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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第21話 暴かれた隠れ家①

 朝の光がまだ淡い薄橙色を帯びている時間帯、俺とカトレアは隠れ家の客間で静かに過ごしていた。夜通しの移動を経て、ようやく腰を下ろせる場所を確保できたのは嬉しいが、やはりこの屋敷に完全に安堵できるわけではない。扉の外で足音が響くたび、胸の奥が落ち着かなくなる。


「はあ……とりあえず、ここが安全だってロイドは言ってたけど……どうにも落ち着かないわね」


 窓辺に立つカトレアが、遠くを見つめながら小さく息をつく。身を隠すためとはいえ、薄暗く目立たない屋敷は、まだ慣れない匂いが充満しているようで妙に息苦しい。俺は椅子から立ち上がり、彼女の隣へ歩み寄った。


「でも、ここに来るまで特に追っ手もなく、道中は何とか無事だったろ? ロイドが教えてくれたルート、完璧だったじゃないか。少しは安心してもいいんじゃない?」


「……ええ。それはそうなんだけど、どうしても気になっちゃう。ロイドの様子って言うか……彼があんなに具体的に道を示してくれたの、ちょっと不自然だった気がして」


 またその話か、と胸中で思う。カトレアはずっとロイドの“目が笑っていない”といった直感を口にしているが、俺には理解できない部分も多い。ロイドは命がけで俺たちを助けてくれている――それを疑うのは、友人としてあまりに失礼だと思ってしまうのだ。


「気にしすぎだよ。あいつは親切心からやってくれてるんだろう。この屋敷だって、ちゃんと人目につきにくいように工夫されてるし、ほら、使用人たちも少数だけど頼りになりそうだろ?」


「そうね……みんな協力的な様子だし。わたしもそう信じたいけど……」


「大丈夫さ、きっと。ここなら比較的安全だ。ロイドが場所を教えてくれたおかげで、兵士の捜索もかわせたじゃないか」


 俺が笑顔を見せると、カトレアは少しだけ瞳を和らげる。相当疲れがたまっているのだろう。俺も同様だが、彼女の負担はさらに大きいはず。今のところ、ここが最善の隠れ場所なのは間違いない。


「……まあ、ここまで来られたのもロイドの計らいがあったからだし、疑いすぎるのもよくないわよね。わたしが考えすぎると、お互い疲れちゃうし」


「うん、そうだ。ほら、せっかく朝を迎えられたんだし、もう少し休めば? 夜通し移動してきたんだから体力だって限界だろ?」


「でも……寝てる間に何かあったら怖いし……ま、もう少し身体をほぐしたら横になろうかしら」


 カトレアは窓の外をちらっと見つめたまま返事をする。屋外には薄い霧がかかっていて、視界はそう良くはない。それでも彼女の目には何か不穏なものを探るような鋭さがある。確かに、王太子リシャールの手が迫っている状況を考えれば、そう簡単に気を抜くのは危険かもしれない。そんな緊迫した空気を感じ取ったその時、廊下から急ぎ足のステップ音が響いた。


「アレン様、カトレア様! 失礼いたします……!」


 扉が軽くノックされ、使用人らしき若い男が慌てて入ってくる。血の気が引いた表情で、視線が乱れており、ただならぬ事態であることを物語っていた。嫌な胸騒ぎが一気に高まる。


「どうしたんだ? そんなに慌てて……」


「すみません、外を警戒していた者が“何者かが近づいている”と報告を。しかも、数名ではなく大人数の気配があるとか……」


「え……まさか、兵士が!? こんな朝っぱらから?」


 俺が動揺を露わにすると、使用人は青ざめた顔でうなずく。カトレアが息を詰めたまま俺を振り返る。その目には「やっぱり見つかったのか……?」という恐怖と絶望が垣間見えた。


「念のため、門のあたりを確認しようとしたところ、複数の影が敷地のそばまで来ているようです。詳しくはまだわかりませんが、普段とは明らかに違う動きだとか……」


「くっ……こんなに早く嗅ぎつけられるなんておかしいわね。絶対に誰にも知られてないはずなのに、どうして……」


 カトレアが素早く立ち上がり、ドレスの裾をつかみながら焦りを滲ませる。俺も内心は冷や汗でいっぱいだ。せっかく安全な場所だと思っていたのに、もしこれが兵士の一斉捜索なら、一巻の終わりかもしれない。


「わかった。使用人のみんなにも落ち着いて行動するように伝えてくれ。こちらもすぐに動きを確認する。まさか、もう……」


 言葉が詰まる。さっきまでの“ここなら安全”という気持ちが一瞬で吹き飛んだ。一体どうしてこんなに早く足がついたのか。ロイドから場所を聞いていたのは自分とカトレア、そしてごく少数の人間だけのはず……


「どうしよう、アレン。もう兵士が敷地に入りかけてるなら、逃げる間もないかもしれないわ……」


「いや、まだだ。諦めるな。もし本格的な突入ならもっと大きな音がするはずだ。とにかく確認して対策を考えよう」


「でも、扉を開けて外を見ればこっちもバレるかもしれないし、詰んでるわよ……」


「落ち着いて。使用人が報告してくれたってことは、まだ屋敷まで到達してないんだ。やれることはある」


 とは言っても、焦りは抑えられない。ついさっきまで「ロイドの情報通り、ここなら大丈夫だろう」と安心していた自分を殴りたい気分だ。カトレアが苦しげに唇を噛む。


「まさか、こんなあっけなく見つかるなんて……。ロイドは“ここは絶対に安全”って言ってたのに」


「いや、まだ確定じゃない。もしかしたら兵士じゃない可能性もある。あるいは通りがかりの旅人……って、それは楽観的すぎるか」


「……どうする? 本当に見つかってるなら、逃げ道は……」


 カトレアが不安に押しつぶされそうな顔で問いかけるのを見て、俺は奥歯を噛みしめながら答える。今すぐ行動しないと、もしかしたら手遅れになる。


「見つかったわけじゃないと信じて、一度屋敷の裏口を確認しよう。兵がそっちに回ってるかどうか使用人に見てもらうんだ。それから、少しずつ退路を探してみる」


「……わかった。わたしも落ち着くわ。なんとかしないと。兵たちに囲まれたら、もうおしまいだもの」


「そうだ。こういう時は迅速に、な。頼むよ、カトレア」


「ええ……あなたこそ焦りすぎないでね。わたしも全力で動くから」


 そう言い合い、俺たちは急いで扉を開けようと足を向ける。だが、その心にはどうしても「まさか、もうバレたのか……?」という絶望感が渦巻いていた。つい数時間前まで安全だと言われていた場所が、こんなに簡単に漏れてしまうなんて想定外すぎる。


「……ロイドがまだ来てないけど、こんなタイミングで兵士と鉢合わせなんて、どう考えても嫌な偶然ね」


「偶然……か? まあ、そんなマイナス思考になるな。とにかく行動しよう」


「そうね、わたしも祈るしかないわ……」


 カトレアの言葉に含みを感じつつ、俺は意地でも信じようとしている。しかし、その不安が現実味を帯びてくる気配が拭えない。これが兵士たちの足音なら、本当に万事休すかもしれない。

 屋敷の外から、小さな声が聞こえてきたような気がした。“まだ見つからないのか?”と苛立った調子の男の声――まさか気のせいではないだろう。俺たちの心にじわじわと迫る恐怖。

 こうして、隠れ家に静かだった朝は一変し、不穏な気配に包まれた。疑念を抱えたカトレアと、それをなだめる俺。“まさか、もう見つかったのか……?”という焦りが頂点に達する中、いよいよ物語が大きく動き出そうとしている。

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