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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第18話 友情の狭間②

 王都の裏路地に面した、こぢんまりとした喫茶室。飾り気のない木の扉をくぐり、中に足を踏み入れると意外にも暖かなランプの光が漂っていた。俺はロイドから「ここで会おう」と言われた時は少し疑問だったが、落ち合うには目立たなくてちょうどいい。


「よかった、もう来てたのか。ごめん、少し手間取って遅れちまった」


 ロイドが隅のテーブルに腰掛けているのを見つけ、俺は声をかける。彼はいつもの柔和な笑みを浮かべて手をひらひら振った。


「いや、俺も今来たところさ。おまえが無事なら何より。王都の連中の監視がうざいだろう?」


「本当にね。宿にも張りついてるらしくてさ。出かけるだけでも緊張するよ。……でも、こうして連絡をくれて助かったよ。殿下が“カトレアは他国と通じてる”なんて馬鹿げたデマを作り上げようとしてるんだ。そっちのほうの進展を知りたかった」


 言いながら席に着く。ロイドは軽くうなずき、ドリンクを一口飲んでから口を開いた。


「その話は、俺も聞いてる。相当やばいらしい。殿下の取り巻きが、ちょっとした書類やら証言を捏造する計画を進めてるとか。もう少しで“公式”に発表されるかもしれないってさ」


「うわあ……最低すぎる。さすがに言葉が出ないよ。何が何でもカトレアを犯罪者に仕立てるつもりか」


「殿下としては、おまえらを放置しておく方が面倒だと思ってるんだろう。だからこそ、強引にでも断罪の道筋を作りたいんだ。いまはその下準備をしてる段階だろうね」


「きついな。どうにかして裏を取って、殿下の嘘だと証明したいんだけど……門前払いに遭ったし、堂々と王宮で交渉できる相手もいない」


 俺は頭を抱えて溜息をつく。ロイドは少し暗い表情を浮かべたが、すぐに切り替えるように軽く手を振った。


「そこで、エレナ・ホワイトローズが動いてるらしい。おまえも覚えてるだろ? 彼女は王都の社交界に相当顔が利く。独自のパイプを使って、殿下側の内部情報を探るつもりらしいよ」


「エレナさんが? それは助かる話だ! まさに王都の上層部に知り合いが多いって言ってたし、彼女が捏造の証拠を掴めば、殿下の嘘を突き崩せるかもしれないじゃないか」


「そう簡単にいくかはわからないけどな。リスクも高いし、殿下がここまで強引に動いてる以上、エレナさんも危険を冒すことになる。それでも彼女は協力する気らしい。おまえらを見捨てないって言ってた」


「それだけでも希望がある。……よかった。朝からもう絶望的な気分でさ、カトレアとどうすりゃいいんだって頭を抱えてたんだ。さすがに王太子が“他国のスパイ罪”なんてものをでっち上げるのには驚きすぎて」


「そりゃ驚くよ。でも、おまえらも驚いてばかりじゃ勝てない。次の手をどうするか、エレナさんやおまえらと連携して考えていく必要がある。あっちだって待ってくれないしな」


 ロイドがそう言うと、俺は急に気持ちが少しだけ軽くなった。殿下の横暴に立ち向かえる仲間がいるのは心強いし、ひとりじゃないと思える。カトレアもこれを聞けば喜ぶだろう。


「でも、そっちも大変じゃないのか? 俺たちを助けてるって知られたら、殿下の怒りを買うかもしれないだろ」


「はは、そりゃ心配だよ。けど俺も友人を見捨てる気はないし、エレナさんも腹をくくってるみたいだから、何とかやるさ。別に正面から殿下を敵に回すわけじゃない。うまくバレずに動く方法もあるだろうし」


「ロイド……ありがとうな。本当に救われるよ」


「いいや。俺がやれることなんて大したことじゃない。最終的にはおまえとカトレアが直接殿下と向き合うことになるだろうし。そのときは覚悟が要るぞ」


「わかってる。いまさら後戻りなんてできないしな。門前払いされたって別の手段を探し続ける。殿下の嘘が公表される前に、こっちが先に手を打ちたい」


 ロイドは目を伏せて小さくうなずいた。少し陰った横顔が気になったが、すぐに目を戻して柔らかく笑う。まるで何事もないように――アレンとしては、少し引っかかるが、深く突っ込むほどの余裕もなかった。


「じゃあ、もう一回エレナさんに会ってくれ。そちらで情報交換すれば、殿下が何を企んでるかわかるかもしれない。運が良ければ捏造の証拠そのものを手に入れられるかもしれないし」


「なるほど。カトレアと一緒にエレナさんを訪ねてみるよ。きっといい作戦を考えてくれると思う」


「そうしろ。俺は俺で裏から動いてみる。殿下に気づかれないように気をつけるけど、もしバレたら一気に片付けられる可能性もあるから、その時は悪いけど助けられない。すまん」


「そんな、謝らなくていいさ。おまえがそこまでリスクを負ってるのはわかってるよ。ほんと、ありがとう」


 俺が頭を下げると、ロイドは手をひらひら振って「よせよ」と言う。顔は笑っているが、どこかぎこちない。俺はその微妙な雰囲気に気づかないふりをして、感謝の気持ちを伝え続ける。


「カトレアも、きっとこれを聞いたら安心すると思う。先日は門前払いで落ち込んでたし、あれからさらにデマが広まってるのを感じてたから……」


「彼女の心中は察するよ。昔から大変な目に遭ってきたし、殿下の糾弾からも時間が経ってない。王都でまた厳しい視線に晒されるってのは酷な話だよな」


「でも、彼女は投げ出さなかった。だから俺も頑張りたい。……殿下に振り回されるのはもう終わりにしたいんだ」


「その意気だ。じゃあエレナさんに連絡したら、また具体的に話そう。何か大きな動きがあったら俺も連絡を入れる。時々でいいから、おまえからも報告してくれよ。危なっかしいからさ」


「わかった。……あとは、一緒に頑張ろうな。昔からおまえには世話になりっぱなしで悪いけど、もう少しだけ頼らせてくれ」


「はは、頼られすぎるのも困るけどな。ま、友達だししょうがないか」


 ロイドは軽口を叩きつつ、どこか遠い目をしたように笑う。その笑顔が僅かに翳っているのを、いまの俺は深く追及することができない。ロイドもロイドで苦労しているだろうし、俺たちを助けるために奮闘していることは分かる。


「助かるよ。本当にありがとう。じゃあ、今日はこのくらいかな。あまりここで長々と話していると、殿下の取り巻きに見つかるかもしれないし……」


「それが賢明だな。俺も帰らなきゃいけないんだ。うまいこと怪しまれずに行動しないと、せっかくの作戦が台無しになる」


「気をつけて。変に動いたら、おまえまで国賊扱いされるかもしれないからね」


「おまえに言われるまでもないさ。……じゃあ、アレン、また連絡する。無理はするなよ」


 ロイドはそそくさと立ち上がり、テーブルに支払いを置いて足早に店を出ていく。その背中を見送る間、俺は妙な胸騒ぎを感じたが、すぐに打ち消して店主に声をかける。自分も会計を済ませ、店を出るころにはロイドの姿はすでに見えなくなっていた。


「……大丈夫か、ロイド……?」


 ぽつりと呟いてみても、返事は無論ない。薄暗い路地を抜け、俺はカトレアが待つ宿へ急ぐ。王都のあちこちに潜む“殿下の目”を感じながら、せめて一刻も早くエレナさんと接触したい。たとえ薄氷の道でも、俺たちはそこを踏み抜かずに前進しなければならないのだ。


「リシャールの捏造証拠を崩せるかもしれない――ほんのわずかな希望だ。よし、カトレアにも伝えなきゃ」


 人通りの少ない道を歩きながら、自分を奮い立たせる。ロイドがもたらした情報は光になるかもしれない。だが同時に、彼の表情にうかんだ翳りが気がかりだった。でも、いまはそれを深読みする余裕はない。まずはカトレアと二人で次の行動を決め、エレナに連絡しなければ。


「殿下の策略なんかに負けるものか……俺たちが真実を暴き、カトレアの名誉を取り戻すんだ」


 自分に言い聞かせつつ、王都の石畳を足早に駆ける。夜風がやけに冷たいのは、これは殿下の陰謀がますます絡みついてきた予兆か――それとも単なる気のせいか。いずれにしても、俺たちは前へ進むしかない。ロイドを信じ、エレナの協力を頼りに、偽りの証拠を覆す手がかりを掴むために。

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