第01話 黒猫のジョー
はじめて投稿します。ドキドキしています。
「はぁー……」
いきなり不景気なため息をついた女性は、その名をクルルという。
グググと眉根を寄せ、イラついた彼女がドスドスと歩いているのは、とても豪華な建物の二階にある、とても高価な真紅の絨毯が敷かれた通路。
普通の若い女性なら緊張するか、感激するか、というような豪奢な空間にもかかわらず、彼女は心底嫌そうに顔を歪めている。
大きな両の瞳は不機嫌に半分つぶれ、口はへの字に曲がっているため、本来は整った可愛らしい顔――近所で評判になる程度には美人だ――は見事に台無しになっている。
(サイアクだ……)
クルルは十九歳である。
ここ神聖ユルサル教皇国では十九ともなると堂々たる成人……とは言わないまでも、子ども扱いされることはもはやない。
立派な社会の構成員である。
その中でもクルルは特に立派であった。
どのように立派かというと――なんと――Bランク冒険者なのである。
どういうことか、簡単に説明しよう。
冒険者は皆Fランクからキャリアをスタートさせる。
例外はない。
地道に実績を積み、能力を示すことでE、D……と昇格する。するのだが、実態としてはCにすら上がれず引退する者がほとんどなのだ。
Cランクだ。
Bについては言わずもがなである。
統計的には、大志に心躍らせてデビューしたFランク冒険者が、その後数十年のキャリアでBランクまで上り詰める可能性は〇・一%と言われている。千人に一人だ。険しい道なのだ。
(ハァもう……来るんじゃなかったわ)
さて、そこでこの不機嫌な――モノローグがうるさい――クルルである。
十六歳の時にここ華の都ルフレシア――教皇国の東部地方の中心――において体一つでキャリアをスタートさせた彼女は、早々にその潜在能力を見抜いたトップギルド〈ライオンハーツ〉にスカウトされた。
〈ライオンハーツ〉は東都の冒険者行政を実質的に牛耳っているとまで噂される最大手にして覇権ギルドだ。
そこで彼女を迎えたのは、凄腕の仲間たちとの鮮烈な冒険の日々だった。
血湧き肉躍る冒険の中で、クルルはすぐさまその素質を開花させた。
すさまじいまでの天賦の才は、すぐさま誰もが知るところとなり、わずか一年後には史上最速でBランクに昇格を果たした彼女は、その覇権ギルドの看板パーティー〈キングスプライド〉の一員に抜擢されたのである。
それが半年前までの話だ。
今、彼女はそのギルド本部で案内役――という名の見張り――の警備員にピタリと付き添われて廊下を歩いているのだ。
その様はまるで囚人と獄卒のようだ。
彼女の姿を認めた冒険者たちが、眉をひそめる。
『おい見ろよ、クルルだ』
『うわやだホント……』
『あいつ……今さら何しに来たんだ?』
『さぁな。夢破れて出戻りじゃね』
『まじ? だっさ』
『なんか借金地獄でヤバい仕事もしてるらしいよ』
『ウソ〜超ヤバいじゃん』
そう。
半年前、彼女はギルドを脱退したのだった。
(残念でしたー……借金なんてしてないし。単に私物を取りに来ただけ……)
ぎこちない作り笑顔のクルルが、彼らに向かって軽く手を挙げると、ヒソヒソ話がますます加速していったので無視した。
別に不祥事を起こしてクビになったわけではない。
が、円満退職というわけでもない。
さんざん引き留められたのを振り切り、専属契約を途中で一方的に破棄して勝手に独立したのである。
故に元同僚からの視線は冷たく、実際何一つ上手くいっていない自分の状況も相まって……居心地は最悪だった。
「では自分はこれで」
「どーも。ありがとね」
警備員との事務的な挨拶。
顔見知りなのに愛想のないことだ。
冒険者ギルドとは思えない、まるで美術館か劇場のような無駄にオシャレなエントランスホールまで来たところで、警備員は去っていった。
まあ彼の職務の性質上、愛想があるのも変だ。
一流ギルドの優秀な警備員はだいたい引退した元冒険者だ。たとえ訪問者が三歳児であっても一瞬たりとも油断などしない。手に持ったキャンディに爆薬や毒物が仕込まれていないか厳しくチェックするのが彼らの仕事である。
(受付に挨拶は……いいや。さっさと帰ろ)
受付スタッフたちからの冷ややかな視線を横顔に感じていたクルルが、入口のドアを目指して踏み出した時だった。
「なぜだ!!」
優美なホールにはあまりにも場違いな、無骨な男の声が響いた。
「申し訳ありません。お引取りください」
「こんな馬鹿なことがあるか! 貴殿は俺の実力を、何も知らんではないか!」
受付の女性スタッフと長身の外国人の男が揉めている。
内容から察するに、ギルドへの加入を希望して断られている冒険者のようである。
要するに、ナンバーワンギルドの、日常の風景であった。
「では伺いますが、紹介状はお持ちですか?」
「しょっ、紹介状?」
「はい。当ギルドの採用プロセスに進んでいただくために必要なものです」
女性の慇懃無礼な対応に、外国人冒険者は目を丸くした。
「紹介状をお持ちでなければ、応募資格もお持ちでないということです。まずはそちらをご用意いただければ」
男は服装こそ冒険者風のラフな出で立ちだが、つややかな黒髪と腰のベルトにぶら下げた細身の剣――カタナというらしい――は見間違うことがない。
東方の国『ヤシマ』の戦士、『サムライ』だ。
窮地のサムライはしばしの硬直の後、受付嬢の冷ややかな攻勢に負けじと姿勢を正すと武士の意地を見せた。
「紹介状など必要ない。たしかに俺はこの国の冒険者としては実績がないが、故郷ではわりと知られた武芸者なんだ。実力を示すのに書面は必要ない。ここは武に秀でた者が集まる冒険者ギルドと聞いた。上役に取り次いでもらえば、それで話が済むはずだ」
『地元じゃ負け知らず』、『見る人が見ればわかる』、『お前では話にならない』――そう言いたいらしい。
田舎者丸出しの稚拙な交渉は鉄壁の受付嬢には通用しなかった。
彼女もまた自分の職務に忠実な、一流ギルドの受付嬢なのである。
「当ギルドにはそうおっしゃる方がたくさん来られますので、このような形を取らせていただいております。申し訳ありません」
とりつく島もない。冷たくあしらわれた採用希望の男は残念そうにため息をついた。
「それも道理だな……」
世間知らずの田舎者は、しかして馬鹿ではないらしい。
彼女が示した論理をきちんと理解し、謝罪を口にした。
「こちらこそ無礼な真似をしてすまなかった。失礼する」
ペコリと頭を下げ、入口に向かう男の挙動。
『見る人が見ればわかる』――
そのとおりだった。
(!?)
見ていたのは高ランク冒険者クルルである。
(強い……!)
精悍な顔つき。
油断のない視線の動き。
長身なのに重心が低く、すり足に近い体重移動。
無駄のない足運び。
細身だがシャツの上からでもわかる、鍛え上げられた筋肉――
そうした全ての要素が『名の知れた武芸者』の自称が嘘でないことを裏付けていた。
(よし……逃がすかッ!)
ドアを開いて出ていった男を、クルルは追うことに決めた。
* * * * *
「ちょっと待って! そこの人! ねえ!」
石畳の大通りをスタスタと大股で足早に歩み去る外国人。
クルルはその大きな背中目がけて呼びかけながら走る。
男はまさか自分のことだと思わなかったらしく、クルルが回り込んで通せんぼした時にはまたしても目を丸くした。
「なにかご用か……?」
「ねぇ、あんた、冒険者志望なの?」
不躾な質問に一瞬戸惑った顔をしながらも、顛末を見られていたことを察した男は頷いた。
「ああ、見ていたのか。これはお恥ずかしい。そのとおりだが、あのとおりでな」
「冒険者ギルドなんて他にたくさんあるじゃない。どうして〈ライオンハーツ〉に?」
男は大きな〈ライオンハーツ〉の本部ビルを見上げながら言った。
「この都市で一番大きく、稼げるギルドだと聞いたんだ」
「ふーん、腕には自信ありってことね」
「まあな。自信はあったが、紹介状がなかった」
タイムリーな自虐ネタにクルルは声を出して笑った。
いい人だと直感した。
だから言った。
「ね、だったらウチに来てよ。紹介状はいらないからさ」
唐突な提案に、男は首を傾げた。
眼の前の小娘から出てくる発言としてはいささか豪勢にすぎるように思えたからだ。
「君は……どこかのギルドの職員?」
「そうだよ! 私は〈ワイルドキャッツ〉のクルル」
ドヤ顔のクルルが差し出した右手を男は怪訝そうな顔で見つめた。
「不勉強ですまないが〈ワイルドキャッツ〉というのは?」
「この花の都ルフレシアで、今最も勢いのある新進気鋭のギルドだよ」
嘘である。
とんでもない嘘だった。
だが本命の相手に振られたばかりの男は――迂闊にも――少女の手をグッと握り返してきた。
その手のなんと大きいことか。
指は力強く、その皮膚は剣の振りすぎでありえない硬さになっている。
(この手、この皮膚……間違いない。本物だ)
『剣の達人』というクルルの推測を確信に変えるものだった。
「ありがたい。俺は十条静九郎城部少丞譲三という者だ」
「…………えと……ごめん、もっかい聞いていい?」
思わずニヤけていた顔に叩きつけられた呪文は、まったく頭に入らなかった。
その反応に静九郎と名乗る侍はちょっと笑った。
「今となっては意味のない名だ。ジュウでもジョウでも好きに呼んでくれ」
今度は覚えられたクルル。
ニッコリ笑うと手を離した。
「『ジョー』は、ヤシマのサムライね」
「そうだ。剣を少々やる」
「そうみたいね」
『少々』なわけがない。
そんな程度で私は声を掛けたりしない。
とんでもない拾い物の予感に再び緩んだクルルの頬に冷や水が浴びせかけられたのは次の瞬間だった。
「俸禄はとりあえず一千万ほどと考えているのだが」
「ん? 何て?」
「俸禄だ」
「ホーロクってなに?」
「ああ、すまん。一年あたりの報酬のことだ」
「あー、年俸ね、年ぽ…………いっせんまんッ!!?」
クルルは大声を出した。
周りの通行人が驚いて振り返ったのを見て、ハッとした彼女は両手で口を押さえ……おそるおそる聞いた。
「あっ、えっと……そっか、ヤシマの……えっと、イエーンだっけ?」
「ダーラだ。一千万ダーラ。衣円なら十五億」
即答だった。
ヤシマの通貨では……と念のため聞いたが、やはり共通通貨だった。
「給料に見合う働きはする」
その男は自信満々にアピールしたが、クルルはドン引きだ。
「い、いやいやいや……メチャクチャだよ、そんな額……」
一千万ダーラ。
一般的な労働者の年収の三百倍にあたる超高額報酬である。
いくら冒険者とはいえ、それだけ稼いでいる者がこの国にどれだけいるだろうか。
いるにはいるだろう。
が、数えるほどしかいないはずだ。
そのいずれもが世界代表クラスの超有名冒険者である。超大手ギルドの看板とかである。
しかし、その額を寄こせという静九郎の顔はふざけているようには見えない。稚拙な交渉術を使っているわけでも、バカな金額をふっかけてクルルを追っ払いたいわけでもなさそうだ。
つまり、自分の剣には超一流に並ぶだけの価値があると主張しているのだ。
「残念だ」
首を振り振り、脇をすり抜けようとした男。
その異様に太い剣豪特有の剛腕を、万力の力で掴んだ少女は驚くべき提案をした。
「じゅ、十万で……どうかしら?」
大胆にも――本人評価額の百分の一の提示。
もちろん一般市民には十分高額な給料ではあるが、プロの冒険者ならそう珍しくはない額だ。
強ければ稼ぎ、弱ければ死ぬ。
それが冒険者なのだ。
ゆえに給料の金額は、そのままその者の評価である。
「いや……」
さすがに傷付いたような静九郎の顔に、必死のマシンガントークが浴びせかけられた。
「仕方ないでしょ!? あなたの実力がわからないんだから! これでも新人冒険者の相場の十倍よ! さっきだって門前払いだったじゃない!」
「むッ……」
「言っちゃ悪いけどあんたみたいな得体のしれない外国人にこれ以上の条件を出すギルドなんて、この街にはないからね!」
「うーむ……」
「ホントよ。私、これでもギルドの運営には詳しいんだから」
クルルの猛攻に、侍は――しぶしぶ――首を縦に振らざるを得なかった。
「君の意見には一理ある。では、改めて代表者の方にお話を伺ってみるとしよう」
その発言にホッと安堵したクルルが、満面のドヤ顔を取り戻して言った。
「その必要はないよ」
「なにゆえに」
「私がその代表者だから」
次回『白猫のクルル』、ご期待ください。




