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月下の反逆者 ~王太子に逆らった青年と断罪された令嬢の逃避行~  作者: ぱる子


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第12話 密やかな支援②

 応接室にエレナ・ホワイトローズを通してしばらくすると、使用人が淹れたばかりのハーブティーを持ってきてくれた。淡い香りが室内を満たし、重苦しい空気をわずかに和らげてくれる。そんな落ち着いた雰囲気の中、エレナは優雅に椅子へ腰掛け、カップを手に取った。


「改めまして、ご招待ありがとうございます、アレン様。……失礼を承知で申し上げますが、私としてはこの領地の状況を少しでも支えたいと思っておりますの」


「はい。先ほど玄関先でも言われましたが、どういう形で助けてくださるおつもりなんですか?」


 俺は真剣な面持ちでエレナを見つめる。おそらくこれは、王都からの圧力に苦しむクレストン領へ向けた、一筋の救いの糸だ。しかし相手がどれほど信用できるかは、やはり話を聞かなければわからない。


「私の家柄はそこまで高くはありませんが、ホワイトローズ家は代々“文化と交易”に特化してきた家として知られております。王都でも、殿下の取り巻きではない有力者といくつかパイプがあり、物資や商取引の中継役として動ける可能性があるんですよ」


「有力者といっても、王太子リシャール殿下に真っ向から歯向かうほどの力を持つ人は、なかなかいないんじゃないですか?」


「ええ、もちろん私が勝手に殿下に反旗を翻すつもりはありません。ですが、『殿下の取り巻きではない』というだけで、やや遠巻きに中立を維持している貴族や商会は存在するんです。彼らが“密やかに”なら、あなた方を助けるのを厭わないかもしれないわ」


 そう言うと、エレナはちらりとこちらを見上げてニッコリ微笑む。優雅な笑みだが、その奥には強い意志が感じられる。王都の世界で培った交渉術を身につけているのだろうと、直感でわかる。


「完全な解決策ではない、というのは……つまり、殿下が本気で潰しにきたら、彼らも早々に手を引く可能性がある、ということですか?」


「はい、残念ながらそういうリスクは残ります。それでも、まったく手がない状態よりはマシでしょう? 小規模な取引や物資ルートをつなぐだけでも、この領地の人々を飢えから救う時間が稼げるはずです」


「わかりました。……もちろん、助かります。実際、このままだと領地の生活が破綻しかねない状況なんです。リシャール殿下はそこまでして俺を追い詰めたいのか……」


 言葉にすると、改めて恐ろしさが身に染みる。彼女が言うように、確かに“完全に安全”というわけではないが、小さな一歩を踏み出せる可能性があるだけでも大きい。


「ですが、エレナさん。あなたがそんな危険を冒してまで、なぜ僕たちを……」


「いくつか理由はありますけれど、一つは私自身が殿下のやり方に納得していないから。あの夜会の話は、私なりに聞き及んでいました。王太子がカトレア様を酷く糾弾したとか、あなたを反逆者扱いする動きがあるとか。無謀かもしれませんが、放っておけないんです」


「そう、ですか……」


「それに、私だって一応、商いの世界で生きている者の端くれ。殿下の独断で商機が潰されてしまうのは見逃せません。今ここであなたを見捨てるのは、長期的に見ても得にならないと思っています」


 エレナの論は筋が通っている。個人的な同情もあるのだろうが、商人としての利害関係も見据えているらしい。これは感情に流されない現実的な協力になるかもしれない。王太子の威圧が強まるほど、そちらの恩恵に頼るしかないと理解する。


「わかりました。もしご迷惑でなければ、ぜひ協力をお願いしたいです」


 心から頭を下げようとする瞬間、ふいに扉がノックされる。使用人が小声で「カトレア様が……」と伝えてきた。どうやら話を聞きつけたか、偶然かはわからないが、カトレアが応接室に合流するようだ。


「失礼します。なんだか大事な話をしているみたいだけれど、私も混ざっていいかしら?」


 ツンとした口調とは裏腹に、どこか落ち着かなそうな面持ちのカトレアが姿を現す。エレナは席を立ち、上品に頭を下げる。


「初めまして、カトレア・レーヴェンシュタイン様。私はエレナ・ホワイトローズと申します。王都でも貴女のお名前はよく耳にしておりました。お辛い立場だと伺っております」


「……私の噂なら、ろくなものじゃないでしょう。捨てられた公爵令嬢とか、悪役令嬢だとか、どうせそんな話ばかり」


「いえ、私はそういう安直な噂を鵜呑みにするほど愚かではありません。むしろ、貴女の境遇には同情すべき点が多いと理解しております。だからこそ、私がこうして手を差し伸べようと考えたのです」


 穏やかながらも力強い言葉に、カトレアは一瞬言葉を失う。普段ならツンと突き放すところだが、エレナの真摯な眼差しがそれを許さないのかもしれない。


「……確かに、私の味方なんてほとんどいなかったわ。公爵家と王家の板挟みで、悪評を流されるばかり。でも、あなたはわざわざこんな地方領へ来て、それを覆そうとしているわけ?」


「そうですね。覆すというより、“修正”とでも言いましょうか。王太子殿下が全権を振るうわけではない世の中のために、少しだけ私のコネクションを使おうかと。アレン様にもカトレア様にも、恵みを与えることができればと思っています」


「……本当に、私たちを助けたいの?」


「ええ。何か隠された意図があるのでは、と怪しまれても仕方ないと思いますが……私は自分の良心と商人としての計算に従って行動しているだけです。それだけ」


 カトレアはジッとエレナの目を探るように見る。ライバル意識とも警戒心とも取れる空気が一瞬漂うが、エレナは微笑を崩さない。するとカトレアは溜息交じりに肩を落とした。


「……そう。あなたを完全に信用できるかは別問題だけど、少なくとも悪意はなさそうね。わかったわ。私もアレンも、今は支援の申し出を断れる状況じゃないもの。受けるしかないかも」


「ありがとう、カトレア様。後ほど具体的な話をアレン様と詰めていくつもりです。カトレア様にもぜひ力を貸していただければ。きっと、殿下の取り巻きがいない方面と繋がる糸口があると思いますから」


「……私で役に立つなら。王都の貴族社会のことなら、少しはわかるわ」


 彼女がそう言うと、エレナは嬉しそうに笑む。突き放すような態度を見せるカトレアだが、今は味方が欲しいのも事実だろう。俺は二人のやり取りを見守りながら、ほっと胸をなで下ろす。下手をすると彼女たちの相性が悪くなるかもしれないと思っていたが、意外と健全な空気が流れている。


「よかった……。エレナさん、助かります。領地の経済が厳しくなってきた中でのこの提案は、本当にありがたいですよ」


「ええ。けれど、くれぐれも表沙汰にせず、密やかに進めましょう。私のコネクションも、殿下の取り巻きに見つかったらすぐに断ち切られかねませんから」


「もちろん。そのリスクは承知してます。秘密を厳守して、領地をなんとか守り抜きたい」


 俺たちが交わす会話の合間で、カトレアが小さく喉を鳴らして、「じゃあ、私も何をすればいいか教えてくれる?」と半ば拗ねたように口を挟む。


「ふふ、では早速、お二人に協力していただきたいことを説明しましょうか。まずは王都で同情的な姿勢を持つ商人リストを整理し、そこから物資ルートを構築できるか探ります。もし取引先候補を見つけられれば、次に具体的な契約方法を詰める形に――」


 エレナが淡々と話し始め、カトレアは「そんなに手際よく進められるの?」と眉を上げながらメモを取ろうとする。普段はドレス姿の彼女が、領地の危機に立ち向かうべく、王都の知見を活かそうとしている姿はどこか新鮮だった。


「私も頑張る。王太子の取り巻きがいない方面なんて限られるけど、それでも探せばまだ可能性はあるはずだわ」


「うん、頼むよ、カトレア」


「ええ、まったく。あなたに巻き込まれてるわけじゃないんだから。……私ができることをするだけよ」


 そう言いながら、彼女はわずかに口元をゆるめる。その姿を見て、エレナは微笑ましげに視線を交わしてくる。こうして、新たな味方が加わった形で、俺たちの“密やかな支援ルート”の確保が始まろうとしていた。


 もちろん、不安は大きい。リシャール殿下に見つかったらどうなるか――考えるだけで背筋が寒くなる。けれど、今はそんな弱気に浸っている余裕はない。一歩ずつ前に進むしかないのだ。


(どうか、うまくいってくれ。領民を救い、カトレアを守るためにも……)


 そう心に強く誓いながら、エレナの説明に耳を傾ける。明日の光はまだ見えないが、ここで諦めるわけにはいかない――どんなに細い光でも、つかみ取ってみせる。彼女とカトレアの力を合わせ、王太子リシャールの陰湿な圧力に立ち向かうために。

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