第20話 【アフターストーリー】義姉妹の映画鑑賞
「麗ちゃん、お仕事のお休みっていつ?」
小夜子と一緒に夕食を食べているときにそう聞かれて、麗華は顔を上げた。
「そうだね……」と、職場のシフト表を思い出す。
「いつも通りなら、今週の金曜日は午後に帰ってこれるよ。どうかした?」
小夜子は「よかったら、なんだけど……」とある提案をした。
「一緒に、映画、見ない?」
彼女の説明によると、青嵐――小夜子の推しキャラの名前である――の出てくるアニメ映画がレンタルDVDになるらしい。それをレンタルしてきて一緒に見ないか、とのこと。
「一人で見てもいいんだけど、やっぱり寂しいから」
小夜子は鳳月家を飛び出してから、覆面の在宅イラストレーターとして活躍している。
その暮らしに不満はないが、やはり日中ひとりで家にいるのは空虚な時間を感じているらしい。
「小夜ちゃんが望むのなら、喜んで」
麗華が微笑んで承諾すると、小夜子は心から嬉しそうな笑顔を見せてくれて、麗華も何が何でも残業しないぞ、という気持ちになるのであった。
――そして、週末。
麗華は上司や先輩に呼び止められる前に、風のように素早く退勤し、るんるんと上機嫌で家への道を急いだ。
ついでに途中スーパーに寄り、コーラやお菓子など、映画を見るために必要なものを買い込む。
ふと、小夜子と一緒に見た映画の記憶を思い出した。
鳳月グループは映画産業にもその手を伸ばしており、鳳月家所有の映画館もある。
小夜子と麗華が映画を見るときには、そのスクリーンのひとつがまるまる貸し切りになり、義姉妹の好きな映画を何でも見せてもらえるのだ。
ガラガラの広い劇場のなか、小夜子と麗華は真ん中の座席を陣取り、他にいたのは二人に付き添っていた原磯くらいだったろうか。
鳳月の家を出た現状、もう二度とあんな映画体験はできないが、麗華にとっても小夜子にとっても、それを惜しいとは思わない。
せめて、鳳月家に新しく生まれた男の子――後継者に楽しい思いをしてもらえればいいと思う。彼は義姉妹にとっては弟となるのだから。
麗華はスーパーで買ったものをエコバッグに詰めて、帰宅した。
「ただいま、小夜ちゃん」
「おかえり、麗ちゃん」
家に帰れば、いつだって小夜子の声が出迎えてくれるのがこんなにも嬉しい。
「映画、見るのに必要かなって思って、買ってきた」
エコバッグの中身をテーブルに広げる。
500mlペットボトルのコーラを4本、様々なフレーバーのポテトチップス、スーパーの惣菜にあったフランクフルトなどなど……。
「わぁ、ありがとう。これだけあれば映画が終わったあともしばらく楽しめそう」
「ね。あとでお菓子置き場に置いとくから」
この義姉妹の家の居間にあるローテーブルにはバスケットが置いてあり、そこに置かれたお菓子は誰でも食べていいことになっている。
「じゃあ、夕食とお風呂済ませたら一緒に映画見よう」
小夜子の言葉にしたがい、彼女の作ってくれた夕食を一緒に取って、順番にお風呂に入った。
パジャマに着替えて、コーラやポテトチップス、フランクフルトをローテーブルに広げ、映画鑑賞の準備を完了する。
「フランクフルト、鳳月の映画館でよく一緒に食べたよね」
「覚えてた? 私、それを思い出して買ってきたんだ」
小夜子が記憶してくれていたことが嬉しくて、麗華の声はついつい弾んだ。
そして、小夜子が珍しく外出してレンタルしてきたDVDをセット、二人でローテーブルの近くにあるソファに並んで座り、映画を再生する。
小夜子の好きなアニメ映画は、高校生くらいの年頃のキャラクターたちがアイドルとしてスターダムを駆け上がる青春モノだ。
女性向けの作品で、男性キャラが中心になってアイドルグループを結成し、芸能界という華やかなステージで歌い、踊り、ときには芸能界の闇にもメスを入れる。
小夜子の推し――青嵐はアイドルグループのリーダーとして、ときにグループを支えるために奔走し、ときにはリーダーとしての立場という重圧もあるが、それでも諦めず誰よりも輝いているように見えた。
きっと、小夜子はそんな彼の姿に心惹かれているのだろう。
麗華がそっと隣の小夜子の顔を見ると、彼女の目は潤んでいた。
小夜子は二十四歳になり、すっかり大人だというのに、高校生ほどの男の子に心を打たれ、こうして感動の涙を流している。
それを、麗華は眩しく思った。小夜子はどんなに歳を重ねても純粋な感性を持っていてほしい、と切に願う。
映画を見終えると、小夜子はローテーブルに置かれたティッシュ箱から柔らかなティッシュを取り出して目元を拭っていた。
「素敵なお話だったけれど、麗ちゃんの前で泣いてしまうとは思わなかったわ。お恥ずかしい。忘れてちょうだい」
「いいえ。きっと私はこの日を忘れられないと思うわ」
小夜子は「大げさね」と目元を赤くしながら笑っている。
麗華は首を横に振った。
「私はこのアニメを見るのは初めてだけど、映画の中できちんと説明していてわかりやすかったわ。それに、小夜ちゃんがどうしてあの男の子が好きなのか、理由がよくわかった。私は小夜ちゃんが好きなものを共有できて嬉しい」
麗華がそう伝えると、小夜子は目を丸くしたあと、「麗ちゃんにも青嵐くんの良さが伝わってよかった」と満開の花が咲くような笑みを浮かべる。
「それはそれとして……小夜ちゃんがあんなキラキラした目を私以外に向けるのはなんだか許せないわ」
「ふふ。麗ちゃんたらヤキモチ焼き屋さんなんだから」
「二次元の相手だからまだギリギリ許せてるだけで、本当は嫉妬深いし小夜ちゃんを誰にも渡したくないのよ、私」
麗華が小夜子に迫り、ソファに優しく寝かせて、その上に覆いかぶさるようにすると、小夜子はくすぐったそうに笑っていた。
「私は麗ちゃん一筋よ」
「ほんとにい? じゃあもう青嵐くんのグッズ手作りしなくていい?」
「それは堪忍して」
そんな戯れをしながら、麗華は小夜子の額にそっとキスするのである。




