に今更気づく。
「ム、待て、これは間違いなく一人暮らしだよな?」
「そーだよ。だったら何?」
頭がポワポワの酔っ払いは開き直っているが、侍はその両肩を掴んでガタガタと揺らした。
「何じゃない。今日会ったばかりの女性の家に泊まれるか」
「なにそれ? なんかするつもりなの?」
「そんなわけ……」
「じゃあ、いいじゃない」
あっけらかんと言ってクルルは鶏小屋の鍵――意味はあるのだろうか――を開けて中に入り、フカフカのベッド……の代わりの藁の上にダイブした。
静九郎はため息をついたが、今日はもういい加減に疲れている。
やむを得ず、彼女の隣に横たわった。
「言っておくけど、あたし、誰でも家に上げたりするわけじゃないから」
手を伸ばせば余裕で届く距離から、少女の声がかかる。
「俺はいいのか」
男の問いに、少し間を置いてから返答があった。
「あんたはあたしの夢を笑わなかった」
「ああ」
「力を貸してくれるって言った」
「言ったな」
「嘘じゃないよね?」
「嘘じゃない」
女は男の逞しい腕に、スルリと両腕を巻きつけた。
「だからいいの」
「そうか」
二人はまもなく眠りに落ちた。
次回『冒険者の資格』、いよいよお約束の『アレ』があります。




