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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第12話 密やかな支援③

 エレナの提案をまとめ終わった頃、応接室の空気は先ほどまでの重苦しさが少しだけ軽くなっていた。

 まだ具体的にどの商会が動くかも分からないし、王太子殿下の取り巻きに目を付けられれば一瞬で潰されるリスクは高い。けれど、俺もカトレアも、ここに一筋の光を見出していた。


「本当に助かります、エレナさん。こんなにも早く助け船を出してくれるなんて……正直、感激ですよ」


 書類を整理しながら、思わず素直に言葉が漏れる。俺たちがどれほど王太子の圧力に追い詰められていたか、エレナはよく理解しているのだろう。机の向こうから見える彼女の笑みは、しかし決して浮ついていない。静かな熱意がうかがえる。


「貴い身分の方々ですし、全てが順調に行くわけではありませんよ。私とて、これから商人や有力貴族の一部に声をかけますが、途中で挫折する可能性もあります。何が起きても驚かない覚悟は必要ですわ」


「それでも、“やらないよりはマシ”ですよね。僕たちも覚悟はしてます。領民の生活を守るために、何だってするつもりです」


 エレナがうなずいて返事をしようとした時、隣で話を聞いていたカトレアが口を開いた。いつもはツンツンぶりを発揮する彼女だが、今はしっかりとエレナの目を見ている。


「……ありがとう。あなたほどの立場の人が、ここまで動いてくれるなんて思わなかった。しかも私に対して“悪役令嬢”なんて偏見も持たずに」


「まあ、噂を鵜呑みにするほど私は愚かではありません。何より、カトレア様のお話も聞きたいと思っていましたから」


「私の話……正直、いい思い出なんてないわよ。王太子殿下との婚約はもはや最悪の形で終わったし、家の都合で動いてきた苦い記憶ばかり。でも、あなたがそれを理解してくれるというなら……」


 カトレアはちらりと俺に視線を送り、少しだけ唇を結ぶ。俺は黙って彼女を見守っていたが、カトレアは意を決したようにエレナへ向き直る。


「……もし私で役に立つことがあるなら、言ってちょうだい。王太子の取り巻きがいないルートを探すのに、私の知識が使えるなら使って」


 その言葉に、エレナは柔らかい微笑みを浮かべた。先ほどまで緊張感を携えていた面差しが、一瞬で和らぐ。


「ええ、ありがたいです、カトレア様。私も王都でそれなりに動いていましたが、殿下周辺の情報はやはり限界があるので。貴女のお力添えがあるなら、支援物資や取引ルートを探し出せる可能性はぐんと上がるでしょう」


「……なるほど。あまり大きな期待はしないでほしいけれど、やるだけやってみるわ」


「十分ですわ。お二人が力を合わせてくれるなら、きっと上手くいくはず」


 そう言いながら、エレナは卓上の茶をひとくち含んで微笑む。俺もカトレアも、どうやら彼女の言葉に希望を感じられたのだろうか。先ほどまで支援が絶たれつつある苦しさが少しだけ緩み、心が軽くなるのを感じる。


「エレナさん、本当にありがとう。救いの手を差し伸べたいと言われたときは、まだ信じられない気分でしたが……今なら、わずかに“可能性”を信じられます」


「私が力を貸しても、最終的に動くのはアレン様とカトレア様ですわ。私はあくまで橋渡しと情報提供をするだけですから。道半ばで挫折するかもしれません。それでも、何もしないよりはマシでしょう?」


「はい、そうですよね。俺も諦めてばかりでは何も変わらないし」


 エレナの冷静な口調は、ただの慈善活動ではなく、実務的なサポートを示唆している。そこが却って頼もしい。どこかで崩れたら仕方ない――けれど、まずはそのリスクを踏まえたうえで次に進みたいのだ。


「でも、ほんの少し前まで……こんな希望があるなんて思わなかったな。王太子が裏で手を回して、ここを潰すのは時間の問題かって焦ってた」


 改めて口に出すと、カトレアが小さく頷く。視線が交わった時、彼女は少しだけ目を伏せて呟いた。


「……本当にありがとう、エレナ。助けたいって言われて、実は驚いたの。王太子の取り巻きどころか、ほとんどの貴族が私を避ける中で、あなたのような人がいるなんて……」


「私も、自分がどこまで役に立てるかはわからないけれど、結果が出る前に諦めるのはもったいないと思います。お二人が折れずにここまで踏ん張っている姿を見れば、私も何とか助けたいと感じますから」


「私も、この領地で皆が苦しむ姿は見たくない。……王太子の圧力が強まってるのは確かだけど、それでも何とかするしかないわ」


 ツンツンしていたカトレアが素直に礼を言う光景は、少し前の彼女から想像しにくかった光景だ。俺は心の中で微笑ましさを噛み締めながら、エレナのほうへ目を向ける。


「本当に感謝しています、エレナさん。ここまで踏み込んでくれる人がいるなんて、思いもしなかった。正直、王都にいた頃はほとんど見放された感がありましたし」


「お礼には及びませんわ。私も、殿下があまりに独善的なやり方をするのを快く思っていません。小さな抵抗かもしれませんが、クレストン領へ少しでも物資を回したいのです」


「ありがとうございます。うまくいかないことも多いでしょうが、少しずつでも。――はい、やりましょう」


 その言葉の後、三人の間に短い沈黙が流れる。何をどう動かすかはまだこれからの課題だが、少なくとも惨めな閉塞感からは一歩踏み出せる気がした。


「では早速、準備を始めましょう。アレン様とカトレア様、それぞれが持っている情報を活かして、小規模な商人や貴族を当たるんです。密やかに、しかし確実にルートを構築していきましょう」


「わかりました。僕も領民の状況を踏まえて必要な物資のリストを作ります。カトレアは王都の人脈とか、今表立って動けない貴族をリストアップしてみるのがいいかな」


「……ええ、分かった。渋々だけど、今はそんな悠長に構えてる状況でもないし。私も、いま持ち得る知識と人脈を総動員するわ」


「頼もしいですわ。もし途中で不審に思われそうになったら、連絡手段を絶やさずにいれば対処の仕方を考えましょう」


 エレナはたおやかな笑みを浮かべながらも、その瞳には強い意志が宿っている。王太子に睨まれるリスクを背負ってまで、俺たちを救おうとする姿勢がひしひしと伝わる。心の中に湧き上がるのは、大きな感謝とほんの少しの戸惑い――なぜ彼女がここまで動くのかという疑問を抱きつつも、それは今は問い詰めるべきではない。


「小さい光明かもしれないけど、嬉しいな。ありがとう、本当に」


「こう見えて私も王都では“少しは顔が利く”って言われてるんですよ。……とにかく、頑張りましょう」


「ええ、私たちだって、もうただ引き下がるわけにはいかないから。……よろしく頼むわね、エレナ」


 カトレアが素直に礼を言ったのを聞いて、エレナが優雅に微笑む。キラリとした瞳が「大丈夫、私を信じてください」と語っているようだ。こんなに頼もしい救援が現れるなんて思いもしなかったが、今はその事実に感謝して、全力で利用させてもらうしかない。


(よし、やっと一歩進めるかもしれない。王太子の陰湿な動きに負けず、領地を守ってみせる)


 そんな思いを胸に、俺はエレナの手を仮契約の証しとして軽く取ろうとする。彼女は躊躇なく握り返し、柔らかな声で囁いた。


「私も不安はありますけど、後悔しないように進んでいきたいんです。どうか、お二人とも力を合わせましょう」


 こうして、小さな光明が差し込んだクレストン領。王太子の脅威は相変わらず迫っているが、もう闇雲に怯えるだけでは終われない。エレナという新たな協力者と共に、一筋の希望へと歩み出す――その思いが、応接室の中に温かな空気を満たしていた。

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