第13話 答え合わせ
麗華の一世一代の告白が小夜子に通じないばかりか、『姉妹愛』と捉えられて全く相手にされずに絶望に立たされて一週間。
義姉と大河虎太郎の婚約を世間に発表するまでに相当の根回しが行われていた。
大企業の社長令嬢・社長令息の婚約がパパラッチに嗅ぎつけられてはいけない。
記者会見が行われるまでに、このことを秘密裏にしつつ、水面下で準備が着々と進められていった。
そういったことがトントン拍子に進んでいくのを、麗華は黙って見ていることしかできないのか、彼女は思い悩みながら、小夜子の好きなキャラクターのぬいぐるみを作っていたのである。
「はあ……」
思わずため息が出てしまうが、義姉の推し――青嵐とか言ったか――の細かい刺繍をする作業は、浮かない気分を押し込めて、没頭するにはちょうどいい難易度であった。
「麗ちゃん」
不意に背後から小夜子の声が聞こえて、思わず肩が跳ねてしまう。
「お、おおおお義姉様!? いかがなさいました!?」
「あ、ごめんね、急に声かけちゃって。ぬいぐるみ、作ってくれてたんだね」
「ええ、お義姉様たってのお願い事でございますから」
小夜子の婚約者――虎太郎に関して不満はあるものの、義姉の頼みごとは何でも受け入れたくなってしまうのが、麗華の悲しい性であった。惚れた弱みとも言うべきか。
ぬいぐるみ制作の進捗は、色白の肌の色をした布に目鼻と口を刺繍で縫い付け、人の形に縫製して綿を詰めたところである。まだ完成には遠いのだが、そのぬいぐるみの顔を見て小夜子は「可愛い」とにこやかにしていた。そんなあなたのほうが可愛いです、と麗華が言いたいくらいだ。
「虎太郎さんとは、まだうまくいきそうにない?」
「一生無理だと思います」
麗華の即答に、小夜子は微苦笑を浮かべるのみである。
麗華からすれば、愛しい義姉を奪う輩と打ち解けろというほうが無茶なのだが、小夜子は義妹の恋情を知らないので無理からぬところではあった。
「麗ちゃんにだけは教えてあげるね」
小夜子は麗華の隣に座って、内緒事を話すように声を潜める。
麗華は突然何事だろうかと耳を澄ませた。
「どうして、私が急にオシャレをしようと思ったのか……ううん、どうしてこれまでオシャレに気を使おうとしなかったのか」
「それは……虎太郎さんが急に帰国すると決まったからでは?」
麗華はてっきりそう思い込んでいた。
虎太郎との思い出が書かれた日記を読み返した理由は、彼と再会することが決まってからなのは間違いない。
だが――それが再びオシャレをしようと思い立った理由ではない?
「麗ちゃん。私がどうしてオシャレをしなくなったのか、私に尋ねたことがあったでしょう。そのとき、なんて返事したか、覚えてる?」
――周囲の期待に応えたくない。
小夜子は確かにそう言った。
――麗ちゃん相手だから言うけど、これは麗ちゃんのためにも、私のためにも必要なことなの。
あのときは、その言葉の真意がわからなかったし、小夜子もそれに明確な答えを口にすることはなかった。
今、その答えを教えてくれる時が来たのだと、麗華は直感したのだ。
「私がオシャレをしなければ、麗ちゃんと離れ離れにならずに済むと、あの頃は思ってたのね。私もまだ幼かったから」
小夜子は苦笑いをした。
しかし、麗華にはまだ言っていることがよくわからない。
「どういう意味ですか?」
「ほら、女の子ってお嫁さんになったら、通常はお相手の家に行くものでしょう。私、それが嫌だったから」
「結婚したくなかったから、オシャレをしなかった……? では、虎太郎さんとは……」
麗華はすぐに思い至った。
虎太郎は、婿入りするのだから、小夜子がこの家を離れる必要がない。
「より正確に言うと、私に顔も知らない婚約者をあてがわれたくなかったの。お父様はそういう政略結婚とか、平気でする人だから」
義姉妹の父は、長女の変貌に、たいへん苦労したに違いないが、そういった成り行きを考えるとなるほど納得するところはある。
しかし、そんな義姉の抵抗にも、限界はあったようだ。
「お父様がね、婚約しないなら年頃になった麗華に婚約者を用意するって言い出して、私がそれは嫌だって話し合いを重ねた結果の、落とし所が虎太郎さんとの婚約だったの。それなら虎太郎さんと結ばれるのが、一番マシだった」
小夜子にとっては、虎太郎は離れていた期間が長かったとはいえ、幼い頃から気心知れた仲だったのだろう。それに婿入りであるなら義妹と同じ家で暮らし続けることができる。
麗華にとって、それは衝撃の真実だった。
「お義姉様の結婚は……わたくしのせい、ということですか……?」
「違うよ。これは私の意思で決めたこと」
「ですが……わたくしが結婚していれば、お義姉様は……」
「私が嫌だったんだもの。麗ちゃんにはずっと、私のそばにいてほしかったから」
とっくに止まっていた裁縫の手を、小夜子はそっと撫でている。
しかし、これで自責の念に駆られるなというほうが無茶であった。
これから、義姉は婚約者と結婚させられて、後継ぎの問題も出てくるだろう。
虎太郎との間に子どもができて、家庭を築き、母になる。
それを間近に見せつけられる、義姉に恋焦がれている義妹の身にもなってほしい。
小夜子に手の甲を撫でられながら、麗華は内心、打ちひしがれていた。




