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周囲は誤解してますが、お義姉様は虐げられヒロインではありません  作者: 永久保セツナ


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第4話 意図の分からぬ怠惰

「あなたに相談したいことがあるのだけど……」


 麗華はクラスの友人に義姉について打ち明けることにした。

 この友人は麗華が鳳月家に入ったとき、社交界で出会い仲良くなった、信頼できる腐れ縁である。

「悪役義妹」などという濡れ衣を着せられている彼女にも普通に接してくれているのがありがたい。


「私で力になれるなら何でも言って」


 麗華は頼もしい親友に鳳月家の長女――鳳月小夜子がいかにして現在の生活に至ったのか、順を追って話し始めた……。


 小夜子は最初からあんなみすぼらしい格好をしていたわけではない。

 きっかけは、両親の離婚だ。

 いつも義姉をオシャレに着飾っていた母に身だしなみを整えてもらっていた小夜子だが、彼女は本来オシャレに関心がなかった。

 本質的には、母親は娘を着せ替え人形感覚でおめかしさせていただけに過ぎないのだが、とにかくその母が離婚して鳳月家からいなくなったことを機に、小夜子は変わってしまうことになる。


 義姉は服がほつれても、母が与えてくれたものを着続けた。やがて破れがひどくなって父親に処分されると、だんだん彼女の怠惰な性格があらわになり、学校で制服を着る以外では、ほとんど家に引きこもり、学校指定のジャージ姿で過ごすようになる。社交の場にも行かなくなり、父が「夜会に行こう」と声をかけても「この格好でいいなら行きますけど」と答えて、たいそう困らせた。


 再婚相手であり、父の秘書である麗華の母が小夜子のお世話をしようと甲斐甲斐しく接しても、義姉は「見た目なんてどうでもいい」と投げやりな態度を見せる。

 彼女の姿は、麗華が初めて会ったときから、見るも無惨に変わり果ててしまった。

 烏の濡れ羽色の髪は傷んで枝毛が目立ち、艶も失われて、小夜子が自分で寝癖を直す様子もない。

 牛乳瓶の底のような伊達メガネをかけ、さらに前髪を伸ばして、澄んだ湖のような美しい色の目を隠してしまった。

 透き通るような白い肌は引きこもり生活の結果、どちらかというと青白くなり、咲き始めた薔薇のようだった唇は荒れ果てて、自分で皮をむいたのか、ところどころ血がにじんでいる。


 その姿を見た父は「どうしてこんなことに……」と心を痛めたが、仕事が忙しく海外を飛び回っており、娘の世話まで手が回らなくなってしまった。

 鳳月家の使用人たちも懸命にお嬢様を説得しようとしたが、お手上げである。

 どんなに美しく飾ろうとしても、小夜子はかたくなに拒否し、もはやお嬢様とは思えないような外見に変貌した。


「お義姉様、どうして変わってしまわれたの?」


 麗華は義姉に直接理由を尋ねる。

 あの聡明な小夜子が、ただ怠惰なだけでこんなことをするとは思えないし、そもそも彼女は怠惰な性格などではなかったはずだ。幼い頃に、自分に知識と知恵を与えてくれた聡明な義姉が何の考えもなしに堕落するとはどうしても思えなかった。


 小夜子はただ一言、「周囲の期待に応えたくない」とだけ返した。


「麗ちゃん相手だから言うけど、これは麗ちゃんのためにも、私のためにも必要なことなの」


「どういう意味ですか? わたくしには、お義姉様のお考えがわかりません」


「ええ、きっと誰にもわからないわ。わからなくてもいいの。これは誰にも知られてはならないことだから」


 義姉は謎めいた言葉を繰り返すのみである。麗華は困惑するしかなかった。

 ただ、義妹は小夜子の言葉を信じることにしたのだ。

 これはお義姉様のためにも、わたくしのためにもなること。

 だから、わたくしたちはこのままでいいのだ――。


 ――回想終了。


「とまあ、そういった経緯で、お義姉様は変わってしまったのよ。どうすればいいと思う?」


「さあ……そもそも意味も意図もよくわからないし」


 友人は首を傾げるのみである。

 それを見て、麗華は安心した。


「そうでしょうね。お義姉様に関してわたくしにもわからないことが、他人にわかるはずないわ」


「じゃあ、なんで私に話したの?」


「誰かに話せば思考が整理できるかと思ったのだけれど……ダメね。順序立てて話してみてもお義姉様の崇高なお考えは、わたくしのような愚鈍にはさっぱりだわ」


 そう、義姉にはなにか考えがあるはずだ。

 ただ、その理由も意図も、麗華には上手く理解できない。

 それを、少し寂しく思う。


「でもさ、そのお姉さんがオシャレに気を使わないせいで、麗華は悪役令嬢扱いされてるんでしょ。それはそのままにしていいの? 誤解を解いたほうがよくない?」


 麗華の親友は、彼女が義姉にそんな手酷いことをするなどと信じてはいない。

 彼女の数少ない味方と言える存在だ。

 しかし、麗華は静かに首を横に振る。


「わたくしがいくら弁明したところで、一度植え付けられた印象は、そうそう覆せるものではないわ。お義姉様がわたくしを弁護したとしても、『虐げられている義姉が義妹に脅されている』としか思われないでしょう。わたくしたちは、もう『そういうもの』として認識が固定されているのよ」


 民衆はそういった悲劇やゴシップが大好物の豚である。

 社長令嬢という上流階級がそういったスキャンダルにまみれていると見れば面白がって騒ぎ立てる、タチの悪い連中だ。相手にするだけバカバカしい。


「わたくしとお義姉様だけがわかっていればそれでいいの」


 自分たちの関係は他人の理解の及ぶものではないのだと。

 その秘密を共有できていれば嬉しい。

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