第02話 白猫のクルル①
運命の逆ナンパから一時間後――。
静九郎が連れてこられたのは街の中心街からだいぶ離れた街区だった。
大きな旅館と大きな商会の間に、中くらいの空き地があり、小さなボロボロの馬小屋が立っている。
そのツギハギだらけの馬小屋の前で――満面の笑みの少女が両手を広げた。
「ようこそ! 新進気鋭の新生ギルド〈ワイルドキャッツ〉の本部へ!」
その笑顔は狂気じみていた。
「し、新進気鋭の…………馬小屋?」
かろうじて発した静九郎の指摘。
それをクルルは不服そうに否定した。
「失礼ね。馬小屋を改装したの。馬小屋じゃない」
(正真正銘の馬小屋じゃないか……)
馬の家を本部と言い切り、威張っているギルドマスター。
どう考えても、まともではない。
この東都で一番勢いがあるギルドと彼女は言った。
だからこそ着いてきたのだが……それは彼女の妄想、あるいは醒めない夢を見続けている可哀想な人だったようだ。
「失礼、ちょっと用事を思いだ……」
「さあさ、入って入って。遠慮しないで。自分の家だと思っていいから」
(思いたくない……)
異様な剛力で腕をつかまれ、強引に引きずりこまれた建造物の内部には、なるほど確かに馬はいない。
牧草の匂いも――そんなに――しない。
しかし、小さな椅子が二つ置いてある他には……何もない。
その一つに座らされた男は訊いた。
「どうして君は……馬小屋を本部にしてるんだ?」
「土地買ったらお金が……じゃなくてビルのデザインが決まらなくてねっ……! とりあえずだよ、とりあえず……! もうやだなー。ここにはドカンとすごいのか建つんだってば」
そう聞いて静九郎は少しだけ安心した。
ここは本部ではなく本部建設予定地なのだ。簡易改装の元・馬小屋は仮社屋で、ほどなく跡形もなく取り壊される運命にあるのだ。
クルルの脳機能に関する不安は若干薄れたが、もう一つ重大な疑問があった。
「それで、他のメンバーは?」
本部ビル(仮)の中には誰もいなかったのだ。
クルルは首を傾げた。
「いないよ」
「いない?」
「私がマスター。あなたがメンバー。以上、ギルド紹介おわり」
「……」
今度こそ静九郎は何も言わず、立ち上がって馬小屋を出ようとした。
「待って!!」
ギルドマスターは異様に俊敏な跳躍をみせた。
サムライに飛びつき、そのまま慣性と重力を利用してその長身を仰向けに押し倒したのである。
「ウグっ、何をっ……!」
「お願い!! 行かないで!! 見捨てないで!!」
なかなかの……修羅場であった。
床板に組み伏せられた侍は女子の顔を下から見上げ、嘆息する。
女性に乱暴をする趣味はないし、この程度のことでブチ切れるほど器が小さい男ではない。
だから顔をそむけて弱々しく言った。
「いや……これではギルドとは到底……」
その困り顔にクルルはさらに自分の顔を近づける。
「今はまだ小さいギルドだけど、これから大きくなるんだから! あなたのお給料もちゃんと払うんだから!」
必死になるあまりに――悲愴な面持ちで――ごく当たり前のことを叫ぶ。
だが静九郎も馬鹿ではない。
「どうやって?」
「え?」
「この有り様でどうやって給料を払うんだ? 君は十万ダーラと言ったんだぞ?」
当然の疑問だった。
「それは……その……私が体を売ってでも……」
その不用意な回答に、仰向けの男は顔をしかめて露骨に不快感を示し、強く首を振った。
「そんな金はいらない。見くびってくれるな。俺は……」
カッコいいことを言って起こしかけた大きな身体が、再び馬小屋の床に叩きつけられる。
侍の目からは火花が散った。
驚くべきクルルの馬鹿力であったが、男女が逆なら刑事事件である。
否――逆でなくとも大問題である。
「イッ……! 何をする!」
「お願い! 力を貸して!」
「お断りだ! 俺は遊んでいるわけではない!」
「遊っ……!?」
その言葉に、クルルは傷ついた。
強がっていても本当は繊細な娘である。
元同僚たちの冷たい視線。
同業者に言われた心無い言葉。
彼女を傷つけた数々を思い出し、大きな瞳に涙がにじんだ。
「私だって遊んでなんかない……!」
ぽた、ぽた、と男の顔に大粒の涙が落ちてきたので、男は慌てて謝る。
「いや……すまん、言葉が過ぎた……」
クルルはブンブンと顔を振り、袖でゴシゴシと顔を拭くが、悔しさがこみ上げてまたポロポロ、ポロポロと涙が溢れ、とめどなく流れる。
「うっ、くっ……!」
悲しい感情を、留めることができなかった。
ついには男にしがみついて声をあげて泣き始めてしまった。
* * *
しばらくして――。
「ごめんね……会ったばかりのあなたにこんな……」
「いや、こちらこそ……」
疲れきった二人は馬小屋の小さな椅子に座ってお湯を飲んでいた。
お湯である。
茶葉はなかったのだ。
クルルはまだしょんぼりしている。
不憫な少女を打ち捨てて出ていけるほどガッツのない静九郎はまだ付き合っている。
「冒険者稼業ってね、一人だと中々仕事がないの」
「そうなのか」
「こう見えて腕はいいんだよ? でもさ、私って美人じゃない?」
「うん……え?」
突然のジョークに驚いた静九郎は顔を上げたが、クルルは真剣な顔で宙をにらんでいる。
ジョークではなかったらしい。
「ナメられるんだ。小娘がって……早く結婚しろって……勘違いした依頼人から言い寄られることも何回かあって……」
「それは難儀だな」
モテるのは事実なようだ。
だがそんなことは彼女の本意ではない。
「でも、あんたみたいなイカついメンバーがいればナメられることはない」
「イカついって……」
「本当だよ。私たちの実力を示す。そうすればどんな仕事だって取ってこれる」
「どうだろうか。そんな簡単にはいかない気がするが……」
自分で言った言葉にハッとして、クルルはいきなり立ち上がった。
「そうだよ! 二人ならパーティーになる! 広域の調査任務だって! 危険な魔物の退治だって! いろんな仕事が請けられるようになるんだよ!」
「……うーん」
決断を渋る男に、クルルはその美しい顔を近づけて言った。
「あんたの剣には一千万の価値があるんでしょ? ウチでそれを証明してよ。じゃないと、大手ギルドはおろか、中堅ギルドだって雇ってくれないよ」
「……まあ、一応筋は通るが……」
その時――
静九郎の腹の虫がグゥルルと鳴った。
「よしっ! 行こっ!」
クルルは勢いよく男の腕をつかむ。
「どこへ?」
「酒場だよ。パーッとやろ!」
「待ってくれ。まだ入るとは……」
当惑する侍に、少女は笑って首を振った。
「そうじゃなくて。迷惑かけたお詫びにさ。ご飯オゴるよ」
* * * * *
腹ペコの侍は何度か抵抗をみせたが、結局オゴリの誘惑には抗えず、クルルに連れられて冒険者が集まる安酒場にやってきた。
店内は賑やかだ。
というか、うるさい。
まだ日も高いというのに荒くれ者たちが今日の稼ぎで一杯……いやもう何杯もやっているのだ。
「よう、クルル」
店に入るなり声をかけてきたのは、ゴツい鎧のオッサン冒険者だ。
「よっ、エディルト、怪我治ったの?」
「すっかりいいぜ。お前のくれたゲロマズ薬草茶のおかげでな」
「気に入ってくれたなら次はもっと不味くするから」
「もうヘマはしねえよ。見ろこの鎧を」
「すっご! 高そう!」
「全財産をつぎ込んだ最高級品だぜ」
「かっこいいけど似合ってなーい」
オッサンの肉厚の肩をペチンと叩いたクルルに次に声をかけたのは女冒険者集団だ。
「クルル~!」
『こっちこっち!』と彼女に手招きをしている。
クルルは片手を上げて謝った。
「あー、ごめん、今日は連れいるんだ」
「え~!? 彼氏!?」
「ついに!?」
「ウソっ!?」
「ちがっ! そんなんじゃないよ!」
そのあともそんな感じで交流が続き、人気者が空席に座るには時間がかかった。
「プハーッ! うまい! おかわり!」
木製のジョッキで乾杯し、いきなりそれを飲み干したクルルを、静九郎はジッと見つめて言った。
「顔が広いんだな」
「まあね。もう三年はこの街にいるし、ちょっと前まで某最大手ギルドにいたから」
侍は瞠目して驚いた。
「〈ライオンハーツ〉に? 君が?」
「そ。トップチーム〈キングスプライド〉……驚いた?」
「そうだな……失礼だが、あまり強そうには見えない」
「そりゃあそうよ。言ってなかった? 私は――『魔女』なんだから」
不敵に笑ったクルルが指を鳴らすと、静九郎のジョッキがふよふよと浮いて吸い寄せられた。
魔法である。
魔法とは選ばれし者だけが使える神秘の術だ。
それを、酒のスティールに使っている選ばれし者は嬉しそうにジョッキに手を伸ばしたが、静九郎は無表情でそれを奪い返すと一気に飲み干した。
「ああっ」
「どうして辞めたんだ? 名門ギルド、それも魔術師なんて、待遇はよかったんだろ?」
その質問にクルルはおツマミのナッツを口に放り込んでから答えた。
「気に入らなかったから」
「何が?」
「全部」
「具体的に言ってくれ」
「だから全部よ全部。つるんで威張って、もったいつけて、考えてるのはいかにラクしてクライアントから金を巻き上げるかってことだけ。それがあいつらの全部で、私はそういう全部が気に入らないってこと」
予想していなかった回答に、静九郎はしばし天井を睨んで考えてから言った。
「大きなギルドだ。メンバーも多いんだろ。効率的に利益を出さなければ、組織を維持するのも大変なんじゃないか?」
「……それはそうだよ。でも、あいつらのはそういうレベルじゃない」
* * *
ちょうどその頃。
クルルが散々になじった『あいつら』が、その本部ビルの最上階のハイグレードな会議室で定例の会合を開いていた。
「以上のように、今期は部門全体で委託費が前月比で五パーセント、前年同期比では十二パーセントの増となりました。公共管理部門からは以上です」
しっかりした身なりのオールバックの中年男性が報告を終えた。
あとを引き取って神経質そうな瓶底メガネの痩せた男が切り出す。
「最後に経理部から全部門の業績に付いて報告いたします。結論から申し上げます今期の受注総数は全国で八百六十八件、売上は一億一千万、経常利益は前年同期比二千四百万ダーラの増益となります」
おお、と満足そうに頬を緩める出席者たち。
議長席に座る最高責任者の男が仏頂面で頷く。
「素晴らしい」
厳かでよく通る声。こんなビジネスシーンとはかけはなれた筋骨隆々の肉体。このギルドの主、ヴィクター・ライオンハートの名は、経営者としてよりも『伝説の英雄』として大陸に響き渡っている。
「増益の主因は……なるほど、公共部門か」
「はい、全国で魔物の活性化が見られたことで諸侯や神殿騎士団からの受注が大幅に伸びました。またHR部門も合理化を進めております。選択と集中を進め、コストの高いエージェントを数人解雇しましたので、その分が浮いた形となります」
ライオンハートは手元の資料でその報告の裏付けを取る。一流ギルドの一流職員が作り上げる資料はデザインが極限まで洗練されており、一目で必要な情報が流れるようにスッと頭に入ってくる。
「無駄が減り、新規先が増加したのはいいことだ。だが忘れるな。売掛金の回収をするまでは未確定利益だぞ。期日を切り、未払いには法的手段を取れ。貴族も平民も関係ない。容赦はするな」
その言葉に経理部門の責任者は目を丸くした。
「これまでは慣例として期日延長を二回まで認めておりましたが……よろしいのですか?」
「よい。まさに戦略を変えるべき時だ。魔物の活動が上昇基調にある今、不良債権のマネジメントに割くコストが惜しい。我々の力を必要とするクライアントはいくらでもいるのだから」
「おお……」
役員たちの大げさリアクションに気をよくすることなもく、ライオンハートは指示を続けた。
「戦力の補充にも積極的に取り組め。A級B級にヘッドハントをかけろ。他ギルドとの関係悪化をためらうな。諸君……」
伝説的冒険者は初めてにやりと笑った。
「稼ぎ時だぞ」
レートは1ダーラ=150衣円のイメージです。




