第8話 義姉、突然のモテ期
鳳月麗華は激怒した。
必ずや、義姉である小夜子を守り抜くと誓ったのである。
「これまでお義姉様の魅力に気付かなかった男どもが、虫のようにたかってくるんじゃありませんわ~!!」
彼女は義姉に宛てて送られてきた手紙を処分しながら、雄叫びをあげるのであった。
――ここまでに至った経緯を説明しなければなるまい。
小夜子の「久々にオシャレがしたい」というお願いを受け入れて、新しい洋服を新調した麗華。
さらに、美容室にも足を運び、義姉の傷んだ髪を修復、髪をケアするためのシャンプーなども美容師の勧めで購入する。
デパートにいたため、化粧品売り場にも行ってみた。
とは言っても、麗華も小夜子もまだ高校生、学園では化粧は禁止されている。
2人はメイク用品ではなく、スキンケアのための美容液やクリームなどを見繕ったのだ。
もちろん、それらの効果は一朝一夕に発揮されるものではない。
だが、まず髪を切りそろえた小夜子の姿を見て、クラスメイトはたいそう驚いた。
「小夜子さん、すっごく可愛いわ!」
「いつもそうしていればよかったのに!」
褒めちぎる同級生たちに対して、小夜子は黙ってニコニコと微笑むのみである。
やがて、日を追うごとに、肌や髪の毛のケアの効果も出始めた。
彼女は透き通るような白い肌、薔薇のような唇、烏の濡れ羽色をした艶のある髪を取り戻したのである。
……そうなると、麗華の懸念していたことが起こり始めた。
学園内外の男子が「美しい女生徒がいる」という噂を聞きつけ、小夜子を一目見ようと教室の外の廊下や校門で出待ちを始めたのである。
「小夜子さん、今度デートでも!」
「僕とお茶だけでも!」
「あの、これ、受け取ってください!」
男子による猛烈な求愛攻撃に、小夜子はキョトンとするばかりであった。
それを退けるのは、麗華の役割である。
「散りなさい、ハイエナども! お義姉様に近寄るんじゃなくってよ!」
ガルルル、と唸り声を上げる麗華に、男子たちもタジタジであった。
「おい、なんだあの女は」
「小夜子さんの妹君らしい」
「それにしては、全然似てないな」
そこに、「義妹である麗華が義姉である小夜子を虐げている」という以前からのデマ情報まで飛び交ってしまい、もはや状況は混沌としていた。
そして、こういう風聞が立つようになる。
いわく、「悪役義妹は虐げている義姉をモテさせないために、男子たちをブロックしているのだ」と。
それは半分事実であり、半分虚構であった。
たしかに麗華は小夜子の突然のモテ期に、男子たちから義姉を守ろうと妨害を繰り返している。
しかし、それは小夜子を虐げているわけではないのは、ここまで読んでくださった読者の皆様も御存知の通り。
それを知らない男子たちは、どうにか義妹の妨害をくぐり抜け、小夜子に近づこうと躍起になった。
麗華と男子たちの争いは熾烈を極めることになる。
麗華の一日の始まりは、学園の義姉のロッカーを開けるところから始まることになった。
「はあ……またお義姉様へのお手紙がこんなに……」
ロッカーを開ければ、それだけで床にこぼれるほどの大量のラブレター。
それをひとつひとつ、丁寧に焼却炉で焼き上げる。
それを見た他の生徒は、「また麗華さんが小夜子さんのロッカーを勝手に開けて、こそこそと何かをしている」「いつもの嫌がらせじゃないの?」と悪評が立つことになった。
ある日の放課後などは、義姉に告白しようと教室に向かう男子生徒に、「お義姉様に話があるなら、わたくしを通していただける?」と立ちはだかり、威圧する。
それを疎ましく思った男子生徒たちは「義妹のくせに、モテる小夜子さんに嫉妬しているんだ」と噂を流した。
学園内外で小夜子を狙う男どもから彼女を守ることに、麗華は必死である。
そんな義妹を見守る義姉の目は優しい。
「ごめんね、麗ちゃん。私がオシャレしたいって言ったせいで、こんなことになるなんて思わなかったの」
小夜子は聡明な女性である。恋愛経験がなくとも、自分が好意を向けられていることには気付いていた。
そして、麗華が自分のせいで悪者扱いされていることにも、心を痛めている。
「どうか、お気になさらないでくださいまし、お義姉様。わたくしが悪役になることで、お義姉様を守れるのなら、お安い御用でございます」
強がって笑う義妹の頬に、義姉は手を伸ばし、そっと撫でた。
「私がおめかししたくらいで、やっと気付くような男たちよりも、麗ちゃんのほうが、ずっと私をよく見てくれているわ」
「お義姉様……」
心に暖かく優しい火を灯すような、そんな義姉の指先が好きだ。
麗華は気持ちよさそうに目を細める。
「お義姉様はわたくしが守りますわ。だから、ずっと一緒にいてくださいましね」
「ええ。……麗ちゃんが義妹でよかった」
そのわりには、小夜子は悲しげな微笑みを浮かべていた。
――わたくしは、お義姉様と義姉妹などにはなりたくなかった。もし、わたくしが赤の他人で、男性であったなら、あの男たちのようにお義姉様に言い寄ったりできたのかしら。
麗華も、なんだか悲しくなってしまったのである。




