第11話 最初の一歩
「ねぇ」
「ん?」
長い長い不毛な裁判の後である。
陽はだいぶ傾いている。
鶏小屋への道をトボトボと歩くクルルが唐突に口を開いた。
「さっき会ってた女の人は誰?」
脈絡のない質問に、静九郎はハタと足を止める。
からくり人形のように顔がこちらを向き、その顔は見たことのないほど汗をかいている。
「お、女? 何、の話だ?」
「とぼけないで。私、見てたんだから」
「いや、知らない」
男は急に歩き始める。
ぎこちない挙動。
「私、はっきり見たんだよ。あんたが娼婦みたいな商売女と路地裏に入っていくところ。お金も渡してたよね。なんで?」
「いや……ちょっと何言ってるかわからない」
しらじらしい。
クルルは哀しくなって声を張り上げた。
「もういい! うそつき! 信じてたのに!」
背中に受けた非難を無視することはできなかった。
あきらめた男は息を大きくはいて、白状する。
「娼婦かどうかは知らん。道に迷って入り込んだスラム街で捕まってずっと着いてきたんだ。夫と死に別れ病気で働けず子供に食べさせるものもないと言われて……つい刀の研ぎ代の残りを渡してしまった」
あまりにしょうもない経緯に、クルルは脱力した。
だが、彼の罪はそこではない。
「へぇ、そう。じゃあどうしてウソついたの?」
「君に借りた金だし言ったら怒るだろう。騙されてる、偽善だ、バカじゃないの、信じられない、とな。俺もそう思う。だから言いたくなかった」
背中を丸めてそう言う姿は情けなかった。
クルルは馬鹿な疑念で時間と気力を消費したことを後悔した。
「騙されてるし、偽善だし、バカだし、信じらんないよ」
「ほら見ろ」
「でも、放っておけなかったんでしょ」
「……俺は無力だ。結局のところ、何にもしてやれない」
バカでお人好しでちょっとズレててウソが下手でピュアがすぎる外国人。
それが彼女の相棒だった。
「まあ安心したよ。あんたが暗殺とか破壊工作を企んでても一瞬でわかるもん」
「ふざけ……いや、案外それもいいかもな。今日のアレを経験した後では特に」
二人は再び歩き始める。
すべての誤解が解けたクルルは相棒に体を寄せた。
「その……ありがとね」
「ん?」
「いろいろ言われたのに我慢して、ギルドを守ってくれたんだ」
「君がずっとキレてたからだろ」
「それは……ごめん……」
「いや、嬉しかったよ。それについては、あのアドラーという男にも礼を言うんだな」
「ホントね。あの人がいてくれて助かったよ」
ギルドマスターは今日という急場をしのげたことに喜んでいる。
その楽観に、静九郎はため息をついて応じた。
「なに?」
「能天気すぎるぞ。今日のアレはすべて奴が筋書きした茶番だ」
「……え?」
「奴は〈ライオンハーツ〉の影響力が増すのを阻止しつつ、こちらに勝手に恩を売った挙句、手綱を握ったつもりでいるぞ。『協力関係』などと聞こえの良いことを言って、従わなければ良くて追放、最悪死刑だったろう。生半には逆らえなくなった」
「あっ……」
「切れ者だ。油断ならん」
その時だった。
「おーい、待ってくれー」
後方から声を掛けてきたのは、くだんの優男アドラー・シュテルンベルクである。
「クルルさーん! ジョー!」
よくとおる美声に道端の女性たちが振り向き――、みな一様に喜色満面で口を覆う。
「しつこいぞ」
無駄にかっこいいフォームで走って来た男を、静九郎は不快さを隠そうともせず威嚇した。
また脳が疲れる予感に、殺意が満ちる。
「上司の非礼を詫びたくてね。あの人、家柄だけは良いんだが、それ以外の全部がダメでね。厳しめに言っておいたから、どうか許してやってほしい」
およそ謝罪をしているとは思えないフザケた態度は、もはや静九郎を驚かせなかった。
「謝罪を受け入れよう。では」
「待って待って」
さっさと立ち去ろうとした静九郎を捕まえ、アドラーは馴れ馴れしく肩を組んできた。
遠巻きに凝視する女性陣から『キャー!』っと黄色い声が上がる。
それとは対照的なドス黒い声を出しながら、静九郎がにらみつける。
「離せ。今すぐ殺人罪で法廷に戻ってもいいんだぞ」
「戻ったってもう誰も居ないよ。飲みに行っちゃったから」
アドラーは体を離し、少し真顔に戻る。
「罠にハメたみたいになったのは謝るけど、これはお互いにとって最良の結果だよ」
「何だと?」
「君も見ただろ? 組織のメンツっていうのは面倒なんだ。上も下も、言いくるめるのが大変だったんだから」
「くだらんな」
「ホントにね。でも悪いことばかりじゃない」
再び笑みを浮かべた軽装の騎士はポケットから取り出した紙片を押し付けてきた。
「ホラ、報酬を払うといっただろう。今回分もだよ」
渡されたのは小切手だった。
そこには見たこともないくらい『〇』が並んでいる。
「こんなにか?」
「顧問殿の評価額よりだいぶ控えめで恐縮だけど。ね? 悪いことばかりじゃない」
白々しい得意顔。
恫喝して従わせた相手にする表情だろうか。
いらついた静九郎は無表情で言った。
「血税の浪費が本当に得意だな」
「まさか。僕が得意なのは未来への投資さ」
嫌味をかわされてますます面白くない。
静九郎は小切手を受け取って離れようとしたが、アドラーは手を離さない……どころか顔をますます近づけて小声で言った。
「くれぐれもクルルさんを大事にね」
「は?」
「彼女の力になってやってくれ」
「それはあんたが気にすることなのか?」
アドラーはそれには答えず、クルルにウィンクするとマントを翻して帰っていった。
その所作に見惚れて目で追ってしまった少女の横面に、ムギュと小切手が押し付けられる。
その衝撃的な〇の羅列に、クルルは一瞬頭が真っ白になり――飛び跳ねた。
「やった……! やった!!」
「やったな」
いささかクールすぎる相棒の反応に、クルルはハッとして小切手を突きかえした。
「あ……これはあんたのよ」
渋い顔になった静九郎が肩をすくめる。
「二人の戦果だと言ったろ」
「……ホントにいいの?」
次の静九郎の言葉と表情を、クルルは生涯忘れなかった。
「君の夢に、まず一歩だ」
不意討ちだった。
顔が真っ赤になったクルルは、その顔を隠しながら男の胸ポケットに小切手をねじ込む。
「あ、あんたが持ってて。こんな大金、持つのも怖いよ」
「酔っ払って失くす前に、協会に預けに行こうか」
「うん!」
ここで第一部完結です。
ジョーが暴れ、クルルがわめく。それだけの話でしたが、いかがでしたでしょうか?
感想、ご批判、ブックマーク登録、そして下にある☆☆☆☆☆評価!
お客様のどんなお声でも冒険者協会は承っています。
まだまだお話は続きます。
〈ワイルドキャッツ〉の冒険はここからだ!




