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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第16話 王都への再訪②

 王都に到着して落ち着く間もなく、嫌な空気が肌を刺していた。エレナが用意してくれた滞在先の屋敷に荷物を降ろして、ようやく一息ついたところで、窓の外から奇妙な視線を感じたのだ。


「……ねえ、アレン。あの門の近くにいる人たち、さっきからこっちを見てない?」


 カトレアが不安そうに囁く。俺もそっと視線をやると、確かに遠くの路上に怪しげな男たちが数人いて、こちらの様子を窺っている気配だ。サッと目を逸らしたが、どうやら監視されていると見て間違いない。


「くそ、早速かよ。やっぱり殿下の取り巻きがこっちの動向を探ってるんだろうな。予想はしてたけど、来るのが早すぎないか?」


「王都に入った時点で気づかれてると思っていいわね。そりゃあ、わたしとあなたが戻ってきたら一大事だもの。殿下が見逃すわけないわ」


 カトレアが窓辺から離れ、ドレスの裾を掴むようにきゅっと拳を握る。王都という“敵地”に戻ったばかりだというのに、もうこうして見張りが張られているのは正直ぞっとする光景だ。


「まいったな……迂闊に外を出歩けそうにない。殿下の差し金があちこちにいて、下手に動けばすぐ捕まるかもしれない」


「でも、外に出なきゃ何も進まないじゃない。私たちは弁明のために王都に来たのよ。ロイドの準備が整うまで大人しくしてるだけでいいの? その間にデマがさらに広がったら困るじゃない」


 カトレアの指摘はもっともだ。せっかく王都に来た以上、俺たちにもやるべきことがある。王太子との直接対決を避けるだけでは解決しないし、周囲の有力者へ働きかける準備も必要だ。


「……わかってる。自分たちで手をこまねいてても意味ない。でも、ああいう連中が周りをうろついてるのを見ると、下手に姿を晒すのは危険だ。先手を打つならなおさら、ロイドと合流して情報を得るしかない」


「そうね。あの人なら、王都の状況をリアルタイムで押さえてるだろうし、私たちを助ける算段もあるはず……。やっぱり早めに連絡したほうがいいんじゃない?」


「うん、とりあえず屋敷の中で落ち着いて考えよう。君も疲れてるだろ? ここで倒れられたら意味がない。……ごめん、そういうわたしもヘトヘトだ」


「いいわよ、わたしも少し休みたい。とにかく監視をかわす手段を考えないとね。こんな状態じゃ外を歩くだけで危険だわ」


 カトレアがソファに腰を下ろし、軽くため息をつく。王都の喧噪に慣れたはずの彼女ですら、こうして警戒を余儀なくされるのだ。俺は窓辺へ近づき、カーテンの隙間から外をちらりと覗く。まだあの男たちは居座っている。


「まるで、俺たちが出てくるのを待ってるみたいだな。王太子としては、早めに動向を探りたいんだろう。ここがエレナの用意してくれた屋敷ってのもバレてる可能性がある」


「エレナさんも安全とは限らないけど、彼女のコネは頼りになるでしょ。どこまで殿下の目を誤魔化せるかわからないけど……」


「まあ、まずはロイドだ。あいつなら“密やかな打ち合わせ”をするのが得意だから、奴の連絡を待とう。連絡を取りたいと言っても、俺たちからあの監視網を掻い潜るのは容易じゃなさそうだし」


「そうね。迂闊に外へ出ても、あなたが捕まるか私が攫われるか、考えただけでゾッとするもの。……こんな街だったかしら、王都って」


 彼女の言葉に、以前の賑やかで華やかな夜会の記憶が蘇る。あの頃からすべてが始まったのに、今やこの場所は俺たちにとってもっとも危険な地となってしまった。ため息が自然とこぼれ、つい弱音を吐きたくなる。


「いっそすぐに裁判所に駆け込んで自首……いや、そんな無茶したら確実に殿下の手に落ちるだけか。はあ、考えることが山積みだな」


「わたしが直接、殿下のもとへ行って、“あなたは間違ってる”って突きつけても、瞬時に捕まるだけだろうしね。下手に出れば弁明の機会すらなく潰される。ほんと、性質が悪いわね……」


「だが、王都に来た以上、俺たちは徹底的に戦うしかないんだ。意気込みだけじゃなく、ロイドが作ってくれる機会を逃さず、正々堂々と真実を訴える。殿下の差し金がいくら監視してようが、それを乗り越えなきゃ話にならない」


「そう、ね。ああ……でも今はとりあえず部屋で休むわ。正直、移動疲れとこの監視のストレスで参っちゃいそう。あなたこそ無理しないでね。体調崩したら、それこそ『やっぱり国賊は悪の末路』なんて殿下に笑われるわよ」


「ふ、笑わせるか。大丈夫、俺も当分は大人しくして体力を回復するさ。隙を見て必ず反撃に転じてやる。……よし、じゃあ俺たちもさっそくロイドに連絡を取ろう。いちおう使者を経由して、できるだけ密やかに……」


「ええ。ここで言い訳ばかりしてても仕方ないし、やるべきことをやるしかないわね」


 カトレアは立ち上がり、窓をざっと閉じる。外で待機する謎の男たちはまだ動きを見せていないが、いつ何が起きてもおかしくない空気が張り詰めている。彼女が鍵をかけると、部屋の中がひんやりと静まり返った。


「さて。とにかくエレナやロイドと相談して今後の動きを決めよう。ここに籠城してても事態は好転しない。危険を承知で動くしかないんだ」


「もちろん覚悟はできてる。でも、なんだかんだ言ってやっぱり怖いわ。殿下は私を完全に捨ててるし、あなたを国賊呼ばわりしてるし……」


「大丈夫、君が王都に戻ってきたのは間違いじゃない。きっと僕らが真実を示せば、殿下を疑問視する勢力も動くはずだから。それを信じて行動しよう」


「……ええ、わかった。あなたと一緒なら、最悪の事態でも乗り越えられる気がするわ」


 彼女の声には微かな不安が混じるが、それでも笑ってみせようとしている。その頑張りが痛いほど伝わり、俺も胸が熱くなる。今さら引き返すわけにはいかない。


「よし。じゃあまずは書簡を準備して、ロイドに連絡だ。エレナにも伝えよう。迂闊に外に出られないなら、こっちから動ける範囲で声をかけるしかないからな」


「ええ。わたしも一緒に内容を考える。下手に余計なことを書いて殿下に嗅ぎつかれたら面倒だし……」


「それだよな。あまり大っぴらにできないからな。まったく、なんて窮屈な街なんだ、王都ってのは」


「ふふ、昔は楽しい場所だったのにね。あの夜会までは」


 苦笑を交わし合いながら、俺とカトレアは屋敷の奥へ向かう。王都に戻ったばかりだというのに、すでに監視が始まっているというこの不穏さ。後ろめたくはない行動のはずなのに、まるで罪人が隠れているかのような緊張感に包まれている。


 それでも、ここで立ち止まってはいられない。少しの言い訳でも口にしてしまえば、俺たちは何も変えられないまま追い詰められるだけだ。だからこそ、恐怖を振り払い、王太子の陰謀を打ち破るための一手を打つ――そう強く心に刻むのだった。

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