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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第16話 王都への再訪①

 久々に見る王都の城壁は、以前と変わらず高くそびえていた。それどころか、門をくぐる前から嫌な空気が肌にまとわりつくようで、まるで街全体が警戒しているようにすら感じられる。

 エレナやロイドのサポートでどうにかここまで辿り着いたものの、実際に馬車が王都の大通りを走り出すと、いろんな視線がチクチクとこちらを刺してきた。男爵家の紋章を掲げているのに、やたらと冷たい空気を覚えるのは俺の心のせいだけではないだろう。


「……やっぱり王都の空気は違うわね。騒がしくて、圧迫感がある。それに、目線が痛いというか……」


 横に座るカトレアは、重苦しい眼差しで窓の外を見ている。王太子との婚約破棄の騒動のあと、すべてを捨てるように出ていったこの場所に、再び帰ってきてしまった。その事実だけで心臓がギュッと締めつけられる。


「大丈夫か? 怖かったら少し下を向いててもいいんだぞ」


「下を向くなんて、できるわけないでしょ。私が何のためにここに戻ったと思ってるの。……あの夜会で晒し者になった記憶はよみがえるけど、それでも負けるわけにはいかないわ」


 そう言いつつ、カトレアはわずかに怯えたように息をつく。馬車の窓越しに見える街並みは、以前と変わらず華やかに飾られているが、そこにいる人々の視線だけが明らかに前とは違う。俺たちの姿を認めて「え、あれがあの噂の……」「国賊が来たって本当なのか?」と囁く声がかすかに届いてくる。


「正面を見ろ、カトレア。あんまり周囲の囁きに気を取られると、余計に飲まれちまう。何も悪いことはしていないんだから、堂々としてればいい」


「ええ、わかってる。……あなたこそ大丈夫? 王太子に歯向かった下級貴族なんて、ここでは冷笑の的になりかねないわよ」


「ふん、今さら取り繕っても仕方ないだろ。連中が何と言おうと気にしないさ。いちいち気に病んでたらキリがない」


 実際には、内心で鼓動が早まっている。まばらに聞こえる嘲りや好奇の視線は、一度殿下と対立した俺たちを“異端”として見る空気に他ならない。王都の大通りを馬車が進むたびに、まるで嫌なざわめきがまとわりついてくるようだ。


「……やっぱり王都は以前よりも厳しい雰囲気になってる気がするね。殿下が権力を強めてる証拠か」


「そうね。この街の人たちは、王太子を怒らせると命取りになるって恐怖を本能的に感じてるのかも。だから私たちを見る目が『関わるな』って警戒してるのよ」


「だろうな。……うん、大丈夫。俺たちはこんな目線に負けるわけにはいかない」


 カトレアが「大丈夫」と言いつつも、その手元はわずかに震えているのが見て取れる。俺は少しでも安心させようと思い、そっと彼女の手に触れた。彼女は一瞬目を見開いて俺を見上げるが、すぐにその視線を柔らかく落として微笑む。


「ありがとう、アレン。そういうところ、助かるわ」


「へへ、悪いな、こういうのに慣れなくて。……でも、俺がいるってことを忘れないで。君一人で背負う必要はないから」


「ええ、わかってる。もう、あなたに突き放されるほうが怖いわよ」


 彼女のつぶやきに胸が締めつけられる。カトレアには、殿下から捨てられたトラウマが根深く刻まれている。その痛みを抱えつつも、勇気を振り絞って再びこの街に戻ってきたんだ。その覚悟を思えば、俺も堂々と守ってみせるのが筋だろう。


「まずは滞在先の宿に向かおう。エレナさんが用意してくれた一時的な屋敷があるはずだ。無闇に公の場に出ると危険だからね。落ち着いたらロイドとも合流する予定だし」


「そうね。裁判所を使うか、何か別の方法を使うかは、これからの動き次第。……前に戻ってきたときは何もできなかったけど、今回は違うわ」


「うん。……周囲に何を言われても、自分たちの目標を忘れないでいよう。ここで戦わなくちゃ、俺たちに未来はない」


 馬車はやがて大通りを抜け、細い路地に入っていく。窓から見える古い建物の並びが、王都の下町風景を醸し出している。昼下がりの陽射しの中を走る馬車に、子どもたちの好奇の視線が注がれるが、彼らはまだ無邪気で怖がったりはしていない。代わりに、大人たちが声を低く潜めて「あれが“国賊”と噂されてる……」なんて言っているのが聞こえてくる。


 カトレアの肩がほんの少し震え、彼女は歯を食いしばったように見える。俺はその手を再び、優しく握った。


「落ち着いて。まだ何も始まってない。これからだよ」


「ええ、わかってる。でも……やっぱり嫌な気分ね。私が犯罪者なんかじゃないって、必ず証明してみせる。あなたを巻き込んでまでここに来たんだから」


「うん。そのために来たんだ。俺はどんな噂が飛び交っても君を信じてるし、守るために来た。……一緒に乗り越えよう」


「ありがとう。ほんと、あなたがいるから……私、なんとか踏ん張れてるんだわ」


 その言葉に胸が熱くなる。王都の空気は冷たく鋭いが、カトレアと心が繋がっているのを感じるだけで、どうにか踏みとどまれそうだ。周囲の視線はますます厳しくなるかもしれないが、もう引き返すつもりはない。


 やがて馬車が目的の建物に到着する。エレナが手配してくれたという一時的な屋敷は、派手ではないが立派な門がついていて、周囲から少しだけ距離を取れる構造になっている。これなら王太子の取り巻きの目からは多少隠れやすいだろう。


「ここが滞在先、か。うん、とりあえず落ち着けそうな感じがする」


「そうね。エレナさんに感謝だわ。彼女がいなかったら、わたしたち満足に宿も取れずにウロウロしてたかもしれない」


「さすがだよな、あの人は。ロイドから連絡が来るまでは、まずここで準備を進めよう」


 馬車から降り、使用人たちが荷物を運び込む。俺とカトレアは改めて、王都の街並みを振り返る。遠くからの視線を感じつつも、肩を並べ合うと少しだけ心が安らぐ。


「……でも、なんとなく、前より王都の空気がピリピリしている気がする。あの夜会の直後よりも、殿下が権力を拡大したって話は本当なのかもしれない」


「それだけ私たちの逆襲が難しくなったってことね。大丈夫かしら、本当に」


「大丈夫だよ。俺がいるし、君も一緒にいる。ロイドもエレナもいる。以前と違って、今は仲間がいるじゃないか」


「そう、仲間……。変わったわね、あなた。最初に王都へ来た時は、右も左もわからない下級貴族だったのに」


 彼女が微笑むと、過去の記憶が蘇る。夜会でカトレアを庇った瞬間から、すべてが加速し、この苦しみと絆を同時に手に入れることになった。しかし、それが今は誇らしく思える。誰もが避ける道を選んでも、こうして隣にカトレアがいるなら悔いはない。


「さ、荷物を部屋に運び込んだら、簡単に屋敷の中を見て回ろう。しっかり拠点を把握しないと、万が一の時に困るし」


「そうね。あまり長居はできないかもしれないけど、まずは落ち着ける場所を確保するのが先決よ。……ああ、久々の王都、やっぱり緊張が止まらないわ」


「俺もだよ。以前のようにフラフラ観光してる暇なんてないし……このまま何もせずに捕まらないよう、慎重に動こう」


 そう言って、二人で門をくぐり、屋敷の中へ足を踏み入れる。静かな庭には最低限の手入れが行き届き、エレナの気配りを感じる。俺もカトレアも、ここを拠点にして殿下との決戦へ向けた準備を進めるのだ。


 だが、王都の空気は甘くはない。大通りを離れたこの場所まで、いつどんな形で“殿下の手”が伸びてくるかわからない。昼下がりでも空気が冷たく感じるのは、俺たちの心が緊張で満たされているからだ。


「よし、とりあえず中をチェックして、落ち着いたらロイドやエレナに連絡を取ろう。先にやるべきことが山ほどある」


「そうね。これからが本番だもの。……あなたが一緒だから、怖くても大丈夫だわ」


「俺も同じ気持ちだよ。二人で王都の壁を壊してみせるさ」


 言葉を交わし合いながら、俺たちは屋敷へと足を踏み入れる。昼間の大通りでは感じた張り詰めた視線も、ここでは少し遠のいた気がする。だが、決戦の舞台はそう遠くない。緊張と不安の狭間で、俺とカトレアは手探りしながら先へ進む――再び始まる王都での戦いのために。

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