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周囲は誤解してますが、お義姉様は虐げられヒロインではありません  作者: 永久保セツナ


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第15話 『悪役義妹』になりきって

 ――義姉、小夜子の婚約話を破談に追い込む。

 そう決心した麗華は、早速行動に移すことにした。


「虎太郎さん、いっしょにお茶はいかが? 本日はシャインマスカットのケーキを取り寄せましたの」


 麗華は精一杯の笑顔を浮かべ、義姉の婚約者――大河虎太郎に媚びるような目を向ける。

 紅茶は湯気を出して芳しい香りを放ち、大粒のシャインマスカットを豪勢に使用した生クリームのケーキは緑色の宝石が埋め込まれたように輝いていた。


 ただ、それに困惑したのは虎太郎である。


「ど、どうしたの、麗華さん? 今日はいつになく歓迎してくれるね」


「先日はたいへん失礼いたしました。そのお詫びの気持ちも込めて、ですわ」


 ソファに腰掛けた虎太郎の隣を占領し、麗華は彼の腕を抱くようにすり寄った。


「ちょ、麗華さん、何してるの」


「虎太郎さんってよく見ると素敵な殿方ですわね。なんで今まで気付かなかったのかしら」


 麗華は熱っぽい瞳で虎太郎を見上げ、顔を近づける。


「待って! 麗華さん、まずいって! こんなとこ見られたら――」


「――麗ちゃん、何してるの?」


 虎太郎がハッと居間の入口を見た。

 そこにもたれかかるように立っていたのは彼の婚約者、小夜子である。


「ち、違うんだ、小夜ちゃん! これは麗華さんが……」


「わかっております。麗ちゃんとお話があるので、少し席を外しますね。紅茶とケーキをお楽しみください」


 にっこり笑った小夜子だが、その声には怒気が混じっていた。

 つかつかと麗華に歩み寄ると、その腕をつかんで立ち上がらせ、二人で居間を出る。

 小夜子の指の関節が白くなるほど強くつかまれ、麗華は痛みで顔を歪ませた。


 ――お義姉様がこんなに力を入れているのを、初めて見る。


 深窓の令嬢らしくお淑やかな小夜子が、どんどん麗華を引きずり、彼女は義姉に対して初めて恐怖を抱いた。


「……麗ちゃん、これはどういうつもり? 納得の行く説明を求めます」


 小夜子がやっと腕を解放してくれたのは、彼女の部屋に入ったときである。

 麗華はつかまれていた腕をさすりながら、ふてくされたように視線をそらした。


「別に……。虎太郎さんがカッコいいと思ったから……」


 無論、虚偽である。

 麗華が突然、虎太郎を好きになるわけがない。


「麗ちゃん」


 小夜子が義妹の肩を強くつかんだ。


「いったいどうしてしまったの。最近のあなた、おかしいわ」


「――ハッ」


 麗華は顔を歪ませて笑う。

 こうすれば、『悪役義妹』に見えるだろうか。


「わたくし、決めましたの。お義姉様から虎太郎さんを奪ってみせますわ」


「え……」


 小夜子は呆気にとられたようだった。

 そのあと、眉根を寄せて難しそうな顔をする。


「わからないわ、麗ちゃん。あなたが何を考えているのか」


「わからなくて結構。もう決めたことですから」


 悪役(ヒール)として冷淡に笑った。

 麗華は虎太郎を誘惑することで婚約の解消を狙っている。

 少なくとも、婚約者と義妹がいちゃついているのを見せつけたことで、小夜子にも一定の効果はあるはずだ。

 ――そう、思っていたのだが。


「麗ちゃんは、そんな子じゃないでしょ」


 ひゅっと、麗華の喉が鳴った。

 胃の中に、いがぐりをそのまま飲まされたようなチクチクしたものを感じる。


「――っ、あなたに何が分かるというのですか」


「麗ちゃん……」


 ありったけの愛憎を込めて睨みつければ、小夜子の目が揺れた。

 彼女をそんな目で見たのは初めてだ。血を吐きたくなるほど苦痛を感じる。

 それでもいい。義姉に悪とみなされてもいい。

「悪役義妹が義姉に嫉妬して婚約話を潰した」、そんな噂が立っても構わない。

 そうだ、わたくしはお義姉様を想う限りは悪でしかないのだ。

 自嘲するように乾いた笑いが口から出た。


「お義姉様、お話はそれでおしまいですか? では、虎太郎さんのもとへ戻らせていただきますね」


 小夜子が引き留めようと伸ばす手をすり抜け、彼女の部屋を出ていく。

 義姉の伸ばした手は空中で静止したまま、麗華はそれを見届けてドアを閉めた。


 それ以降、彼女は家にやってくる虎太郎について回る。

 吐き気をこらえながら笑顔で彼の腕にまとわりついたし、小夜子の目の前で虎太郎に甘える素振りを見せた。

 虎太郎はまんざらでもないような、居心地が悪いような顔をしていて、小夜子も困っているようだ。義姉のそんな顔を見ると胸がじくじくと痛む。


「虎太郎さん、ケーキを食べさせて差し上げますわ。お口をお開けになって?」


「いや、麗華さん、小夜ちゃんの前でそれは困るっていうか……」


 虎太郎は顔を真っ赤にし、冷や汗をかきながら、慌てて小夜子の方を見ていた。

 義姉はティーカップに唇をつけながら、冷ややかな目で虎太郎を見つめている。


「……まあ、これから虎太郎さんと結婚すれば、いやでも麗ちゃんと接する機会はあるのだし、今のうちに慣れておけばいいんじゃないかしら」


 小夜子と虎太郎のあいだに、気まずい空気が流れていた。

 麗華としてはまずまず成功といった感じではあるが、婚約解消に至るまでにはまだ決定的な押しが足りない。

 それを突きつけるためにはどうしたものか、麗華は頭を悩ませている。


「麗華お嬢様、なにかお悩みのことでもございますか?」


 メイドの原磯が、麗華の自室のベッドメイキングをしながら尋ねた。

 シワひとつないほど丁寧にシーツをかけられた清潔なベッドは、寝るのがもったいないと思うほどである。


「わたくしの様子、そんなにおかしく見える?」


「ええ、まあ。小夜子お嬢様と虎太郎様の婚約が決まってから、明らかにご乱心かと」


 麗華は羞恥で赤面した。

 原磯はもともと義姉妹の最も近くにいて、異常があればすぐに見抜くのだろうが、それを他の使用人にも察知されたらと思うと、自らの演技の下手さ加減に落ち込みそうになる。


「麗華様、よろしければ、お話を聞かせていただけませんか」


 原磯の鋭い視線には、予想外に厳しさはなく、目つきは悪いものの、麗華を糾弾しようとする意思は感じられない。

 小さい頃から慣れ親しんだメイドに、麗華は思いの丈をすべて打ち明けることにした。

 麗華の小夜子への想いに、原磯は顔色を一切変えることはない。


「そういうことでございましたか」


「でも、やっぱりダメよね、敬愛するお義姉様の縁談をぶち壊すなんて……」


 麗華はぎゅっと拳を握りしめる。

 悪役義妹に徹するのはいい。

 だが、それで小夜子が自分から離れていくのは嫌だった。

 かといって、やはり義姉が望まぬ相手と結婚させられることに我慢できる性格ではない。


 原磯はしばらく考え込んだあと、「私も助力いたします」と一言を放った。


「……え? わたくしを否定しないの? 義姉と結ばれたいだなんて、気味の悪い話でしょう?」


「いえ、麗華様が小夜子様をお慕いしていることは、屋敷の使用人は皆、薄々感づいております」


 麗華は衝撃の事実に愕然としている。すべて、見抜かれていたことに、また顔が真っ赤になった。


「というか、アレだけ小夜子様を溺愛しておいて、気付くなという方が難しいかと」


「もういい、もういいから、それ以上言わないで……恥ずかしさで消えたくなってしまいそうだわ」


 麗華は手で顔を覆ってしまう。原磯は相変わらずの無表情で彼女を見つめていた。


「そういうわけで、私は麗華様に協力しようと思います」


「よろしいの?」


「私も、少し気になっていることがあるのです。虎太郎様に関して、調べてみます」


 思わぬ味方を得た麗華は、虎太郎の弱みを握るために、水面下で動くことになる。



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