第27話 ロイドとの再会と決別②
兵士たちが廃墟のホールにずらりと並び、緊迫感が増していく。埃まみれの床の上、ロイドが先頭に立って剣をこちらに向けている姿は、かつての友としてはあまりにも見るに耐えない光景だ。けれども、そのロイドの目は鋭く、やり場のない苦悩を宿しているようにも見えた。
「アレン……何度も言うが、投降してくれ。おまえをここで討つのは本意じゃない」
ロイドが懇願めいた口調で訴える。俺は苦い笑みを浮かべるしかない。カトレアが俺の横でぎゅっと拳を握り、ロイドを睨む。兵士たちはいつでも飛びかかれるように陣形を固め、息を詰めている。
「投降? ふざけるなよ。俺がおまえに従ったら、カトレアは王太子の手に渡る。何が待っているかわかってるか? 拷問か、見せしめの処刑か……絶対に渡せるわけないだろ」
「しかし、おまえが抵抗すれば、この場で血を見ることになるぞ。もう逃げ道はないし、どのみち王太子はおまえらを許さない」
「それでも、俺は最後までカトレアを守る。ここまで逃げ回ってきて、殿下に膝を屈するなんてありえない。それこそ意味がないだろうが」
言葉が自然ときつい調子になる。ロイドも怒りをこめて剣を握りなおす。背後の兵士たちが槍の柄を打ち合わせる音が、耳にこびりつくほど大きく感じられた。カトレアは沈黙しているが、その瞳は涙で潤んでいる。
「アレン、わかってくれ……俺だって友を助けたい気持ちはあった。だけど、領地を守るためには殿下には逆らえない。俺には家族や住民を守る責任があるんだ」
「責任? だからって、おまえがやってることは、殿下に俺たちを差し出す裏切りそのものじゃないか。おまえだけが辛いんじゃない、俺たちも必死に生きてるんだぞ!」
「……わかってる。けど、もう譲れないんだ。俺が殿下の命令を無視したら、領地がどうなるか……想像もつかない」
「なら、俺たちを殺して領地を守れよ! それが正義ならな!」
思わず叫び声が漏れて、兵士たちの中にざわつきが広がる。ロイドはかっと目を見開き、歯を食いしばって息を詰める。その表情からは苦悩が消え、剣先がわずかに俺たちへ近づいてきた。
「やめて、アレン……そんな言い方しないで」
カトレアが俺の袖を握って小さく声をかけるが、もう止まらない。ロイドも限界のように声を張り上げる。
「ふざけるな、アレン。おまえを殺したいわけじゃない! でも、投降しなければそうするしかないんだ。わかってくれよ……俺だって辛いんだ!」
「辛いなら、どうして殿下を止めようとしない? おまえには昔から“誰かを救う”ことを大事にする優しさがあったはずだ。それを捨てるってのか?」
「捨てるも何も……俺には領地と家族があるんだ! それを守れないなら俺の人生には価値がない。だから、殿下に従うしかないのさ!」
ロイドが叫ぶように言葉を吐き捨てる。その声にはかつての柔和さは微塵もない。数え切れないほどの苦渋と選択を経て、ここに至ってしまったのだとわかるが、もはや理解できる次元を超えている。彼は王家の手先となって俺たちを捕らえる道を選んだのだ。
「友を守るどころか、殿下のために俺たちを差し出す。そんな生き方、俺は認められない」
「わかったよ。なら、仕方ない。俺ももうこれ以上、昔の情けに縛られたくない。アレン、おまえが殿下に逆らうのをやめないなら、ここで決着をつけるしかない」
「ロイド……」
カトレアが消え入りそうな声で呟く。見れば、彼女の瞳から涙が一筋こぼれ落ちている。友情が崩れる瞬間を目の当たりにし、彼女はどうしようもない悲しみに囚われているのだろう。だが、ロイドの剣先は微塵も揺るがない。
「俺には譲れないものがある。おまえだって“カトレアを守りたい”って言ってるように、俺は自分の領地と家族を守るために譲れない」
「それが最終結論なんだな。おまえとは、もう何もわかり合えない……」
「そうなる。アレン、おまえも意地を通すなら、俺たちを倒してでも逃げろ。どうせ殿下が逃がすわけないが……」
「ロイド、あんた……」
カトレアが言葉をのみ込み、顔をそむける。大粒の涙が頬を伝って落ち、床の埃に染み込んでいく。俺はそんな彼女の肩をそっと支え、けれども視線はロイドから離さない。
「……昔のおまえが戻るなんて期待はもうしない。これで友情もすべて終わりだ。二度と“友”なんて言葉で俺を惑わせるなよ」
「二度と言うつもりもないさ。おまえが俺を拒むなら、それで構わない。殿下の命令がある以上、いずれこうなるしかなかった」
「カトレア……ここで戦っても勝ち目はない。逃げるぞ」
兵士たちが剣を構え直した瞬間、俺はカトレアの手を強く握る。彼女が泣きはらした顔を上げるが、その表情には戦う意志よりも逃げ延びたいという切実な思いが混ざっているのがわかる。ロイドが「待て、捕らえろ!」と声を張り上げたのを合図に、兵士たちが一斉に動き出す。
「行くぞ! カトレア、離れるな!」
「う、うん!」
俺たちは廊下を駆け出し、崩れかけたドアや壁を縫うように進む。兵士たちが追いかけてくる音が背後で響き、カトレアがその度に小さく悲鳴を上げる。ロイドの怒声が「追え!」と重なり、かつての友情はこの瞬間に完全に砕け散ったと実感せざるを得ない。
「アレン! 来てる、後ろ!」
「わかってる! でも、こっちにも出入口が……」
廊下の突き当たりに見えていた扉は既に崩落していて外には出られない。仕方なく階段を下りようと身を翻すが、そこにも兵士の姿がちらりと見えた。腕を振りかぶった甲冑の男が槍を突き出してくるのをギリギリでいなし、カトレアとともに脇道へ転がりこむ。
「くそ……どこも塞がれてる。外に出るのは無理か」
「こんな場所で争うなんて……最悪だわ……!」
「ロイドのやつ、本気で俺たちを捕まえるつもりだ。領地と家族を守るためって、そりゃそうかもしれないが……」
破れかけた窓から覗く朝の光が、不気味なほど明るい。ここがまだ廃墟の中であることが信じられないくらい、闇は既に解けはじめている。だが、その外にはさらに多くの兵士が控えているだろう。行き場がないのは明白だった。
「アレン……どうしたら……」
「わからない。でも、ここで捕まるか、外に逃げようとして斬り殺されるか。選択肢はその程度しか見えないな」
「そんな……」
カトレアは涙を浮かべながら首を振る。足音が再び近づき、ロイドの「そこにいるぞ!」という声が壁越しに聞こえた。いつか一緒に飲み交わした友だった男と、こうして敵として向き合わなければならない現実が胸をえぐる。
「仕方ない……死ぬよりは逃げるほうがマシだろ。ここでロイドに投降なんかしても、カトレアがどうなるかわかったもんじゃない」
「ええ、わたしも投降するくらいなら……あなたと逃げ回って死ぬほうがマシよ」
「その意気だ。よし、行くぞ……!」
お互いの手を握りしめたまま、物陰を活かしてホールの横を駆け抜ける。兵士が二人、こちらへ剣を向けてくるが、その腕をすり抜ける形で階段へ再び移動する。崩落しかけた壁を飛び越え、懸命に脇道を探す。息が切れそうになるが、カトレアを振り返って声をかける。
「大丈夫か、カトレア……!」
「うん……はぁ、はぁ……もう、無茶苦茶よ……でも、逃げるしかないわ!」
兵士の鎧が石床を踏みならす音がますます大きくなる。ロイドの声が混じって聞こえる。「捕らえろ、逃がすな、すぐに追いつけるはずだ!」――かつて交わした友情は今や乱暴な号令にかき消されていた。
「ロイド……もう二度と戻れないんだな、おまえは。わかったよ。お互い、自分の選んだ道を進むだけだ」
心中でそうつぶやき、俺は無理矢理カトレアの手を引いてさらに奥へ駆ける。曲がり角で足を踏み外しそうになるが、どうにか体勢を立て直す。兵士の槍が背後をかすめたような鋭い風切り音が耳をかすめ、冷や汗が背筋を濡らす。
「くそっ、あの裏切り者め……! こんなの……こんなの、もう友情なんて呼べない!」
「落ち着いて、アレン……! ここで止まったら本当に捕まるわ!」
「わかってる。行くぞ、カトレア!」
視界の端に朝日が差し込み、廃墟の石壁を染めている。俺とカトレアはその薄光の中で走り続ける。背後ではロイドが「こっちだ、絶対に逃がすな!」と叫ぶ声が響き、兵士たちが怒号を重ねて追ってくる。廃墟の床が軋み、埃が舞う中、二人で必死に出口を探すしかない。
こうして俺たちの激走の中で、ロイドとの友情は完全に砕け散る。投降という選択を拒んだ以上、ロイドもこれ以上手加減しないだろう。あの日々の思い出が頭をかすめても、今はただカトレアの手を離さずに走るしかない。狂った運命の歯車が最後のとどめを刺そうとしている気がして、胸が焦げるような痛みに襲われる。
それでもカトレアと共に逃げ延びたい。それが俺の決断であり、かつての友を葬る形にもなってしまったが、もう後戻りはできなかった。兵士の甲冑音が近づき、ロイドの怒号がホールにこだまする中、俺たちは血塗れの廃墟を駆け抜けていく。




