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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第21話 暴かれた隠れ家②

 鈍い衝撃音が、屋敷の静寂を一瞬で引き裂いた。玄関扉が激しく揺れ、金属が軋む嫌な音が廊下に響き渡る。俺はカトレアの手を掴みながら、廊下の陰へと身を寄せた。


「扉を破ろうとしてる……! まさか、もう兵が突入してきたってことなのか?」


 声を潜めつつも、焦りは募るばかり。さっきまで「何者かが近づいている」と聞いていたが、まさかこんなに早く強行突入されるとは。ドン、ドン、と扉に叩きつけられる音が刻々と大きくなる。まるで、数人がかりで押し破ろうとしているようだ。


「アレン、あっちの窓から逃げられないかしら? 裏口に回る時間は……」


「試してみたいけど、あそこは通路が狭いし、もう兵士に囲まれてるかもしれない。うかつに外に出たら袋の鼠だろう」


 カトレアの顔は青ざめている。自分も似たようなものだ。背後では使用人たちが小声で「どうしましょう……」と慌てているが、答えがあるわけでもない。いつ扉が壊されてもおかしくない現状だ。


 そして次の瞬間――バキリと嫌な音を立てて玄関扉が大きく割れ、数名の兵が一気に踏み込んできた。白銀の鎧をまとい、王家の紋章を刻んだ盾と剣がちらりと見えたとき、全身から血の気が引く。


「おい、いるはずだぞ! 捜せ!」


 兵士の一人が大声を上げ、周囲に指示を飛ばす。俺とカトレアは咄嗟に廊下の物陰へ隠れようとするが、こんな場所にずっと留まっていても見つかるのは時間の問題。部屋の角からそっと覗きこむと、兵が一斉に隊列を組んで奥の部屋へ進行しているのが分かった。


「こんなの、いつバレてもおかしくないわ……! どうする、アレン、戦うの?」


「無理だろ……相手はまとまった人数だ。兵士相手に正面衝突なんて勝ち目がない」


 兵士たちの足音が近づくたびに心臓が痛いほど鼓動する。俺たちがこんな状況に追い込まれるなんて、まさか……。ひょっとしてすでにあの“移動”の情報が漏れていたのか? 


 そんな疑念が頭をよぎる中、一段と重い足音が響き、兵たちが左右に分かれた。通路の奥から姿を現したのは――俺が見間違いを起こしてしまうほど、信じられない人物だった。


「アレン、出てこい! ここを取り囲んでいる。もう逃げ場はない……無駄に血を流すな!」


 聞き慣れた声が凛と響く。まるで指揮官のような立ち位置で、兵たちの前に立っているのはロイド・ブランシェだった。俺は一瞬、言葉を失う。カトレアが息を呑んだのが、背中越しに伝わる。


「……嘘だろ、ロイド? なんでおまえが……」


「アレン……そこにいるのはわかってる。頼む、出てきてくれ。俺だって、こんなことしたくないんだ」


 苦しげに言葉を絞り出しながらも、その背後には兵士が剣を構えていて、まるでロイドが彼らを率いているような構図だ。まさか、そんなはずはないと脳が拒否反応を起こすが、目の前の光景は変わらない。


「まさか……あなた、わたしたちを売ったの? ロイド、これってどういうことなのよ……!」


 カトレアが怒りに震えた声を上げる。裏切りなんてありえないと思っていたのに、いま現実が突きつけられている。ロイドは視線を逸らしながら口を開く。


「……すまない、カトレアさん。俺もこうするしかなかった。殿下の怒りを買って、領地を守るために……どうしようもなかったんだ」


「は……? あなたを信じてここまで来たのに、これが答え? 自分の領地のためにわたしたちを犠牲にするの? こんなの許せるわけない!」


 カトレアの声には怒りと悲しみが混ざり合っている。俺は悲鳴を上げそうになる心を必死で抑え、混乱を整理できずに言葉を発する。


「ロイド、おまえ……嘘だろ。友だと思ってたのに、まさか指揮官として兵を率いて……おまえがここを襲撃してるのか?」


「……アレン、本当にすまない。おまえを売り渡すのは気が引けたが、殿下には逆らえなかったんだ。俺の領地を潰されたら、俺は……」


「ふざけるなよ! こんなの……どうして、どうしてこんなことを!」


 胸を締めつける苦しさが言葉を噛み砕く。友だと思っていたロイドが、兵を従えて堂々と俺たちを捕らえに来たなんて、笑えない悪夢だ。あまりの衝撃に拳を握りしめ、体が震える。


「アレン、もう逃げられない。逮捕命令は正式に出てるんだ。おまえもカトレアさんも、これ以上抵抗したって悲惨な末路を迎えるだけだ。どうか……大人しく、殿下の裁きを受けてくれ」


「殿下の裁き? こんな形で捕まって、一切言い分を聞いてもらえずに処刑されるかもしれないのに……おまえはそれでもいいのか!」


「……俺は、どうしてもこうするしかなかった。おまえを見捨てるのは心苦しいが、領地を守らねば。頼む、許してくれ」


 ロイドの顔には苦渋の表情が浮かんでいるが、兵士たちには容赦がない。部屋の奥まで踏み込みそうな勢いで剣と盾を構え、「抵抗するな!」「出てこい!」と声を上げている。カトレアが唇を震わせ、目に涙を浮かべながら叫んだ。


「ロイド、あなたを信じたわたしが馬鹿だったっていうわけね……。こんなの最低よ。あなたはわたしたちが受けてきた苦しみを、ぜんぶ知っていたのに……!」


「……わかってる。知っていた。だから余計に苦しいんだ。けど、もう後には引けない。殿下に逆らえば俺が終わる。……すまない、カトレアさん」


「この裏切り者……っ!」


 カトレアの悔しげな声に、ロイドはさらに目を伏せて肩を落とす。しかし、後ろの兵士が「話はそこまでだ。さあ、投降しろ」と詰め寄ってくる。もう一瞬の猶予もないということだ。


「くそっ……ロイド、おまえってヤツは……」


「アレン、本当にすまない。でも、どうしようもなかったんだ。……頼む、抵抗するな。さっきも言ったが、殿下に逆らえばさらに重い罪になる」


「逆らわなければ“罪”にならないなんて思ってるの? わたしたちがどれほど苦しんできたか、あなたも知ってるくせに……!」


「……わかってる。全部わかってるんだ。だけど、もう遅い。申し訳ない、許してくれ」


 兵士たちが一斉に構えをとる。俺はとっさにカトレアを庇うように前に出るが、絶望感に押し潰されそうだ。外を逃げたところで包囲されているのは明白。まさか――本当に「友人」であるロイドが兵を率いて襲ってくるなんて。


「さあ、アレン・クレストン、カトレア・レーヴェンシュタイン。ここで観念しろ!」


「……ロイド、おまえが敵になるってわけか。そんな……ちっとも納得できないけど、現実なんだな」


「すまない……わかってる。アレン、まさかこんな形でおまえと対峙する日が来るとは思わなかった。だけど、俺も領地を守るためには……」


「いい加減にしてよ! そんな大義名分で許されることじゃないわ!」


 カトレアの怒声が響き渡り、兵士たちの間に一瞬の緊張が走る。誰もがいまにも剣を向け、飛びかかってきそうな雰囲気だ。ロイドは「手を下げろ」と兵士たちを制するが、その声には明らかな揺らぎがある。


「……頼む、殿下に抵抗するな。あとで説明の機会があるかもしれない。捕まれば辛いかもしれないが、生きていれば道はある」


「道なんてあるわけないだろ! 殿下が用意した道は処刑しかないじゃないか……!」


「わからない。けど、抵抗してここで命を落とすのだけはやめてくれ。殿下がどう判断するかわからないが、まだ可能性はゼロじゃない――」


「ふざけるな……裏切ったヤツにそんなこと言われても、信じられるわけないだろ……!」


 部屋の空気が凍りついた。ロイドの言葉は苦しそうで説得力に欠ける。俺たちの惨状を分かっていながら、領地を守るためとはいえ友を売り渡すなんて――


「ロイド、こんなの……」


「……ごめん。今更何も言えない。だから、せめて無駄に死なない道を選んでほしい。今はそれしか言えないんだ」


 そう呟くロイドの姿は歪んだ悲しみを背負っているように見える。しかし、兵士たちは容赦なく布陣を固め、前進を始める。廊下の奥からは「逃がすな!」という声も聞こえた。俺はカトレアを横目に、「どうすればいいんだ」と頭が真っ白になるのを感じる。

 こうして、ロイドに率いられた兵たちが屋敷を完全に包囲。まさかの裏切りに俺もカトレアも言葉を失うまま――恐るべき運命が押し寄せようとしていた。

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