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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第27話 ロイドとの再会と決別①

 朝もやに包まれた廃墟の館。その荒れ果てた玄関扉が、突然、轟音とともに激しく揺れた。板が軋む嫌な音が響き渡り、俺とカトレアは思わず身を固くする。夜明けの静寂を一瞬で破る衝撃に、背筋に冷たい汗が流れた。


「来たか……」


 思わず小声で呟く。ほとんど眠れないまま夜を越えたのに、ようやく迎えた朝は恐怖の幕開けとなるらしい。扉を突き破ろうとする大きな力が何度も加えられているのがわかる。カトレアが隣で小さく息を飲んだ。


「アレン……兵士が踏み込んでくるわ。逃げ道はもうないのかしら」


「正直、外を取り囲まれてる以上、正面突破は絶対に無理だ。それより問題は……奴らの指揮をとっているのが誰か、だな」


 嫌な予感が走る。リシャール本人が来るわけではないだろうが、かつて友だった誰かの姿が脳裏にちらつく。ロイド――王家に屈した旧友の顔が浮かんで、胸に痛みが刺さる。


 ギシャアアッ……という破壊音とともに、玄関の扉がついに内側へ崩れ落ちる。埃が舞い上がり、足早に兵士が廊下へなだれ込んでくるのが見えた。金属の甲冑が複数の松明の灯を受けて鈍く光る。彼らの真ん中、ひと際目立つ背の人物が俺たちに向かって声を張り上げた。


「アレン、出てこい! ここに隠れているのはわかってるんだ!」


 やっぱり――という言葉が頭に浮かぶ。奥歯をかみ締め、カトレアと視線を交わす。廊下に響くその声は、馴染み深い。ロイド・ブランシェ。この廃墟への侵攻を先頭で率いているという事実に、胸がどうしようもなくざわめく。


「ロイド……本当に、おまえが……」


 呟くように言葉が漏れる。いまさら驚きは薄いが、やはり心が抉られる。足音を殺して廊下の物陰に身を潜める俺たちへ向け、兵士たちは一斉に武器を構えながら進んでくる。ロイドの声が冷えた空気を震わせる。


「アレン、そこにいるんだろ? 頼む、応戦なんてするな。血を流しても何も解決しない」


「何も解決しない? こんな形で踏み込んでくるくせに、よくそんな言葉が言えるな」


 俺は震える拳を握りしめながら、意を決して物陰から姿を現す。カトレアが背中を追うようにして出てきた。兵士たちが警戒するように一斉に剣や槍を向ける。カトレアが小さく息を詰めるのがわかった。


「ロイド……こんなことをして何になる? おまえだってわかってるはずだ。俺たちを捕まえたところで、殿下の思い通りになるだけだぞ」


 問いかけながら、一歩進み出る。兵士のひとりが「動くな!」と剣を振りかざすが、ロイドがそっと手を上げて制止した。その横顔は苦渋の表情を浮かべているようにも見えるが、言葉には冷たい決意が滲んでいた。


「仕方なかったんだ、アレン……。おまえを捕まえなければ、俺の領地も王家に潰される。俺はそこを守らなければならない」


「本当にそれでいいの? おまえの言う正義はどこへ行った? 昔は仲間を大事にするいい奴だと思ってたのに……もうそんな面影もないよ」


「……それでも仕方ないんだ。殿下の力は絶対だ。アレン、俺だっておまえを売るのは辛い。でも領地の人々を路頭に迷わせるわけにはいかない」


 その言葉に、心の奥がじわりと熱くなる。たしかに、ロイドにはロイドなりの理由があるのだろう。しかし――あまりにも多くを踏みにじりすぎた。友との絆も、エレナの命すらも結果的には放置する形で殿下に加担してきた事実。カトレアがぎりっと歯を食いしばって、ロイドへ声を上げる。


「ロイド、あなたの裏切りがどれだけの苦しみを生んだかわかってるの? わたしたちはエレナさんも、領地も、みんな失ったわ」


「……カトレアさん、そのことはすまないと思っている。だけど、どうしようもなかった。俺は自分の領地を守るために殿下に従うしか――」


「“仕方ない”って何度言えば済むと思うの? わたしたちの犠牲が積み重なってるのを放置して、自分だけ守るとか、そんなの卑怯よ!」


 激しい怒りを伴う彼女の声に、ロイドはわずかに目を伏せる。だが、それでも再び視線を上げたときには、冷たく決意を宿したまま兵士たちを顧みる。そして、さらなる命令を口にするようだった。


「……兵たちよ、アレンとカトレアを包囲するのを怠るな。だが、できるだけ血は流させるな。二人を生け捕りにしろ」


 彼の言葉に兵士が無言で頷き、一斉に円を描くように俺たちを取り囲む。抜き身の武器が行き場を失った俺の胸に向かって揺れ動き、背後にはカトレアの小さな肩が震えているのがわかる。


「待て、ロイド……殿下に従う限り、そっちに選択の余地はないのか? 俺たちを捕まえれば、それが本当に領地を守ることになるのか?」


「ならないかもしれない。でも、殿下に逆らっては何も残らないんだ。正義なんか俺じゃ通用しない。これが俺のできる限界だよ」


「ふざけるな……っ!」


 思わず握りしめた拳を振り上げかけるが、兵士が俺とカトレアの間に割り込むようにして、槍の柄で牽制する。ここで無理に動けば、彼女が危ない。俺は舌打ちを噛み殺し、ロイドを睨むしかできなかった。


「やっぱり、あなたはもう戻れないのね。こうして直接わたしたちを捕まえに来るなんて……信じたかった昔のあなたはもういないのね」


 カトレアの言葉がどこか哀切を帯びて響き渡る。ロイドはそっと目を伏せ、唇をかすかに震わせたあと、小さく息を吐いた。


「投降してくれ。殿下に抵抗を続ければ、ここで血が流れるだけだ。俺も、おまえらを殺したいわけじゃない。そこだけは信じてほしい」


「投降? 何言ってるんだ……捕まったら殿下に処刑されるだけだろ。そんなの命が助かるわけないじゃないか」


「いや、まだ命までは奪わないだろう。殿下にとって、おまえたちを生け捕りにして“公開裁判”なり“見せしめ”にする価値があるかもしれない。そこに僅かな希望がある」


「希望……? そんなものあるわけないでしょ! わたしたちをエレナ殺しの凶悪犯として見せしめにしたいだけじゃない!」


 カトレアが声を荒げると、ロイドは視線を彷徨わせながら苦しげな顔をする。だが、その表情はもう昔の友らしい柔和さではなく、何か決定的に割り切った悲しさを感じさせるものだった。


「それでも……投降したほうがおまえらの命は長らえるかもしれない。俺はこれが精一杯の善意なんだ。もしここで手荒な真似をすれば、兵が一斉に襲いかかるだけだぞ」


「……それが、おまえができる最大限ってわけか。どこまでも殿下の手先になりきったんだな」


「すまない、アレン。けど、俺だって苦しんでいる。領地を守るため……おまえを売るしかなかったんだ」


 ロイドが前に進み出るようにして、手を差し伸べてくる。その姿はかつての友情を示す仕草に似ているが、いまはそこに温かみなど感じられない。カトレアが震える声で「触らないで!」と叫び、身体を引く。


「……ロイド、まだ迷ってるなら、ここで殿下に背を向けてくれよ。おまえがいるから兵士が思う存分動けるんだ。おまえが引けば俺たちだって戦う必要はない」


「悪いが、それはできない。もう俺が殿下に背を向ける道は閉ざされてる。わかってくれ……俺だって好きでこんなことしてるわけじゃない」


「言い訳ばっかり……っ!」


 思わず叫んでしまう。ロイドが小さく息を呑み、悲しそうに顔を伏せるのがわかるが、こちらの怒りと悲しみは治まらない。死力を尽くして逃げてきたのに、最後の最後でかつての友に止めを刺される形になるなんて、あまりにも皮肉だ。


「投降すれば命は助けてやる――それがおまえの最善策か。笑わせるな。殿下にとって、俺たちは国賊でしかないんだ。どうせ処刑される未来が待ってるだけじゃないのか」


「……おまえらを処刑するかどうかは殿下の裁量次第だ。俺ができるのは、この場で血を流さずに捕まえて、殿下に渡すこと。領地を守るためのギリギリの妥協案さ」


「もう十分だ、ロイド。あんたとこれ以上話す必要なんてないわ」


 カトレアが静かにそう言い放ち、ロイドへと冷徹な視線を向ける。兵士たちがぴりついた空気を感じ取り、一層円を狭めるようにこちらへ迫ってくる。その刃の光が眩しく映り、胸に重苦しい覚悟が押し寄せる。


「ロイド……二度と昔に戻ることはないんだな」


 俺は呟き、拳を握った。ロイドは寂しそうな目でうなずき、俯きながら小さく言葉を漏らす。


「すまない。これが俺の選んだ道だ。……捕まってくれ、頼む。おまえを守る術はもうこれしかないんだ」


「“守る”だって? あんたが言っていい台詞じゃないわ!」


 カトレアの怒りが最高潮に達し、兵士たちが一斉に備えを固める。ロイドは苦い顔をしつつ、手を上げて彼らを制しながらも、もう一度「投降しろ」と声を張り上げる。俺とカトレアは兵の殺気を感じつつ、腰を落として構える以外に選択肢が見えない。


 息が詰まるような緊張感の中、廃墟の廊下にこだまするのは、ロイドの命令と兵士の威圧的な足音だけ。かつては友と呼べた相手が今や王家の手先となり、俺たちを捕らえるべく先頭に立つ――この光景がたまらなく虚しい。


「……わかった。おまえがこれが最善だと思うなら、俺たちは……」


 言葉を切る。何を言っても虚しいが、それでも俺はカトレアの手をぎゅっと握りしめる。逃げ場のない状況、王家の圧倒的な権力。ロイドはもう完全に向こう側へ行ってしまった。

 こうして、かつての友が目の前で剣を突きつけてくる現実に、俺もカトレアも憤りと悲しみに飲まれる。次にどんな選択をしても、残るのは絶望ばかり。どうしてこんな結末になってしまったのか――兵士の囲みの中で、痛切な思いを噛みしめるしかなかった。

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