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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第21話 暴かれた隠れ家③

 絶望感が喉まで押し寄せてくる。ロイドの裏切りによって完全に兵士に包囲された――その事実が、視界の端を真っ暗に染め上げていくようだった。


「アレン、兵がもうすぐそこまで……っ!」


 カトレアが俺の腕を掴む声には、はっきりと震えが混ざっている。廊下を埋め尽くす金属の足音と怒号が耳を突き刺し、どこへ逃げてもすぐ捕まりそうな嫌な予感が頭を支配した。


「どうする……ここで捕まればすべてが終わる。くそ、まだ終われないんだ!」


 俺はやり場のない怒りと焦りを噛み殺しながら、近づいてきた兵の姿を横目で捉える。鎧を纏った男が剣を突きつけて叫んでいた。


「反逆者め! 大人しく武器を捨てろ!」


 持っていたのは護身用の短剣だけ。それでもこちらの本気を示すように構えると、男が舌打ちして一歩踏み込んできた。


「カトレア、下がってろ!」


「大丈夫、わたしは……っ!」


 彼女も必死で僕の背中に回る。剣を持つ兵士と、短剣しかない俺。この状況は絶望的だが、やるしかない。さもなきゃ今ここで終わる。兵士の剣が斜めに振り下ろされ、火花のように鋭い音が散った。


「ぐっ……重いな!」


 受け止めきれず、体が壁に叩きつけられる。短剣がビリビリと震え、腕がしびれるほど痛む。しかし、ここで屈するわけにはいかない。耐えろ、耐えろ――。気合いと根性だけで相手の剣を跳ね返す。


「アレン……気をつけて!」


 カトレアの声が背後から聞こえ、俺は頭を振ってどうにか姿勢を立て直す。すると、別の兵士が横合いから盾を突き出してきた。


「くそ、数が多すぎる……っ!」


 どこを見ても敵だらけ。まったく勝ち目がない戦いに、胃がきしむ。カトレアを庇いながら細い廊下を後退すると、兵が囲みを狭めるように配置される。そんな中、奥のほうで指揮を取っているのはロイド――何度見ても信じられない光景だ。


「アレン、抵抗は無駄だ! これ以上やれば、殿下の怒りが増すだけだ!」


「ふざけるな、今さら説得なんか……! おまえがどの口で言ってるんだよ、ロイド!」


「すまない、本当に……でも俺だって、こうするしか――」


「もういい! おまえの言葉なんて聞きたくない!」


 怒りと悲しみが混ざって声を張り上げると、兵士の一人が飛びかかってきた。ガチンと金属音が響き、俺は勢いで床へ転がる。背後のカトレアが危ない――咄嗟に立ち上がり、軍配のように剣を振ってくる相手の腕を短剣でかすめて後退する。


「カトレア、こっちへ!」


「ええ、わかってる……っ!」


 彼女も苦しげに息を詰めながら、俺の横に回り込む。逃げ道は少ないが、屋敷の裏口がまだ残されているはず。ぐちゃぐちゃの物陰を縫うように走り、廊下の奥へ突っ込んだ。


「ここから外に出られるわよね!? もうやるしかない!」


「そうだ……戦っててもキリがない。捕まれば終わりだ!」


 兵士が追いすがる音を背後に感じるが、まるで本能が“今しかない”と警告しているようだ。カトレアを先に走らせ、追ってきた兵の剣をなんとかいなして斜めに突き飛ばし、俺も飛び込むように裏口のドアに手をかけた。


「くそ、開け……!」


 硬い扉が少し歪んでいたのか、最初は開かないかと肝を冷やす。けれど一気に体重をかけて押し込むと、ギギギと軋む音とともにドアが開き、冷たい風が流れ込んだ。


「今だ、急げカトレア!」


「うん……! うわっ!」


 外に足を踏み出した直後、何人もの兵が周囲に散らばっていた。俺たちを取り囲むように包囲しているらしいが、全員が一斉に動く前に隙を突いて飛び出すしかない。強引に兵の脇をすり抜け、叫び声を振り切るように走り出す。


「このままじゃ捕まる……走れ! 街に紛れるんだ!」


「わかってるわ! もう戻れない、行くしかない!」


 兵の一人が盾を突き出してきたのを見て、一瞬スライドするように地面を蹴って横へ滑りながら避ける。カトレアもドレスをまくるようにして、転びそうになりながらも懸命に駆ける。その間、後ろでロイドの怒号が響いていた。


「行かせるな! 全員、追うんだ! あいつらを取り逃がすな!」


 ロイドの指示に従うように兵士が一斉に駆け出す。カトレアが振り返り、絶望に近い表情を浮かべているのが目に入る。だが、正面に立ちはだかる兵をなんとかすり抜けることに成功し、俺とカトレアは夜明け前の薄暗い街へ逃げ込んだ。


「っ……はぁ、はぁ……助かった、のか?」


「まだよ! 兵たちがすぐに追ってくるわ。路地に入れば巻けるかもしれないけど……」


「一瞬の隙を作ってくれたのは運が良かった。くそ、ロイドめ……!」


 走りながら息を整える余裕もない。追いすがる足音が背後から近づいているが、路地を曲がりくねりながら全力で走る。カトレアの手を強く握りしめ、闇に紛れるように逃げ続けた。


 どれほど走っただろうか。ちょうど人けの少ない裏道まで出た頃には、兵の足音が少し遠ざかった気がする。二人して暗闇に身を隠し、塀の陰で肩を上下させる。


「はあ、はあ……逃げ、逃げられた……」


「危なかった……ほんとに……。ロイドまで……どうして、どうして裏切ったの……」


 カトレアが荒い息を吐きながら涙目で呟く。その言葉に胸が痛くなる。ロイドは俺の大切な友人だったはずなのに――今や殿下の側につき、兵を率いて襲いかかってきた。あの苦しそうな顔は見たが、だからといって許せるものではない。


「ロイド……俺たちを売ってまで領地を守りたいのかよ……最悪だ、こんなの……」


「わたしたち、どうすれば……もう、信じられない……。ああ……こんな形で友情が壊れるなんて……」


 カトレアが荒い呼吸の合間に言う。俺も心の中がぐちゃぐちゃだ。ロイドには感謝していたのに、その現実が一瞬でひっくり返ったのだから。まるで反転した世界を目の当たりにしたような感覚がする。


「仕方ない……とにかく逃げるしかないんだ。あの屋敷はもう使えない。兵が完全に押さえただろう。俺たちは……また何もない路地をさまようしかない」


「また、逃げるのね……。でも、まだ捕まらないだけマシよ。あそこで捕まってたら絶対殿下に潰されてたわ」


「うん……逃げ延びたことだけが救いだ。けど、俺はロイドを失った。まさか、こんな……」


 拳を握りしめ、地面を蹴るように苛立つ。どうして、友を失わなければならない? どうして彼が裏切る道を選んだ? わかっている。殿下の脅しに屈したのだろう。だが、それでも心は割り切れない。あいつは俺の大切な友だったのだから。


「アレン……今は立ち止まってる場合じゃないわ。兵がまた巡回してくる前に、どこか別の場所へ……」


「わかってる。まさに夜の街へ舞い戻り、再び逃亡生活か。……こんなの、もういい加減にしてほしいのに……!」


「でも、ロイドが裏切った今、頼れる人がさらに減ったわ。エレナさんは倒れてるし、本当にわたしたちだけね」


「くそ、全部失っても、まだ走るしかないのか……」


 カトレアは目を伏せ、俺も心の痛みに耐えている。ロイドへの怒りと悲しみが交錯して胸をざわつかせるが、いまはそれを拭い去り、この夜を生き延びることに集中しなければならない。 


「行こう、カトレア。もうこの近辺も危ない。すぐに次の路地を探して移動するんだ。夜明けが来る前に兵たちの網を抜けよう」


「ええ……そうしましょう。ロイドなんか、もう……」


「……ああ。もう、あいつは友じゃない。何があっても許せないよ」


 その言葉を口にしたとき、胸の奥でズキリとした痛みが走る。友情が壊れた――そう自覚したのは、これが初めてだった。もう二度とあいつを信じられないし、あいつも俺たちを助けるつもりはないのだ。


「……ロイド。おまえも苦しんでるんだろうが、俺にはもう関係ない」


 心でそう呟き、カトレアの手を強く引く。夜の街へと再び駆け出しながら、後ろを一瞥すると、遠くのほうでロイドが苦々しい表情を浮かべている姿がかすかに見えた。唇がわずかに動いたように思えたが、その言葉は届かない。


「……すまない、か。今さらそんなこと言われたって、何になるんだよ……」


 結局、俺とカトレアはロイドの手引きで大勢の兵に追い詰められたものの、わずかな隙を突いて辛くも逃げ延びることに成功した。だが、その代償として、ロイドとの友情は完全に崩壊してしまった。

 夜の風がひどく冷たく感じる。帰る場所も、頼れる仲間も、どんどん失っていく――そんな不安が全身を蝕むが、俺たちは立ち止まれない。逮捕を逃れた今も、兵たちが追ってくるのは明白だ。明日の光は遠いまま、暗く陰鬱な夜の街へ走り去るしかない。

 ロイドの苦渋の表情を振り切るように、俺はカトレアとともに闇の奥へと消えていく。“仲間”だったはずの人物が敵になった瞬間の喪失感を噛み締めながら。

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