第11話 険悪なお茶会
義姉の小夜子から告げられた、「幼馴染の大河虎太郎と婚約する」という衝撃の発言により、絶望の淵に追いやられた麗華。
彼女は現実を認められず、虎太郎と対立し、義姉と義妹、婚約者の三角関係が成立してしまう。
そんな麗華にさらなる絶望が襲いかかることになる――。
アメリカから帰ってきた虎太郎は、その日からたびたび鳳月家を訪れるようになった。
なにしろ、鳳月家と大河家、大企業同士の縁談である。
麗華がメイドの原磯から聞いた話によれば、大河虎太郎が鳳月家に婿入りし、大河コーポレーションが鳳月グループの子会社として傘下に入るという話で動いているようであった。
メイドから聞いて初めて知る、ということは、つまり義妹は蚊帳の外にされている、ということである。
「お父様もお義姉様も、どうしてわたくしのいないところで勝手になにもかも決めてしまうのかしら」
麗華はプンプンと立腹しながら原磯に紅茶を淹れてもらっていた。
メイドはお嬢様の愚痴に耳を傾けながら、茶葉を蒸らしている。
「わたくしが鳳月家の正式な娘ではないから、みんなわたくしを仲間外れにするの?」
「そんなことはございません。物事を発表するにはそれなりの順序というものが必要でしょう。麗華様もそれはご存知のはずでは?」
「それは……そうだけど……」
原磯の言葉に納得はしつつ、麗華はぷうと頬を膨らませた。
そういった振る舞いをしていれば年相応の少女だ、と原磯は思ったかもしれない。
「お、こんなところにいたのか、麗華ちゃん」
男の声に、麗華はゲッ、と言いたげな苦い顔をした。
大河虎太郎は、そんな義妹にはお構いなしに、彼女の向かいのソファに座る。
「原磯さん、俺にも一杯もらえるかな」
「かしこまりました。カップを用意いたします」
原磯がもう一組ティーカップとソーサーを取り出し、カップにお湯を入れて温めた。
「原磯、こんなやつに紅茶なんて用意しなくていいわよ」
「はは……麗華ちゃんには嫌われたもんだな」
虎太郎は苦笑いをするばかりである。
客観的に見ると、麗華がわがままを言って虎太郎を困らせているようにしか見えないので、彼女にとっては余計に業腹であった。
「そもそも、わたくしをちゃん付けで呼ぶの、やめていただけません? 許可した覚えがないのですけれど」
「うん? 『麗華』って呼び捨てにしてほしいとか?」
「やめて。鳥肌が立ちましたわ、今」
それに対しても、虎太郎は困ったような笑みを返すのみ。
原磯は相変わらずのポーカーフェイスのまま、麗華と虎太郎のために紅茶を入れたティーカップをソーサーに乗せてテーブルに置いた。
「もう少し歩み寄ってほしいかな、俺としては。これから君の義兄になるわけだし」
虎太郎は紅茶の匂いを味わってから、静かに液体を口に含む。
その所作はさすが大企業の坊っちゃんといったところか。
麗華はそんな男を冷淡な目で睨んでいた。
「あなたがわたくしの義兄? なにかのたちの悪い冗談でしょう。お父様の決定だかなんだか知らないけれど、あなたの存在自体が認められないの、わたくし」
「存在かあ……。親同士の決定とはいっても、俺も小夜ちゃんのことが嫌いだったら、この縁談には賛成しなかったよ」
虎太郎は静かに微笑んでいる。まるで、小夜子と結婚できることが待ち遠しいとでもいうように。
その慈愛のこもった眼差しですら、麗華にはおぞましく、気に障るものであった。
「俺のこと、なんでそこまで嫌ってるのか、俺にはわからないな。俺達まだ初対面だし、嫌われるようなこと何もしてないよね?」
「お義姉様に近寄るもの、すべてがわたくしにとって気に食わないだけですわ」
異性も同性も関係ない。麗華にとって、義姉にたかるものはすべて等しく花に群がり、疫病をもたらす害虫同然である。
そんな義妹に、虎太郎は首を傾げるばかりであった。
「小夜ちゃんに近寄るものが許せない……って、お義姉さんが結婚できない行き遅れになっても、君は構わないってこと? それは本当に君のお義姉さんのためになるのかな?」
麗華は唇に近づけたカップをピタッと止める。
虎太郎に目を向ければ、彼はカップをソーサーに置いたまま、真っ直ぐな目で義妹を見つめていた。
「少し冷静になってほしい。今、君は『お義姉さんを独り占めしたい』って我欲で動いている状態だよ。それってお義姉さんの幸せをちゃんと考えてる?」
「……ハッ。それで、あなたと結婚すれば、お義姉様が幸せになれると思ってますの? ずいぶん自信がおありですのね」
「麗華ちゃん――ああ、ちゃん付けは嫌なんだっけ。じゃあ麗華さんって呼ぶけど――俺が小夜ちゃんを幸せにするには、君の協力が必要だと思ってる。俺達の幸せのために、どうしたら俺を鳳月家の一員として認めてくれるか、教えてくれないかな」
麗華は初めてたじろいだ。ティーカップの水面に波紋が浮かぶ。
義姉を幸せにするために、この男を認めなければならないという選択肢が、彼女の中にはない。どうにかして欠点を見つけて、鳳月家から追い出さなければという強い意志だけで動いている。この男を鳳月家の一員として受け入れることが、どうしても今の彼女にはできそうになかった。
義妹の動揺に気付いているのかいないのか、虎太郎は紅茶を飲み干すと「ごちそうさま」と立ち上がる。
「麗華さん、その辺、よく考えておいてよ。どうしたら俺が鳳月家の人間にふさわしくなれるのか。君が言い出したことだからね」
虎太郎が立ち去ったあとも、麗華はしばらくティーカップの中身を飲めないまま固まっていた。




