第13話 野良猫作戦会議
そこから暴れ狂うクルルを落ち着かせるのに、静九郎はドラゴンを倒すよりも多くの労力を要した。
「で、うちが潰れるというのは?」
「協会の受注資格規則が改正された」
「改正?」
「冒険者が協会から依頼を受注する場合、今まではパーティー内に適正ランクが一人でもいればよかった。それが新たに算定される『パーティーランク』基準になった」
静九郎は眉をひそめた。
「何を言ってるかわからない。どういうことだ?」
「私がBであんたがF! 今まではB案件まで受けられたけど、この新基準じゃCランクパーティになるでしょうが!」
ダンッ! ダンッ! とペラ紙に天誅を下す雇用主を、静九郎は羽交い締めにして、その蛮行を止めた。
そして基準が示された簡素な表を見る。
新しいパーティーランクの算出方法が記載されているのだが、算術に疎い侍には今ひとつピンとこなかった。
「あー……ああ?」
「完全にウチに対する狙い撃ちだよ! あのクソオヤジは、〈ライオンハーツ〉は、それだけあんたが欲しいんだね!」
静九郎は首をひねる。
「いやしかし……そうであれば、これ、他のフリーランスや中小ギルドにも凄まじい影響があるんじゃないか? どこもランク規制ギリギリの案件をどうにか受注してやってるんだろ?」
「そうだよ……でも……」
クルルは暴れるのをやめ、力なくうなだれた。
「前から経験の浅い連中が実力に見合わない依頼を受けて被害が出るケースは多かったの。ルール改正の話は何度もあったけど、その度に中小ギルドが猛反対して先延ばしにしてきた」
自分はその反対運動の先鋒に立っていたのだ。
彼女にとっても規制の甘さが命綱だったからである。
「それがいきなり強行改正……か」
「冒険者の安全のためっていえば、それまでなんだけどさ……」
クルルは静九郎から離れ、空中からコップに水を注ぐと一気に飲み干した。
「終わったよ……零細ギルドは今度こそ全部潰される。断言してもいい……クソッ!!」
彼女の過剰な魔力が注ぎ込まれパンッ! と粉々に割れたコップを、侍は嫌そうに眺めた。
「とにかく、投げやりになるな。俺のランクを急いで上げればいいんだ。とりあえずCくらいあれば十分だろ」
とりあえずC――Fランク冒険者はそう言った。
「無理。ランクアップの申請も一年に一回、一段階ずつになった……」
「お……それは……露骨だな……」
ここに来て『狙い撃ち』を感じた静九郎はゲンナリした。
クルルはカウンターに頭から突っ伏した。
「チクショウ……せっかく最強の野良猫を拾ったのに。ホントはSランクパーティーなのに……!」
静九郎は優しくその肩をさする。
「諦めるのはまだ早いぞ。要はメンバーの平均を上げればいいんだ。今度はちゃんとした高ランクの野良猫を拾えばいい」
その手のひらからクルルの心に温かいものが流れ込んで、怒りと悲しみの嵐はいくぶん凪いでいった。
「簡単に言わないでよ……C以上のフリーなんていないんだからさぁ……。いたって実質、大手ギルドの下請けとかだし。そんなの雇うお金はないし」
駄々っ子のようにスネる上司に、部下は断固として首を振って見せた。
「いや、ちがう。ウチだって実力は大手に負けてない。事務所も立派になったし、マスターはもっと立派な人だ」
「!?」
「自信を持て。金だけは確かにないが、それでも入ってくれる人はきっといるよ」
その飾らない激励が相手の顔を真っ赤にしたことには、ピュアな侍は気づけなかった。
「簡単に言わないでってば……」
「わかった。今日はもう飲みに行こう。ヤケ酒だ」
* * * * *
そうして〈ワイルドキャッツ〉の二人は冒険者が集まる飲み屋街へ向かったのだが、その道すがら、突然静九郎が言った。
「クルル、やっぱりいつもの酒場はやめておこう」
「え?」
「みな考えることは同じだ。つまり、酒場は大変なことになっているはずだ」
「だから行くんだよ。みんなと意見交換してさ、一致団結してさ、協会に猛抗議して……」
「無駄なことだ。どうせ俺たちの意見がお偉方に届くことはない。そもそも聞く気がないから入り口を閉め切ったんだろ」
「う……」
「それよりも、同業者が後手に回るうちに対応を考えたほうがいい」
「まあ、それはそう」
「なら、うってつけの場所に心当たりがある」
賢しらにそう言って踵を返した侍が相棒を案内して入った店は、酒場というより……ものすごくオシャレなバーだった。
ハイグレードのオンパレードだ。
店内は品のいい調度品が完璧なボリューム感で配置され、照明も必要十分にコントロールされている。
店内は満席だが、うるさいといったことはない。身なりの良い客たちは堂々と楽しげに会話をしているのにその内容まではなぜか聞こえてこない。
そういう振る舞いができる紳士淑女の社交場なのであった。
「落ち着いたか?」
「こんなお店があったなんて。ジョー、あんた、よく知ってたね」
カウンターに陣取り、背中を丸めてヒソヒソ話をする野良猫たちは、若干の場違い感が否めないが、穏やかなバーテンダーは丁寧にメニューの説明をしてくれた。
「ちょっと前に見つけて目をつけていたんだ。来るのは初めてだ。君と来ようと思ってな」
無骨な戦士とは思えない機微、そしてさりげなくも百二十点の回答は、乙女心に否応なしに刺さる。
「あんたは……ホントにどんな時でも冷静だよね」
「ん?」
「正直、かなり頼りにしちゃうよ。ホントは私がそうならなきゃいけないんだけど。ゴメン」
降参とばかりに、大きく肩を落としたクルルは素直に言った。お前は頑固だから素直になれる相手を見つけろと亡き師に言われた。その意味をクルルはようやく理解した。
だが当人はなぜか眉間にしわを寄せた。
「冷静? 俺が? まさか」
ロックグラスに入った琥珀色の液体をあおった静九郎は厳しい表情で言った。
「ルフレシアに来て半年。俺はまだこの街のことがよくわかってない観光客みたいなものだ。君たちとはものを見る視点が違う。だからこんな店を見つけたりもする。だから冒険者協会の壁を見た時からずっと思ってたんだ」
「壁?」
「壁一面を埋め尽くすギルドの札……いくらなんでも数が多すぎる。正当な競争が行われる環境であれば、中小零細のギルドはたぶん半分も残らないだろう。そうならないのはなぜか?」
「……」
「協会の手厚い保護があるからだ。本来あるべき競争と代謝を妨げ、結果として冒険者全体のレベルを低下させているように見える」
「う……」
忘れがちだが、彼女のビジネスパートナーはただのマッチョな狂戦士ではない。
故郷ヤシマの内戦において十年にわたり戦い抜いた経験豊富な元兵士である。
集めた情報を整理、俯瞰して敵の意図や戦況を把握する戦術眼こそが、静九郎の神髄である。
「聞いた話では、中小ギルドの任務中の死亡率はずっと高止まりしているらしいな。実力に見合わない依頼を受けられるからだ。当たればデカいが、外せば死。まるで博打だ。そんなことをしていては依頼者にも迷惑だ。今回の改訂はそこに踏み込んだものだろう。協会の姿勢は理解できる」
理路整然となされた冷静な分析は、零細ギルドが目を背け認めようとしなかった構造問題を見事に射抜いたものだった。
「結局……時代の流れなんだよね。昔から冒険者は勇猛果敢であれという業界の風土があった。短期的な利益にこだわって安全を軽視してきた。だからランク規制が導入された。その基準が甘かったから規制が強化された。そう、この先も規制と対応のイタチごっこを繰り返すわけで、ついてこれないギルドはどこかの段階で解散するしかない……ってことか」
クルルの状況分析に、大きく頷く静九郎。
「そうだ。ここまでが部外者としての感想。解散間際のギルドの当事者としてはまあ……ちょっとどうしていいかわからない……ドラゴンの方がよっぽど気楽だ」
侍はうなだれる。打開策がないのは彼とて同じである。
「落ち込んでばかりじゃしょうがない。状況を整理しよう。今後の展開を、君ならどう予想する?」
クルルは姿勢を正した。
リーダーとしてこの窮地をしのぐ責任が彼女にはある。
「ほとんどの中小零細ギルドってのは、ギルドマスターの一枚看板でやってるんだよね。マスターはだいたいCランクで、Bランクはたまにいるくらいかな。で、一番需要が多く報酬もそれなりのC ランク案件を、受注条件ギリギリで受けて何とか稼いでたってのが実情だよ。っていうかウチもそう。でもこれが禁止になった」
「書類上は君一人のギルドに戻してBランクの依頼を受けられないのか?」
「無理。ソロは制限がめちゃくちゃキツいんだよ。Bランクの私が一人で受けられるのはCランクの案件までなんだけど、それも受託人数の要件がない場合だけ。Cランク以上の案件は、だいたい最低受託人数が設定されるから」
静九郎は感心した。精緻な安全管理は先進国の威厳だった。
「まあ当然だな。あんな魔境、何が起こるかわからん。一人で潜るには危険すぎる」
「そ。だからあんたが入ってくれてウチは晴れて、正真正銘のBランクパーティになったと思った。なのに……なのに!!」
苛立ちを隠せないクルルに、静九郎はカクテルのおかわりを注文してやった。
「おそらく条件のいい高ランク案件は、大手や準大手の連中に根こそぎ吸収される。つまり中堅・中小ギルドによるDランク以下の顧客と依頼の争奪戦が始まる。実入りが少なくとも貴重な食い扶持だ。明日の朝には協会も再開するだろうが、当然、地獄の有り様になるだろうな」
クルルはハッと顔を上げた。
「そっか、レアさんは知ってたんだ! それで、私たちのために新しい規制でも受注できる依頼をかき集めてくれたんだ。少しでも長く私が時間を稼げるように……」
不正スレスレのお姉さんの温情だった。涙目になった少女の背中を静九郎がさする。
「あとは前に嫌がっていた合同受注だな。寄せ集めでもランク要件さえ満たせば高ランク案件の依頼ができる。得点の高いクルルのおかげでウチと組みたいパーティは多いはずだ。ウチにとっても悪い話ではない」
「そうだけど……微妙」
「なにかあったのか?」
「……私、あんたと組むまでソロだったわけだけど、なんでかわかる?」
「誰も君と組みたがらなかったからじゃないのか?」
「信頼できる人としか仕事したくないの!」
朴念仁に肘鉄を食らわせて、クルルはカクテルグラスをあおった。
「そりゃあね、何件か受けましたよ。ソロだったから。で、まあ組む相手はC案件を受けたいDランクパーティとかだったわけ。あー、当時の基準でね」
「D……は、弱いのか?」
今一つ強さのバランスがわからないFランクがぼやいた。
「まあ、うん。一番人数が多いけど、ほとんどが専業でやってけるレベルじゃない。アマチュア」
「つまり、合同受注といいながら実質的な負担は君に押し付けられる、というわけか」
「それだけならまだいいよ。一番ダルいのが報酬の取り分でモメる時。何もできなかったクセに、要求だけはゴリゴリしてくるわけ。クルルは何の役にも立たなかった、Bランクなんて名前だけだって、弱ければ弱いほど必死にね。私はそういうの、不誠実だと思うし、すごく嫌な気分になる」
クルルはフェアな性格だ。相手にも自分にも公正を求める理想主義者。
しばらく黙って考えた男はポツリと言った。
「案外、そいつらは真面目にそう思ってるのかもな」
「え?」
「上からは見えても下からは見えない景色は多い。何事もそうだ。余裕がなければ視野も狭くなる。その人たちはまだ道の途中なんだ。一番苦しいところだ。俺たちも見た景色だ」
クルルはじっとグラスを見つめた。
暗い憤りは炭酸のシュワシュワとともにどこかへ消え、じんわりと温かい気持ちが広がった。
「あんたってさ、人間が出来てるよね……」
「当然だ。でなければ君の隣にはいない」
もう! と相棒の肩をひっぱたく。
周りからはイチャイチャしているようにしか見えない二人。
素敵な夜だった。
〈ワイルドキャッツ〉はこれからだ。クルルはそう確信した。
「やってみよう。低ランクでも合同でも、どんどん受けて力を溜めるしかない」
「その意気やよし。揉め事は俺に任せておけ」
「それはいいや……よけいこじれそうだから……」
書き溜めはここまでになります。連続投稿にお付き合いありがとうございました。
次回から『冒険者のプライド』編が始まります。久々にアクション満載でお送りします(多分)
皆様のご声援をいただければ筆が早くなります(絶対)
乞うご期待!




