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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第14話 初めての衝突①

 朝日が昇る前から屋敷の廊下を行き来している俺の足取りは、いつも以上に重かった。寝不足は当たり前、領民の不安を受け止めてばかりで、心も身体も疲弊している。にもかかわらず、経済の悪化はとどまる気配を見せず、今日も朝から「アレン様、どうにかならないんですか」という声が鳴りやまない。


「すみません、アレン様、先日の物資の件ですが……」

「うん、分かってる。あとで俺が直接交渉しに出るから、もう少し待ってほしい」


 玄関ホールで領民たちの相談を一通り聞き終えたところで、ため息が勝手に漏れ出る。こんな状況でも諦めるわけにはいかないと自分を奮い立たせているが、疲れは明らかに限界を超え始めていた。


「アレン……。お疲れさま」


 ふいに後ろからかけられた声に振り向くと、そこにはカトレアが立っていた。いつになく控えめな表情で、まるでこちらを気遣っているように見える。だが今の俺は、余裕がまったくない。


「……ああ、カトレアか。悪いけど、今取り込み中なんだ。領民が大変なんだよ。もうあとで話してくれないか?」


「え、ええ……わかってる。私も手伝えることがあればと思って声をかけただけ……」


 せっかく心配してくれたのだろうに、言葉を遮るような形になってしまう。苛立ちがにじみ出ている自覚はあるが、それを抑えきれない。彼女が少し驚いたように眉を動かし、小さく息をついた。


「……ごめんなさい。あなたが忙しいのは分かるけど、もし私にできることがあるなら一緒にやりたいの」


「君がやらなくてもいいよ。俺が何とかするから。領民への説明や交渉は、領主である俺の責任だろ」


 思わず尖った口調になった自分に驚く。いつもなら彼女の申し出がありがたいと思うのに、疲労が蓄積すると言葉が突き刺すように出てしまう。カトレアは一瞬、目を見開いて口を閉じた。


「……そう。分かったわ」


 そう呟くだけで、彼女は強く反論するでもなく視線を下げる。さすがに胸が痛むが、今はそれを気にかけられないほど切羽詰まっている。次々と届く問題に追われ、頭がオーバーヒートしそうだった。


「悪いけど、待ってくれ。今は俺が動かないと駄目なんだ。君は……ええと、とりあえず部屋に戻って休んでてくれないか?」


「わかった。……私がいる意味ないじゃない……」


 最後の方の彼女の声は小さく、ほとんど聞き取れないほどだった。それでも、確かに「意味がない」という言葉だけは耳に飛び込んできて、胸がきゅっと締まる。けれど、振り返る余裕がない。


「すまない。話はあとで聞くから」


「……うん、分かった」


 そうして俺は早足で廊下を進み、半ば逃げるように部屋を出て行った。玄関ホールでは別の領民が待っているのが見え、そこへ対応しに行くのが最優先だという意識だけが頭を埋め尽くしている。


 程なくして、事情を説明するために領民を応接室へ通すが、耳に入るのは「殿下に睨まれたクレストン領など、商売相手として危険だ」といった話ばかり。ひたすら謝罪と説得を繰り返しているうちに、頭がぼんやりしてきた。


(悪い、カトレア。君が悪いわけじゃないのに、きつい言い方をしてしまった……)


 ふと、彼女が見せた孤独そうな顔が脳裏をよぎる。領都で散々傷ついてきた彼女に、似たような辛さを与えるような態度は取りたくなかった。だが、疲労と苛立ちがピークに達している俺には、気の利いた言葉をかける余裕すらない。


「アレン様、本当に大丈夫なんですか? 誹謗中傷のビラのせいで、村でも不安が高まってます」


「わかってる。今は他の地方領主や商人ルートを探している最中だ。もう少し待ってくれ。王太子がどう動こうと、ここを潰させはしない」


 必死にそう伝えるけれど、相手の表情は明るくならない。みんなが不安を抱え、俺に頼るしかない現状。だが、俺も一人の人間だ。カトレアの助言も大きな力になるはずなのに、さっきはつい冷たい態度を取ってしまった。


(あとでちゃんと謝らないと。彼女のせいで忙しくなったわけじゃないんだし……)


 そんな反省を抱えながらも、今は目の前の問題に対応せざるを得ない。気が急くのに成果は出ない、そんな袋小路感が胸に重くのしかかる。使用人が「休まれませんか」と声をかけてくれるが、ここで休んだらもっと事態が悪化する気がして、思わず首を横に振った。


「まだ話を聞いてない領民がいるだろ? あとで寝るよ。ありがとう」


「では、無理をなさらぬよう……」


 使用人が去り、応接室に戻ると今度は別の領民が「先日の約束はどうなりますか」と詰め寄ってくる。俺は必死に弁明し、「すぐに解決策を見つける」と伝えるが、その言葉もどこか空虚に響くのが自分でもわかった。


 いつの間にか夕方近くになり、今度は廊下を通りかかった時、カトレアの姿が視界の端に映った。だが、彼女はこちらに気づくとそっと目を逸らす。俺の方も気まずくて、結局何も言えないまま、すれ違う。そんなぎこちなさが痛いほど胸に刺さる。


(こんな状態で、俺とカトレアの関係がギスギスしてしまったら……)


 そう思う一方で、領主としての責任感が「今は彼女より領民優先だろ」と囁いてくる。後ろめたさと苛立ちが混ざった感情が、頭をぐちゃぐちゃにしていく。


「アレン様……」


「ん、なんだ?」


「いえ、先ほどから疲れてるご様子なので。カトレア様がお手伝いしたいとおっしゃってましたが……」


「……俺がやる。放っておいてくれ」


 使用人にすら素っ気なく当たってしまう自分に、嫌悪感を抱く。もしカトレアがここに立っていたら、同じ態度を取ってしまいそうで怖い。だが、積もる仕事は容赦なくアレン・クレストンを追い立てるように降りかかってくるのだ。


 そんな一日の終わり、俺は結局カトレアとまともに言葉を交わすことなく、疲れ果てた体を引きずって自室へ戻ることになる。頭の中では「ちゃんと謝ろう」「でも余裕がない」と思考が堂々巡り。部屋の扉を閉めた瞬間、心のどこかが悲鳴を上げているように感じた。


(……明日こそ、落ち着いたタイミングでカトレアと話そう。今のままじゃ一緒に戦っていけない)


 そう決意しながらベッドに身を投げ出す。外の窓からは夜の静かな風が入り込み、ひやりとした肌触りが疲れた身体にしみる。領民の不安、経済の悪化、そしてカトレアへの冷たい態度――全部が頭の中で渦を巻いて眠れそうにない。それでも、少しでも体力を回復しなければ明日も戦えない。


 カトレアは今頃どう思っているのか。きっと、彼女は自分の存在価値を疑いながらも踏ん張っているのだろう――そんな想像をしながら目を閉じると、暗い不安だけが夜の闇に漂っていた。部屋を出る時の「君がやらなくてもいい」の言葉が何度もリフレインし、「あんな言い方しなければよかった」と後悔が遅すぎるほどに襲いかかる。


 こうして俺とカトレアの間に、初めての大きな溝が生まれてしまった。まだ修復はできるかもしれないが、タイミングを誤ればすれ違いが加速しそうなほど不穏な空気だ。手を取り合って王太子に立ち向かうはずなのに、いつの間にか一緒に戦うどころか、互いを気遣う余裕すら失いかけている――暗く重い夜が、そんな不安を掻き立てたまま幕を下ろしていくのだった。

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