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第12話 倒産の危機

冒険者ギルド〈ワイルドキャッツ〉、本格始動!


……あれ?

 裁判から半年後のことである。

 神聖ユルサル教皇国の東の都ルフレシアの一角で、二人の冒険者が快哉を叫んだ。


「見事だ」

「カッコいい……!」


 二人がいるのは官公庁が立ち並ぶ旧市街の、北に位置する新市街の一等地である。

 ここはかつて、独特の香りを持つ馬小屋が建っていた場所だ。

 かの素朴な伝統建築は今はない。

 無情なる解体工事の後に、ピカピカの三階建てビルヂングが建立されたからだ。


「ああ……最高!」


 そそり立つ白亜の壁を前に、魔術師クルルが感涙にむせんだ。

 この高級物件の原資はもちろんアレだ。先日ドラゴン退治のいざこざの果てに神殿騎士団から『モロモロ含めて』と支払われた多額のキャッシュである。

 ギルドマスタークルルはその不浄な資金の全額をつぎ込んで、彼女が望んでやまなかったものを手に入れた。

 すなわち、冒険者ギルド〈ワイルドキャッツ〉本部ビルである。


「早く中を見よう」


 いつまでも外観に見惚れているギルドマスターを、唯一のギルメンが促す。

 十条静九郎。ヤシマの侍である。

 いつも冷静で感情表現が不得手な彼も、今日は心なしか頬が緩んでいるように見える。

 二人して門扉――特注の、黒猫をかたどった看板付き――を開けて中に入り、三階まで一気に上がる。

 三階は居住スペースとして三部屋とクルルの魔法技術をふんだんに使ったシャワールームがある。


「広いィ! 私、今日からここに住むから!」


 一番広い居室の床に「大」の字に寝そべったクルルが宣言した。


「今の家はどうするんだ?」

「あー、売るよ。あんなにわとり小屋」

(認めたな……)


 街はずれの農村にある彼女の現『住居』の実態について、静九郎がコメントを発することはなかった。


「あんたはどうすんの?」


 問われて男は首を振る。


「今のところ荷物もないし、隣の宿屋で十分だ」


 彼はこの土地と馬小屋の売り主である隣の旅館〈ゴルデネカッツェ〉に世話になっている。

 クルルはピクリと眉を動かす。


「ふーん……そう、でも、部屋あるしここに住めば?」

「宿屋暮らしは気楽でいい。飯は美味いし、掃除も洗濯もしてもらえるしな」

「そ。別に無理にとは言わないけど」


 面白くなさそうに言ったクルルは階下も見て回る。侍もそれに従う。

 一階、二階はまだがらんどうで、それぞれ商談スペースや冒険者のミーティングスペース、ダイニングやライブラリ、オペレーションルームになる予定だ。

 だが、まだ二人しかいないギルドにはそれらのカッコいい設備の使い道がないため、いつでもレイアウト変更が可能なようにあえて壁を置いていないのだ。

 クルルはご満悦だった。


「ヘヘッ、立派すぎて笑っちゃうよ。もう馬小屋ギルドとか言わせない。え? そうでしょ? こんな凄いオフィス、他にどのギルドが持ってると思う?」

「誰も持ってないよ」

「誰も? ウチが一番ってこと?」

「そうとも。ウチがナンバーワンだ」


 忠実な部下の返事に気をよくした社長は大きく息を吸って腕を組んだ。


「ナンバーワン。そうだよ。ナンバーワンギルドに相応しい家具のレイアウトもしっかり考えないとね……」


 クルルが目を閉じて空想の世界に行ってしまったのを、隣の男は悩ましい顔で眺めた。


「……うん。レイアウトもいいが、まずは仕事を探した方がよくないか? テンションに任せてあの男から貰った報酬を全部使ったが……、肝心の家具が買えなくてはな……」


 クルルは知らなかったが、この時ワイルドキャッツの金庫は底を尽きており……、一部の建具の不足分は静九郎が個人資産から補填していたのだった。


「それもそうだ。じゃ、私は早速協会に仕事探しに行ってくる! あんたはさっき渡した買い物リストをお願いね!」


 弾むような声でやる気まんまんに指示を出すリーダー。

 その切り替えの速さに、静九郎はフフと笑った。


「心得た」


* * * * *


 そうしてやって来たおなじみの冒険者協会で、クルルは担当の職員に上機嫌で声を掛ける。


「やっほ、レアさん」


 いつものようにカウンターに佇んでいたレアは、だが上の空で、目の前のクルルにも目をくれず何かを考えている。


「レアさん? おーい」

「ああ、ごめんなさい。クルル、いらっしゃい……って、なんだか嬉しそうね」

「わかる? あーん、わかっちゃいますか?」

「わかるわよ。で? ジョーさんと何かあったの?」

「ち、ちがうよ! ホラ、この前から建ててたウチの本部ビル、ついに完成したの!」

「まあ! おめでとう!」

「レアさん見に来てよ、すごいから!」

「もちろん、お祝い持ってくわ。あ、でも……」


 その時。カウンターの奥から怒鳴り声のような声がした。

 レアがため息をつく。


「ちょっとバタバタしててね。しばらく難しいかも……」

「今の声……協会になんかあったの?」

「えーと、うん……ちょっと上が運営会議でモメてて……」


 再び怒鳴り声がしてレアが身をすくめる。

 その疲れ果てた顔を見てクルルは不安になった。


「レアさん、ホントに大丈夫……?」

「うん……まあ大丈夫よ。いつものことだから。そんなことより……、彼はどうしたの?」


 無理して笑顔を作ったレアに、クルルは話を合わせた。


「ああ、買い物頼んでるの」

「そうなの。で、どう? その後」

「その後って……」


 ニヤリとされて、クルルはその真意を悟る。


「ちょっと、な、なんもないよ! あいつとはそういうんじゃ……」

「あらあ? 私が聞いてるのは、そうじゃなくてよ。ほら、いい人なの? つまり、ギルドはちゃんとやれてるの?」

「え! ……うん。ジョーは……いい人だよ、っていうかビックリするくらい立派な人」

「よかったわ。外国人のメンバーって結構トラブルになったりするんだけど、あなたがそう言うなら心配いらなそうね。依頼もちゃんとこなしてくれてるし」

 その懸念に、クルルは虚を突かれた思いだった。


「外国人……ねぇ。ジョーは共通語もペラペラだし、宗教とかも特にないみたいだから……うん、あいつが外国人なの忘れてたくらい」

「そうだったわね。そういえば彼、なんであんなに普通に話せるの? ヤシマって共通語圏じゃないわよね」

「それなんだけど……」


 クルルの顔が曇った。


「実はジョーはヤシマの戦災孤児でね。育ての親が………」


『ヤールスデン人の宣教師だったんだ』

『え?』

『育ての親というか、そいつはグロスバッハ教会の施設でヤシマの孤児を集めていてな。六歳までそこで育った。むしろヤシマ語を覚えたのはその後だ』

『そう、孤児院を。立派な人もいたものね』

『立派なものか。そいつと取り巻きの修道女たち……物心ついた時から殴られたり縛られたり、そんな記憶しかない。口にしたくもない汚い共通語の語彙をたくさん学んだものだ』

『う……』

『挙げ句の果てに育てた孤児を外国に売り飛ばしていたことがわかって宣教師たちは追放された。施設は閉鎖、行く当てもなく放り出された俺は戦場で死体を漁る暮らしを余儀なくされた』

『お……』

『まあでも、おかげで今は苦労せずにここで暮らせている。売り飛ばされた連中も案外、あの国に居るよりいい暮らしをしてるのかもしれないな』


 クルルの述懐に、レアは思いを致した。


「苦労してきた人なのね……」

「うん……他にもジョーのヤシマの話は地雷だらけで、それ以上は話してないんだけど……」


 レアの顔がいつもの受付嬢に戻った。


「丁度いい機会ね。メンバーも増えたことだし、どんどん仕事をしましょう」


 カウンターから取り出した依頼書の束をドンッと置いたレア。


「うわぁ、こんなに!?」


 嬉しそうなクルルはパラパラと書類をめくり――ゲンナリした。


「なんか……低ランクの仕事ばっかりなんですけど……」

「文句いわないの。それから、今まで単独しか受けてこなかったけど、他のギルドとの合同受注も考えていきましょう」


 合同受注とは、冒険者協会がもつマッチング機能の一つだ。

 〈ワイルドキャッツ〉を例に出すまでもなく、中小零細ギルドはたくさんある。そのほとんどがギルドとは名ばかりのパーティーで、それなりの規模の依頼となると単独で請け負うことが出来ないのだ。

 そこでギルド同士を組み合わせて依頼を受注させる。報酬は働きに応じて公正に分配されるので、営業力のないギルドの生命線であった。

 だがクルルは渋い顔をした。


「合同受注かぁ……あんまり良い思い出ないかも……」


 テンションが下がった冒険者に、受付嬢は諭すように言った。


「クルル。もうあなたは一人じゃないの。これからは生き残るために何でもやらないとダメ」


 いつになく真剣なレアの声音に、クルルは思わず顔を上げる。


「レアさん?」

「いいわね? あなたはこんなところで終わる人材じゃない。私、あなたに期待してるんだから」


* * * * *


(うーん、やっぱり二人じゃこんな依頼しかないよね……)


 帰ってきた〈ワイルドキャッツ〉本部ビルで、あらためて依頼書を見返したクルルは天を仰いだ。


(それにしてもレアさん、なんか様子がおかしかったな)


 レアの表情が頭をよぎる。

 冒険者協会の職員はタフな仕事だ。

 レアは、さまざまな修羅場を潜り抜けてきたベテランで、クルルにとっては何でも話せる頼もしいお姉さんだった。

 それだけに、いつもと違う様子が心配だった。

 心配といえば……


(あいつ、遅いな……大丈夫かな?)


 静九郎が帰ってこないのだ。

 ちょっとそのへん見に行くか、と戸口に向かった時、そのドアが開いた。

 仏頂面が入ってくる。


「おかえり。遅かったね」

「まだ君がいるかと思って協会に寄ったんだ。大変な騒ぎだったな」

「ん? 騒ぎ? なんの?」


 ただならぬ予感が的中したようだ。


「なんだ。知らなかったのか。ホラこれ、一部もらってきたぞ」


 静九郎が差し出したのは一枚の紙。

 それを一瞥したクルルの目が見開いた。


「なに……これ……」


 もう一度読み返す。もう一度。

 ペラペラの安い紙に書かれていた信じられない通告と、受付嬢の表情が合致した。


「レアさんっ……!」


 飛び出そうとするクルルの肩を、相棒がつかんだ。


「無駄だ。協会の入口はロックアウトされて、スタッフがこれを配っていた」

「スタッフ?」

「協会の制服を着た強面の奴らだ。相当デキそうだったが。なんだあいつらは?」


 静九郎をして腕利きと認めさせたスタッフ。

 クルルは再び天を仰ぐ。


「調査部だ。協会所属のプロの冒険者だよ。そう、本気なんだ……」

「読んだが俺にはさっぱりだ。この紙切れの一体なにが問題なんだ?」

「うちが潰れるって書いてあるんだよ!!」

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