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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第20話 ロイドの裏切り②

 朝の薄い光が屋敷の廊下に差し込む頃、俺とカトレアは階下で地図を眺めながら今後の行動を検討していた。潜伏しているこの古い屋敷が、いつ兵士に見つかってもおかしくない――そう感じてから、かなりピリピリした空気が続いている。


「ねえアレン、ここももう限界じゃないかしら。監視の目がどんどん厳しくなってるみたいだし、外へ出るときもギリギリすぎる」


「うん。さすがに焦るよな。とはいえ、どこへ動くかも悩ましい。大通りに出た途端、兵士に声をかけられそうだし」


 そんなやり取りをしていると、突然玄関のほうから軽いノックの音が聞こえてきた。ドアが開かれるのを警戒して、俺が素早く身構えると、そこにはロイドの姿があった。彼が静かに扉を閉め、俺たちに向かって駆け寄ってくる。


「アレン、カトレア……無事だったか。よかった」


「ロイド! おまえこそ無事かよ、どうやってここまで来たんだ?」


「道中は多少兵士がいたけど、まあ何とかね。ちょっとした裏道を使ったんだ」


 ロイドはいつも通りの柔和な笑みを浮かべているが、額にはうっすらと汗が見える。何か急ぎの用事があるのだろうか。俺はすぐにカトレアと顔を見合わせて、少し警戒しながらロイドに声をかける。


「大丈夫か? そこまで急いで来たってことは何かあったのか?」


「いや……何かあった、というか、そっちのほうが危険じゃないかと心配でな。近頃、殿下の兵が大規模に捜索を始めたって話を聞いてさ」


 ロイドはあわあわと落ち着かない態度を取るが、それも真剣に俺たちを案じているように見える。カトレアが横でじっとロイドを見つめているのを感じたが、その視線はどこか疑いの色を含んでいた。


「そりゃ捜索も激化してるだろうけど、ここにまで来たって情報はまだないよ。まあ、時間の問題だろうけど……」


「だから、早めに移動したほうがいいと思うんだ。実は王都の郊外に安全な隠れ家があって、そちらなら兵士もそう簡単には近づけない場所なんだよ」


 郊外の隠れ家――その言葉に、俺は胸が一瞬弾む。確かに、ここでずっと潜伏を続けるのはリスクが大きいし、もしその郊外が本当に安全なら、積極的に検討したい。だが、カトレアがすっと口を開いた。


「ねえロイド、そんな都合のいい隠れ家があるなんて初耳だけど? エレナさんからの情報じゃないわよね、彼女は意識不明のままだし……」


「いや、エレナさんとは関係ないさ。俺が王都の“あちこち”を探った結果、見つけた場所だから。詳しい場所はここで言えないけど、確実に安全だよ。むしろ宿やこの屋敷にいるよりはマシだ」


「ふうん……そう。ありがとう、助かるわね」


 カトレアの言葉は礼を言いつつも、微妙にトゲを感じる。だが、ロイドは気に留めた様子もなく苦笑してみせるだけ。俺はその様子を見て「カトレア、疑いすぎだよ」と目で伝えたが、彼女は首を振ってそっぽを向く。


「ロイド、確かにここも危険だし、俺としては移動の選択肢は大歓迎だよ。もし安全に過ごせるなら、ぜひ頼りたい。いつ動けるんだ?」


「よかった。おまえがそう言ってくれると助かる。準備は今日明日でも整えられるが……一応、警備の動きを見つつ、タイミングを合わせたいところだ」


「なるほど。具体的にはどんな感じで? こっちも荷物があるし、カトレアの体力も考えないと」


 俺が前のめりに質問すると、ロイドは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに表情を繕うように笑顔を作った。


「荷物は最小限でいいよ。あんまり大掛かりに運んだら目立つし。場所は王都の北端を抜けてしばらく行った森の中。兵が巡回してるメインルートを避けて進むんだ。一応、馬車を用意するけど、兵の目を避けるために夜間の行動になるね」


「夜……。そっか、じゃあここの屋敷から何時に出るのがいい? 正確な時間とルートがわかれば助かるな。途中で迷わないように地図も用意してあるし」


「うん、詳しく書面にまとめておくよ。あとで一緒に確認してくれ。……それと、もし誰かに付けられたりしたらすぐにルートを変えてほしい。兵が執拗に追いかけてくるかもしれないからな」


「助かる。ありがたいな、おまえがいてくれて。本当に心強いよ、ロイド」


 俺が心から礼を述べると、ロイドは苦い笑みを浮かべて「いや、そんな」と遠慮する。その表情がどこか苦しげに見えたが、すぐに笑顔に切り替えて俺の肩を叩いてきた。


「大したことはしてないさ。……それより、おまえらのほうがつらい状況だろ? 殿下に追われるなんて普通じゃ考えられない苦労だ。友として手を差し伸べるのは当たり前だよ」


「ねえロイド、本当に“友”として……」とカトレアが割り込むと、ロイドはやや動揺したような目を向けるが、すぐに笑みを作る。


「まあ、長年の付き合いだからな。アレンのことは昔から知ってるし、カトレアさんの境遇も理解してるつもりだから。とにかく力になりたいんだ」


「そう……」


 カトレアはそれ以上何も言わないまま、視線を伏せる。俺は彼女がロイドを警戒する理由を理解しかねて、少しソワソワしてしまう。彼がわざわざ助けに来てくれるのはありがたいことなのに、どうして疑う必要があるんだろう。


「ま、時間がないから急ぎめに動こう。そうしないと兵士の警戒も日に日に強くなってるし、いつここがバレてもおかしくない。俺が手配書をちらっと見たけど、おまえらの顔もしっかり描かれてたよ」


「マジか……本当に追い詰められてるな。わかった、急いで移動準備を整える。ルートと時間を教えてくれたら、その通りに動くよ」


「うん。それがいい。一度夜に合流して、森に入るまで俺が先導するから。そしたら兵の目もある程度は誤魔化せるかもしれない」


 ロイドが手帳を取り出し、日にちや予定時刻、そして細かなルートをざっくりと示してくれる。俺はそれを真剣にメモしながら、頭の中で地図を思い浮かべた。これなら安心だと思えるが、背後でカトレアが腕を組んで黙り込んでいるのが気になった。


「カトレア、大丈夫? さっきからおとなしいけど……」


「え? ああ、うん……少し考え事をしてただけ。ロイドがこんなに詳しく案内してくれるなんて意外で」


「意外って……なんだよ、その言い方。せっかくロイドが助けに来てくれたのに、失礼じゃないか?」


「別にそういう意味じゃないわ。ただ……なんでもない。ごめんなさい、ロイド。わたし、最近ちょっと疑心暗鬼になりすぎてるの」


 ロイドは「いや、わかるよ」と笑みを浮かべ、カトレアの言葉を否定しようとはしない。俺も内心ホッとして、「これで大丈夫だ」と強く思った。


「じゃあ、準備を進めるから、ロイドは大丈夫か? また夜に会うっていうことだよな。ここには戻らないのか?」


「うん、戻らない。いま俺がここに出入りしてるところを見られたら、おまえらの居場所がバレるかもしれないからね。夜にこっそり来るよ。合図をしたら合流ってことで」


「わかった。助かる、ほんとに。さすがおまえだよ」


「いや……うん、じゃあ夜に」


 ロイドが顔をそむけるように笑い、鷹揚に手を振って玄関から出て行く。その背中を見送っていると、カトレアがそっと俺の袖を引いた。


「ねえ、アレン……やっぱり何か引っかかるのよ、ロイドの様子が」


「またそんなこと言って……彼は俺たちを本気で助けようとしてるだけだろ? 昔からそういう優しいヤツなんだよ」


「そうかもしれないけど、わたしの勘が警鐘を鳴らすのよ。……いや、弱ってるから疑いすぎなのかもしれないわね。ごめん、気にしないで」


 俺は苦笑しながら首を振る。カトレアは警戒心が強いから、いまの状況で仕方ないと思うが、ロイドを疑うのはさすがに酷な気がする。友人を悪者扱いするなんて考えたくもない。


「気にするなって。俺が責任をもって信じてるから、ロイドに関しては。まあ、もし何かあったら確認するけど……あいつは裏切るような奴じゃないよ」


「……そう、よね。わかったわ、あなたがそこまで言うなら、わたしも素直に受け取ることにする」


「ありがとう。じゃあ、さっそく移動の準備しようか。荷物を整理して、夜までにはいつでも出発できるようにしておきたい」


「ええ、そうね。今度こそ殿下に見つからないようにしないと、本当にアウトだもの」


 そう言い合って、俺たちは部屋へ戻る。ロイドが教えてくれた移動ルートと日時、合流の手順――それらを信頼して行動を起こすのだ。心底ホッとすると同時に、ほんのかすかな不安も浮かぶが、それはきっとカトレアの疑心暗鬼に影響されたのだろう。

 まさかロイドが裏切るなんて想像できない。俺は彼を友と呼び、カトレアの疑念も否定してきた。だから、ここで情報を渡してしまうことにためらいはない。俺たちは移動の日時とルート、身支度の段取りを綿密に決めていく。

 こうして、夜を迎えれば郊外へ逃れるための一大移動が始まる。俺はそれが救いになると固く信じ、カトレアにも笑顔を向けるが――少しも晴れない胸騒ぎに気づかぬまま、俺たちはロイドに託した。

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