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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第22話 希望の証拠②

 うらぶれた廃屋の一角、埃まみれの床に布を敷いて横たわるエレナを、俺とカトレアは必死に支え続けていた。夜の闇に包まれた裏路地は相変わらず殺伐としているが、運よく兵士の足音は聞こえてこない。とにかく、この短い隙間にエレナの手当てと話を聞くしかない状況だ。


「エレナさん、落ち着いて。いま、できる限り止血してるから……!」


「ええ、お願い……ごめんなさい、血が……」


 カトレアが焦った声を上げつつ、手近な布でエレナの傷を押さえている。俺はそっとエレナの頭を支えて呼吸を整えやすいように角度を調整。薄い唇から漏れる痛々しい吐息に心が痛む。


「何があったんだ、エレナさん……あんたが倒れたって聞いてからしばらく意識が戻らない状態だったのに。どうやって……ここまで……」


「わたし……王宮に潜り込んで、リシャール殿下の“不正の証拠”を……どうにか持ち出したの。……それで……逃げ切ろうとしたら……襲われて……」


 彼女は苦しそうに言葉を紡ぐ。まともに呼吸もできないほど傷が深いのだろう。カトレアが不安げに目を伏せるのを感じながら、俺はエレナが握りしめている小さな袋に目を移す。


「それが……証拠なんだな? 殿下がやっている悪行を暴く決定的な文書だって……」


「そう……ここに……形に残せない手紙や……契約書が……。あの夜会の後、王宮の高官から裏で回してもらった……。わたし、どうしても……あなたたちに渡さなくちゃ、と思って……」


「高官から……? 一体、どうやって手に入れたのか……。こんなものがあったなんて……」


 カトレアが目を見開いて問いかける。エレナはうっすらと微笑もうとするが、その顔は血の気が失せていて痛々しい。かすれた声を振り絞りながら、言葉は断片的につながっていく。


「王太子殿下の……汚職と、他国への利益誘導、捏造の指示……全部……ここに。公表すれば……国は……彼を止めざるを得ない……」


「本当に……そんな凄いものがあるの?」


「ええ、わたし……それを守るために……。殿下の取り巻きが邪魔しにきたのを……振り切って……」


 エレナの声が急に弱まる。俺は慌てて彼女の体を支え直し、少しでも楽な姿勢を作ろうとする。だが、彼女の肌は酷く冷たい。意識が飛んでしまいそうなほどダメージが大きいのがわかる。


「しゃべらなくていい! ほんとにやばいって……早く手当てを!」


「そうよ、今は息を整えて! わたしも傷の場所を特定しなきゃ……って、もう血が止まってないんじゃない?」


「ごめん、でも……アレン様、カトレア様……これを、受け取って……」


 震える手が小さな筒状の入れ物を差し出してくる。そこには複数の書類が収まっているらしく、ガサリと密集した音がした。大切に守っていたのだろう、シミや泥が付着しているが、決して離さなかったんだろうと想像できる。


「エレナさん、わかった、預かるから。……でも、今はあんたの命が大事だ。とにかくこのままじゃ……!」


「この書類……王家の不正を暴く……最後の手段……アレン様たちが……公表するしか……」


「落ち着いて、無理しないで」


 カトレアが声を荒げて止めようとするが、エレナは必死な目で俺たちを見上げる。まるで「今しかチャンスがない」と言わんばかりに、もう一度筒を押し付けるように手を差し出してくる。


「これを……殿下の手が届かないところで……世に示して……殿下が、わたしたちをどう扱ってきたか……暴いて……。頼むから……無駄にしないで……」


「わかった、必ず……必ず活かす! あんたの努力を絶対に無駄にしないから。殿下の捏造を暴きたいんだ、俺たちだって!」


「そう……それなら……少しは……報われるわ……」


 その言葉と同時に、エレナはガクッと力を抜いてしまう。カトレアが慌てて「だめよ、しっかりして!」と叫ぶが、返事はただの浅い呼吸だけ。彼女のまぶたは閉じかけていて、触れた頬は氷のように冷たい。


「くそ……本当に今にも死にそうだ。助けを呼びたいけど、そんな余裕はないし……兵士に見つかったら終わりだ」


「どうすればいいのよ、こんな状況で……! わたしに医療の知識なんかないし、エレナさんがこのまま息を引き取ったら……」


「それだけはダメだ。あんたにも苦労かけるけど、まずはここで応急処置をするしかない。殿下の兵士が来るかもしれないが、動かすのは危険すぎる」


「……わかった。わたしも協力する。とにかく血を止めて、この傷を……」


 カトレアと二人で手早くエレナを抱きかかえながら持ち合わせの包帯や布で応急処置を施す。痛みで小さくうめく声が聞こえるが、彼女自身が半ば意識を飛ばしているため、思うような手当ても進まない。


「こんな状態で……喋って、証拠まで持ってきたのか……。なんて執念だよ。エレナさん……強すぎるだろ」


「本当に……。わたしたちを助けるために……」


「いや、もしかしたら国全体を救うためかも。俺たちに“リシャールの不正”を暴いてほしかったんだろう。あいつがやりたい放題だって、エレナさんは知ってたから」


 カトレアが淡く頷く。頬に涙が浮かんでいたが、素早く拭って表情を引き締める。そう、泣いている暇はない。エレナの犠牲を活かして、リシャールに鉄槌を下さなければならないんだ。


「この証拠、きっと凄いわね……彼女が命懸けで持ち出したものなんだから。わたしたちも覚悟しなきゃ。あの男、きっとさらに激しく襲いかかってくるわ」


「カトレア……そうだな。ロイドまで裏切ったいま、頼れるのはこの“エレナが託してくれた最後の手段”だけかもしれない。絶対、無駄にしないぞ」


「うん……。わたしもあきらめない。エレナさんが命を賭けて届けてくれたんだもの。捏造だらけの王家の正体を、絶対に暴いてやるわ」


「まずはこの路地を抜けて、落ち着いた場所へエレナを運ぼう。適当な廃屋でもいい、彼女が眠れる環境を整えなきゃ、目を覚まさないかもしれないし」


「ええ、そうしましょう……。今度こそ逃げ回るだけじゃなく、あの男の尻尾を掴むのよ。エレナさんが残した道筋を信じて……」


 カトレアと目を合わせ、決意が固まる。エレナの命はまだ予断を許さないが、ここで止まるわけにはいかない。何としても新たな隠れ場所に移り、この証拠の中身を確認して利用法を考えなくては。


「行こう。兵士に見つかったら二度目の惨劇になる。エレナさん、耐えてくれよ……もう一度、命を繋ぎ止めれば、きっと……」


「大丈夫、わたしたちが絶対に見捨てない。あなたも強い人なんだから、負けないで……」


 彼女を抱え込むようにして、カトレアが周囲を警戒する。俺も息を詰めて路地の先を見やり、兵士の影がないか確認する。なんとか薄闇に紛れて、再び歩き出すしかない。

 エレナが手渡してくれた小さな筒。その中には“リシャール殿下の不正を示す決定的な文書”が眠っているという。まだ具体的にどんな内容なのかはわからないが、希望の光が胸を照らす。しかし同時に、ヘタをすれば兵士に捕捉され、エレナの犠牲が無意味になるかもしれない。いまは焦りと期待がない交ぜになった複雑な感情を抱えながら、ただひたすら安全地帯を探す。

 こうして、“命を賭けた”エレナが生き延びるかどうかもわからないまま、俺たちはギリギリの逃亡を継続する。だが、この文書こそがリシャールを追い詰める最後の手段かもしれない――カトレアと互いに握るエレナの手はひどく冷たいが、その一条の光に賭ける覚悟だけは、ますます強くなっていた。

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