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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第30話 月下の反逆者①

 朝日が木々の隙間から差し込み、森に淡い光の筋ができていた。冷たい夜の気配をまだ一部に残しつつ、世界はしとやかに明るみを帯びている。そんな静まり返った林の一角で、数名の兵士たちが声を潜めながら足早に移動していた。どの鎧も夜通しの探索で埃まみれになり、息も荒い。犬の吠え声が途切れ、今は兵士同士の雑談や足音だけがかすかに聞こえる。


「おい、あっちだ。何か倒れてるぞ……」

先頭を行く男が小声で呼びかける。彼の呼びかけに反応して、周囲に配置された兵士数名が音も立てずに集まってきた。昨夜から続けていた捜索の結果をついに得られたのかと胸騒ぎを覚えつつ、彼らは徐々に円を描くように付近を取り囲む。


「ここか……? 殿下が執拗に追っていた反逆者……」

「多分そうだ。あの二人組が逃げ込んだって報告があった森だしな。今までまったく見つからなかったのが不思議なくらいだ」


 兵士の一人が恐る恐る斜面を降り、地面に倒れている二人に近づいていく。その姿は男女二人――しかも、寄り添うように身体を重ねたまま微動だにしない。悲壮な光景に、男は唾を飲み込んだ。


「……息をしていない。あれほど苦労して探したっていうのに、こんな形で……」

膝をつき、手を伸ばして脈を確かめようとするが、その指先に感じるのはもう冷たくなり始めた肌だけだった。短剣の刃が血を帯びて光っていて、それが彼らの命を奪った凶器なのだと示している。


「まさか、心中ってやつか? こんな追い詰められた末に、自分たちで……」

もう一人の兵士が隣で息を呑む。信じられない、という苦い表情を浮かべている。王太子殿下の命令で散々この森を囲んできたが、追いつめられた反逆者はこれが最期の手段だったというわけだ。


 二人の服には血がにじんでいて、男の腕には女が抱きかかえられるように収まっていた。まるで深い眠りに落ちているだけのような安らかな表情が、かえって胸に重くのしかかる。兵士のうち一人がため息混じりに呟く。


「馬鹿な……あれほどの捜索をしたのに、ここで間に合わなかったのかよ。大将ロイドも一晩中探してたのに……」

「あいつらが逃げのびてたら、処刑でも見世物にでも使えると思ってたんだろうな。しかし、これじゃあ……」


 悔しそうな声が漏れる。彼らは単に命令に従っていたにすぎないのだが、それでもこんな展開を望んだわけじゃなかった。正義と呼ぶにはあまりにも陰惨な結末を目の当たりにして、兵士たちは思わずその場で言葉を失う。


「こいつが……アレン・クレストンか? あとの一人が、カトレア・レーヴェンシュタイン……国賊だと思っていたけど……こんな風に終わるなんて、誰も想像してなかったよ」


 隣の男が頷くように首を振り、小さく吐息をつく。二人の姿は寄り添うように倒れ込み、血の匂いが生々しく漂っているのに、その表情だけは穏やかにも見える。争いの果てに何も得られず、ただ静かに逝ってしまったのだろう。


「殿下は失望されるだろうな……。せめて裁判という形を取れたほうが良かったのかもしれないが、これじゃ国賊の末路としても派手さがない」

「まあ、それが奴らの選んだ道なんだろう。ロイド様も報告を聞いたらショックだろうな……かつての友人を、こんな形で……」


 会話の合間に、上官らしき男が少し離れたところから駆け寄ってくる。大きく息を切らしながら部下を見回し、「どうだ?」と鋭い声を上げた。部下たちは静かに首を振って答える。


「息はしていません。どうやら短剣による自害と……心中の可能性があります。救命の手は及ばないでしょう、血も既に固まりかけてる」

「そうか……。やはり。ご苦労だったな。殿下に報告しないといけないが、こいつらの身体を一応運ぶぞ。放置しておくわけにもいかない」


 こうして指示が降りると、数名の兵士が無言で二人の亡骸を囲むようにしゃがみこむ。まだ温もりの余韻が残っているかどうかを確かめるように、そっと男の腕をずらし、女の身体を引き離そうとするが、まるで力がない状態でもきつく抱き合っているのか、引き剥がすのは難しそうだ。


「まるで寝てるみたいだな。争って死んだというより、本当に心中して逝ったのか……」

「反逆者の末路ってやつか。だけど、こんな穏やかな顔で倒れてるなんて、なんだか皮肉だな」


 彼らの呟きに、周囲は沈痛な空気で包まれる。言葉にできない喪失感と虚無感が兵士たちを支配し、誰一人として勝利の実感など抱けなかった。これが王家の求めた展開かはわからないが、反逆者を捕らえるという目的だけを考えれば結果的に失敗だ。


「何をしてる、早く回収しろ。殿下がお待ちだ。ここでぐずぐずしても仕方ない」

上官が少し苛立った声で命じる。兵士たちは渋々と作業を進めるが、二人がまるで離れたがらないかのように腕を絡め合った状態に苦戦している。血で固まった服や短剣が引っかかり、雑に扱えばさらに遺体を傷つけそうだった。


「……こんなの、報告したって誰も得しないだろうに。まあ、これが現実だ。国賊は国賊でも、彼らも人間だったんだよ」

「そうだな。俺たちもただ命令に従っただけだが……ああ、なんとも言えないな」


 兵士の独白のような嘆きが、森の朝に染み渡る。周囲の樹々は朝陽に照らされ始め、鳥がかすかにさえずっている。そんな美しい自然の中で行われるこの作業が、どうしようもなく味気なく悲しい。


「もう一度言うが、報告を急げ。こいつらは“反逆者”として処理するしかないのだから。殿下がどう判断されるかはわからんが」

「了解っす……。なんだか、すべてが虚しいな……」


 大勢の兵士たちが連携し、遺体を担ぎ上げようとする。そこには二人が寄り添う姿のままでいて、緩やかな死の表情を浮かべていた。まるで“まだ生きているのでは?”と思うほど穏やかな寝顔。短剣を握ったまま、自ら命を絶ったのは間違いない。血の跡が示しているが、その表情だけは安らかだ。


「まさか、こんな結末になるなんて……一晩中探してた俺たちの苦労は何だったんだろうな……」

「さあな。だが、これで終わりだ。王家に逆らった果ては、こうなるしかないのかもしれない」


 誰ともなく言葉を交わしながら、兵士たちは二人の亡骸をそっと抱きかかえる。しっかりと抱き合っている腕が離しにくく、まるで「離れたくない」と言っているようにさえ思えた。苦々しい気持ちを噛みしめたまま、彼らはゆっくりと森を出るために歩きだす。


「反逆者の末路か……なんとも言えねえな」

誰かの静かな呟きが後方に響くが、誰も答えを返さない。空っぽのような虚無感だけが胸に広がり、朝陽が森を明るく染めているのが妙に皮肉に感じられる。

 こうして、アレンとカトレアの安らかな寝顔のままの亡骸は、王家の兵士たちによって発見され、収容されていった。打ち砕かれた正義や恋の残骸が血と泥にまみれて散り、森には穏やかな風だけが吹き抜ける。静寂の底で二人はもう動かず、ただそれだけがあまりにも静かに、そして虚しくこの地に刻み込まれているかのようだった。

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